アイドル
人は生きていく中で知恵を手に入れ、後世へと残した。けれども、歳月を経て、多様性という言葉に重きを置いた時。あらゆる分野の正解が一つではなくなった。美しさも例外ではない。個々の価値観が大切にされたことにより、誰しもが自分だけの答えを持つ。
しかし、今日。静止した世界の中で、ただ一つだけ変わることのない正解が生まれた。
プリンセスラインのドレスはシンセイ同様に純白。普段の服装では抑えられている真珠本来の魅力を見せつけ、まるで彼女のために誂えたかのよう。まさか当日に衣装係が買いに走った物だと、気付ける者などいない。
トーマスへ注がれていた光が反転。彼女の一挙手一投足に自身の全てを向ける人々は、己の呼吸音さえも邪魔者とした。
「遅くなってしまい申し訳ありません。私が白騎士のパイロット、龍神真珠と申します」
深々と頭を下げた真珠。暗闇でも鮮やかさを失わない金色が揺らめき、止まったままの意識たちは後を追う。そして、彼女へ集まるモノが穏やかさだけになった頃。
上げられた顔には、先程の激走を悟らせぬ淑やかな微笑み。見惚れたまま止まっていた時の流れが呻き、また訪れる沈黙。
「失礼いたします」
目礼の後に踏み出した真珠。初めて履いたハイヒール。しかもセットバックと呼ばれる種類の物で、高くて細い。慣らす暇もなく、ただただがむしゃらに走っただけ。なのに、両手でスカートの裾を持つと、カカトで見事な旋律を奏でる。広い会場には、彼女の足音のみが響く。壇上で待つ二人の元にまで。
「間に合ってくれてよかった」
秘書ではなく、記者と一緒に現れた真珠の様子に、ミスト元帥は何かを察した模様。
「いえ、遅刻なので間に合ってはいません」
元帥と錬一にも謝罪とともに一礼。真珠の行動に、テレビの前で見守る秘書の顔がみるみる曇っていく。画面には、再び頭を下げる英雄の姿。しかし、やはり顔は笑ったまま。
「方向音痴で迷っておりました。皆様をお待たせしたことを、重ねてお詫びいたします。同時に、こんなにも大勢の方に興味を持っていただけ、大変ありがたく思っております」
彼女にとっては当然の言動。なのに、地球全体が震えるかのような歓声。真珠の到着前は、連合軍部隊の不甲斐なさを追求していた報道陣。けれど今は、誰一人として害意を向ける者はいない。全ての視聴者も同様に。
質疑応答は滞りなく進む。一方、同時刻の北海道基地。自室のテレビ前にて光悦は口を開けたまま固まっていた。隣には目を輝かせ画面に食い入るような弥生。
「真珠お姉ちゃんキレイだねっ」
記者の声で、ようやく正気に戻った少女。兄に問いかけたが、反応はイマイチ。
「けど。アイツこんなの続けられるのか?」
光悦の独り言に答えたのは、妹ではない。なぜか二人の部屋にいる、ゲイルであった。
「彼女ならやり遂げられるだろう。救世主として歩んでおられるのだからな」
真珠不在の今。龍神家は休日扱い。ゲイルが兄妹と共にいる理由だ。そして彼女も。
「でも大佐だって女の子ですよ? 多分」
目にした存在からの衝撃に、自信なさげな舞。肩を落としての溜め息が止まらない。
「じゃないと私の勝ち目が」
何だかんだと言いながら英雄の帰還を待つ四人。だが、場に飲まれることなく、真珠の些細な表情の違いを捉えたのは、光悦のみ。記者の声を皮切りに、再び動き始めた世界の中。不機嫌そうに曲げられた口から、今度は誰にも聞こえないほど、微かな呟き。
「でも本当に、無理してそうなんだよな」
二つに割れた四人の反応。けれど、瞳には同じ者を映す。宇宙史上イチのアイドルを。




