帰還
真珠がタハダを追撃したことで、コスモスの事後処理はゲイルに任された。瓦礫の撤去や戦闘の報告。全てが終わったのは三時間が経った頃。ようやく帰途に就く英雄。
同時刻。龍神家の庭。茫然としていた真珠だったが、再びシンセイを起動。地下基地を掘り返している。普段なら魔法で簡単に取り除ける瓦礫だが、機体の手を使って。
敵襲もなく、やることもなければ、弥生を思い出すのだろう。いや、例え無理に仕事を作ったとしても、彼女の顔に色は戻らない。紫の澄んだ瞳に照らされない限りは。
通常時より鈍くとも、十分もすれば基地に辿り着いた。エレベーター付近の岩を除去。人が通れる道を開くと、純白はまた膝を突き頭を垂れ、地下の暗闇に溶け込む。
彼女の視線は地面に注がれ、冷たい岩肌に弾けた。すると、遠くから歩み寄る気配。
敵意を持つ者など、今の龍神家にいるはずもなく。近付く人物は暗闇をゆっくり進む。気配の次に顕れたのは、車輪の擦れる音。
一点を見つめながら何も捉えていない真珠も、次第に大きくなる物音に気付いた様子。直後、彼女の鼻を甘辛い匂いが突いた。密閉された空間にまで届いたのは、おそらく機能を停止したシンセイの働きによるもの。
視界に銀製の大きなティーカートが入る。目一杯積まれた料理からは湯気が立ち昇り、先ほどより濃くなった匂いを運ぶ。味さえもしそうな空気に、真珠の腹が鳴く。
「腹減ってるんだろ? 一緒に食おうぜ」
優しい声色。出所に向かう視線は、微笑みを湛えた光悦を捉えた。軍属でも、メイドらと同じ立場にもない彼。嘆く自由を許されたというのに、選んだのは真珠との時間。
当然、真珠の頭には弥生のことが浮かぶのだろう。光悦だって同じはず。だけど、彼の顔には不満の色などなく、あるのは、救世主を照らす紫の澄んだ瞳。柔らかく温かい光。
「親父さんには、シンセイから降りるまでは食事もいらないって言われたんだけどさ。飯を食うって、そういうことじゃないだろ?」
純白の胸部が開き、現れた真珠の顔には、桜色のパイロットスーツにも隠せぬ彩り。
腹の虫を宥めながら、とりとめのない会話をする二人。時折、言葉に詰まるのは、弥生の顔が浮かんだ瞬間だろうか。だとしても、徐々にではあるものの、真珠は普段の輝きを取り戻していた。光悦は、持ち上がった彼女の口端を見つめる。今までとは違う雰囲気。
「お前。いや、真珠は。他のロボットも操縦できるのか?」
重みを宿した紫は、紅い瞳と見つめ合う。光悦の問いの答えはイエスだ。SFでの操縦訓練もしている真珠は、シンセイでなくとも悪鬼らに引けは取らない。
「人並みには使えるわ。でもなんで?」
相手の意思を汲み取れる真珠なら、聞かずとも理由は解っているだろう。もしも能力がなくたって、目の前にある顔を見れば、答えの予想はできるはず。
「俺に操縦のやり方を教えてくれ。弥生を連れて帰るのは、俺の役目なんだ」
光悦の言葉は赤く燃えるような熱を帯び、覚悟を超えた決意を感じる。
「貴方って人は」
父親にも見せたことのない溢れ続ける真珠が、光悦の想いへの答え。透明な流れを拭いながら、詰まった言葉を改めて告げる。
「私が教えるんだから。絶対誰にも負けないくらい、強くなってもらうからね」
固く握った拳を包む、真珠の両手。温かく柔らかな光は、青年の頬にも雫をもたらす。
「シンセイはもう戻っているらしいが、姿が見えないなら地下か? しかし酷いものだ」
龍神家の庭に降りたゲイル。ぽっかりと空いた穴を見つめた呟き。地下基地へとズームすると、シンセイの傍で手を繋ぐ二人の影。既に弥生のことも聞いているゲイルは、僅かに眉尻を下げるだけ。玄関戸を開き、駆けてくる女性へと視線を移した。
エースの帰還を喜び涙する、嘆くことを許されたもう一人へと。




