呼応
おぼつかない足取りの少女。なのに、吸い込まれるかの如く歩み寄る。仲間たちの呼声も届くことはなく、小さな影は皆が探す人物に変化した。虚ろな目をした弥生。
遠くからではあるが、兄の声も届く距離。だとしても、彼女の耳には入らない様子。
紫の世界に染まり、幼い顔には生気を読み取ることはできない。だが、なおも近付く。
右手を伸ばした弥生が、あと一歩でマルスに触ろうかという時。
「あっ危ないよっ。弥生ちゃん!」
言葉を詰まらせた女性の叫び。同時に弥生の頬が音を立てた。衝撃でよろめき、僅かに赤味を帯びる顔。そして、目からは涙。
「なんでブッたのぉー。痛いよー。タハダのお姉さぁん。しかもココ、ドコォー!」
止まることなく溢れ出す雫。弥生の瞳の中にあるタハダも歪む。すると少女の震える体を、黄色のシャツを着た両腕が抱き締めた。
「ゴメンねぇー。でもっ、危ないからぁ」
弥生の視界から消えたタハダも大量の涙を流している。休みの朝だというのに仕上げてあったメイクも崩れ去るほどに。
「なんでお姉さんも泣いてるのぉー」
冷静さを欠いた児童でさえ感じ取れるほどに、タハダの呼吸は不規則。広い空間に木霊する二人の泣き声。少女の問い掛けに答える余裕さえなく、ただただ抱き合うだけ。
一番近くにいた光悦。冷たい空気に乗って聞こえる不気味な反響音。出所が妹であると気付けたのは、推理より勘によるのだろう。
「弥生! 大丈夫か」
駆け寄った彼の目に飛び込んで来たのは、不揃いなリズムで揺れる、一つの塊。
「で? 何でタハダさんは弥生を見付けられたのさ。しかも俺たちより先に」
タハダまでもが泣いている現状に困惑したのか、光悦は礼よりも先に疑問をぶつけた。光悦が現れてからも泣き止まない彼女。先程の弥生の足取り同様に、おぼつかない説明。
するとゲイルが到着。一緒に行動していた舞も姿を見せた。
「なになに。一人で大佐の会見を観て、興奮した状態で部屋から飛び出したら、フラフラと地下に降りていく弥生ちゃんを見たの?」
タハダの首は何度も縦に動く。誰も理解ができなかった彼女の話を、当然のように通訳した舞。弥生も驚いた様子で泣き止んだ。
「タハダとは小学校から一緒で、ご両親とも外国の方で、日本語が苦手だった彼女と遊ぶうちに、何となく言いたいことが分かるようになったんです」
身振り手振りで同意を示すタハダの横で、舞は余裕の表情。まだ泣き顔を崩さない親友の頭を撫でている。
「まぁまぁ。私たちのことはいいから。弥生ちゃんは何で一人で地下に来たの?」
舞はしゃがんで少女の目線に合わせると、努めて明るく振る舞った。自分の外見を最大限利用した動作。度を越したあざとさに、男二人が堪らず吹き出す。
成人女性の奮闘は、少女に笑顔を与えた。落ち着きを取り戻した弥生は、自身の記憶を辿るように、紫の世界を見つめる。
「この前の、女の人の声が聞こえたの」
先程までと違い、マルスの中にある弥生は澱む。紫の腕を指差しているはずの少女は、まるで自分自身を手招きしているかのよう。




