王女
光悦のときとは違い、目の前の女性は自分を怒らせるようなことはしていない。状況を除けば、むしろ逆と言えるだろう。彼女たちの時を止めたのは、真珠なのだから。
「流石に待ってはいられないわね」
テレビの中では記者が自分を呼ぶ声。既に焦りの色を隠す時間もない。真珠はスカートの裾を掴んで走り出した。
控え室の止まっていた時が動いたのは真珠が出た数分後。ほぼ同時に全員が興奮を露にする。身振り手振りを大きく話す彼女たち。
「私たちと同じ人類よね? え、新種?」
全く仕事をしていないメイク担当の顔が、一番紅い。湯気を吹き上げ、道具を回す。
「娘が産まれたら真珠って名付けよう」
ヘアメイクアーティストは、自身の震える指を見つめて呟いた。なのに、表情は幸福感のみを伝える。けれど、周囲の人たちも意識を取り戻した瞬間から満たされている様子。
「末代まで語り継ぐの。あれは私が選んだ服なのよって」
将来を見透しているのか、何もない天井の一点を眺め入る衣装係。
会見開始から十分強。熱気に包まれる部屋には、彼女の窮地に気付く者はない。
地上部分だけで五階建てのコスモス。普段であれば、今頃は会場入りしていただろう。しかし、超人的なスピードを封じられた真珠には、対岸の目的地は遠い。
「これ脱いだら速く走れるけど。衣装さんに悪いものね。頑張らないと!」
会見場の警護に職員を割いた結果。通路は閑散としていた。大声での独り言ができたとしても、道程を聞くのに掛けた時間には代えられない。靴から廊下へ伝わる力が変化。
同時刻。案内人からはぐれた記者が一人。シンセイの姿に見惚れていた彼。未だに中庭の白騎士を気にしている模様。
「こんなとこで迷ってる場合じゃないけど、どうしても感謝を伝えないとだしな」
ボイス・オブ・ザ・ピープルという、創刊間もない新聞の記者。鹿撃ち帽から寝乱れ髪が飛び出し、インバネスコートに身を包んだ姿。まるで探偵のような格好だが、注意力は散漫らしい。階段を駆け上がってくる高音に気付きもしなかったのだから。
シンセイの輝きに溺れていた記者と、自由な動きを封じられた英雄はぶつかり、廊下に響くほど大きく重い音を立てた。
「イタタ。すまん、ボーッとしてた。って、アンタ一体どこのお姫様だい?」
自身が弾き飛ばされた衝撃よりも、尻餅をついた女性に気を遣った彼。上体を起こした途端、固まったまま動けなくなる。
「こちらこそすみません。急いでたもので」
先に立ち上がった彼女。オペラグローブに包まれた細い手が差し出されるが、なぜだか記者は震えが止まらない。すると一呼吸の後に、純白は軽々と男の体を持ち上げた。
「貴方、記者さん? なら目的地は同じね」
光そのものに手を引かれ、会場までの道程を飛ぶような足取りで行く記者。目的地の扉の前では護衛の兵が待っており、彼女を見た刹那に敬礼。そしてまた固まった様子。
「あの。俺、トーマス。貴女は?」
ようやく追い付いた意識が言葉を放つ。目の前の彼女は両手で扉を押すと、室内の暗闇を背に答える。物音にトーマス以外の記者らも振り返り、地球上が注目する中で。
「私は龍神真珠。シンセイのパイロットよ」
世界が目撃した本物のお姫様。




