夜明け
光悦たちへの怒りが収まったのは、およそ五分後。最初は目を細め、なぜ隠れるように離れた自室で夕食を取っていたかを説明していた真珠。しかし、段々と小さくなっていく二人を見るうちに、可笑しくなったのか笑い出す。顔を見合わせ、彼女と同じように表情を緩めた男たちの間には、物理法則を破って壁に突き刺さったままの骨。
「ブラトン中佐は二度目かもしれないけど。父からの説明にあったように、シンセイは私の体力で動いているの。だから物凄くお腹が空くし、食べたらすぐに眠くなるのよ」
床で正座している二人に説教をする真珠の手には、新しい骨付き肉。話している通り、空腹は限界に近いらしい。他に誰もいないと確認すると、マナー違反も構わず齧り付く。
「二人はお腹空いてない? 良かったら一緒に食べましょうよ」
彼ら二人が寝転んでもなお余るほど大きなテーブル。横には空席が二つ。
「こんな量、いくら何でも一人じゃ食いきれないだろうし。俺らも頂くよ」
席に着いて改めて分かる。自分の身の丈を優に越える料理の群れ。ゲイルへ向けられた光悦の顔は、説教中よりも青い。
「ブラトンさんも、食うよな?」
昼間のことが嘘のように、和気藹々とした時間が過ぎた。山の九割以上を真珠が制し、ようやく腹の虫も治まった様子。すると途端に瞼を重そうにしている。
「本当はもう少しお話ししてたいんだけど、限界だから。歯磨きしてくるね」
彼女の部屋には風呂場があり、酔っ払いのような、なんとも頼りない足取りで向かう。
「ホントにお子ちゃまじゃねぇか」
悪態を吐きながら席を立つ光悦。ゲイルは彼より先に真珠に肩を貸していた。
「命を助けられたお礼には足らんだろうよ」
ゲイルの言葉に光悦も頷く。三人で洗面台の前に立ち、彼女を手伝う。
「ありがとう。おやすみなさい」
着替えもせずお姫様のようなベッドに倒れ込んだ真珠。黒のライダースーツはピンクの寝具に包まれ、無防備な姿を際立たせる。
「じゃ、俺らも戻ろうぜ」
考える間もなく紳士的な態度を見せたのは光悦。彼の言葉にゲイルも賛同。来た時より確かに縮まった距離。昼間より暗い廊下を、明るい雰囲気が照らす。
先にゲイルの部屋に到着。短く挨拶をし、光悦は見送る。そして気付いた。
「俺の部屋ってどこだよ」
既に夢の中の真珠。ベッドの中で天井を見つめる舞。博士との会話を楽しむ紫音。広い風呂場でお互いを励ますショーンとタハダ。それぞれが想いを胸に、夜は更けていく。
部屋に着いたゲイル。衣服を脱ぎ、備え付けられた小さなシャワー室へ入った。一人になった彼は、戦友のことを思い出したのか。ただ流れる水の中に自身の滴を紛らす。
時刻は二十三時。屋敷の中を彷徨う光悦。夜も更けて、大声を出す訳にもいかない。
「兄ちゃん!」
何周したかも分からず途方に暮れていた彼に、妹の声が届いた。上げた視線の先には、錬一に連れられた少女の姿。
「部屋まで案内するから、早く寝なさい」
皆が自室に入り、長かった一日が終わる。深い眠りにいる者。再会を喜ぶ兄妹。酒を酌み交わす二組。未だ泣き続ける者。想いとは関係なく時は過ぎ、陽が昇る。
三月二日午前七時。中国から一隻の艦が飛び立った。文字通り、空を駆ける要塞。内部は大陸を覆うバリアと同質の物で隠され、窺い知ることはできない。だが、確かな戦乱の火種は、大気を切り裂いて進む。
戦艦下部。ゆっくりと口を開けるように露にされた内には、紫の影。
同時刻。龍神家の屋敷にて。鳴り響く警報で獅子崎兄妹は起床。扉を開くと、部屋の前を慌ただしく通りすぎるメイドたち。彼女らの中に軍服を着た舞の姿を見付けると、二人も後に続いた。
一行が降り立った地下基地内は、人の熱気で昨日の薄ら寒さが嘘のよう。
「そういやアイツ、まだ寝てるんじゃ?」
意味もなく出入り口のエレベーターを見る光悦。直後、耳に届く舞の叫び。
「シアトル沿岸に未確認艦が出現。昨日と同型の機体を多数展開。その他に、三十年前の悪魔の一機を確認。パープルです」
オペレーターの伝達に、錬一以外は動揺を隠せない。パイロットとして、何度も当時の映像を見せられたゲイルは尚更。
「アメリカには本部もあります。龍神大佐が起きられるまで待っている暇はありません。今からでも救援に向かいましょう!」
光悦より先に集合していた彼。だが真珠の姿はまだ見ていない様子。なのに響く、自信に満ちた女性の声。
「二人して私を寝坊助扱いして。帰ったら、覚えてなさいね?」
メインモニターに映る、桜色のパイロットスーツ。中には深紅の瞳。彼女が話し終えると、純白の騎士は立ち上がる。
地下基地の壁が開き、鉛色のカタパルトが太陽光に煌めく。彼女は見送る皆に小さく手を振り、光悦だけにあっかんべーのポーズ。
「龍神真珠。イメージフレーム、シンセイ。出るわよ」
風・音を置き去りにして飛び立つ騎士。白に金を映し、日の昇る方向へ。




