代償
錬一は今年で五十歳。だが、顔には皺一つなく、外見だけなら二回り近く若く見える。不老長寿の家系である龍神一族においては、別段に珍しくもないのだが。
「目移りしちゃいそう」
紫音の呟きは真珠にのみ届いた様子。全く動揺する素振りがないことが、今まで何度も繰り返されてきた光景であると告げる。
「けど、お母様一筋なのよね」
誰の耳にも届かない囁き。微笑む彼女の顔だけを、ゲイルと光悦の目は捉えた。
清風が止み、全員が平静を取り戻した頃。メイド服の女性が彼らを迎えに来た。夕食の準備が整ったのだと言う。皆が期待の表情を浮かべたまま地上へと戻り、錬一に誘われて大きな食卓を囲む。しかし、いつの間にやら一人の姿が見当たらない。
光悦が周囲を探るも、彼女はおらず。彼の視線が宙を舞うのに気付いたゲイルも同様。男二人の挙動がおかしくとも、錬一は構わず音頭を取ろうと椅子から立ち上がる。
豪勢な料理が並ぶ中。彼へと集まる視線。
「我々は生きるために食べねばならん。それは死んでいった者のためにもなるはず」
今日起こったことを思い出しているのか。錬一に置かれていた焦点は逸れ、それぞれが瞳を揺らす。重い沈黙。けれど一呼吸の後。わざとらしく高い声を出し、彼は続ける。
「経緯はさておき。仲間が七人も増えたことは、我々としても嬉しい限りだ。特に獅子崎兄妹には、真珠と友達のままでいてほしい」
ようやく二人以外も気付いたらしい。真珠の姿が部屋の中にないのだと。
「その真珠はどこなんだよ!」
弥生の表情が曇り、焦った光悦が叫んだ。だが、錬一の余裕は崩れないまま。
「シンセイは人の身に余る機体。世界を守るほどの力を振るう搭乗者には、相応の対価が必要なのだ。つまりは」
彼女の父親の話を最後まで聞かず、光悦は部屋から飛び出した。真珠の居場所など知る由もない彼。手当たり次第に扉を開ける。
書斎。トイレ。風呂場。客間。全てが人の住めるほどの大きさであり、廊下の先に続く果てしない冒険の旅を思わせる。けれど来た道と反対側から、美味しそうな匂いが届く。
「キッチンか?」
部屋の前に着いた彼。調理場にしては豪華な装飾が施された扉。すると、食べ物の匂いとは別の、甘い香りが光悦まで届く。
「獅子崎くん! 待つんだ!」
錬一の説明を最後まで聞いたゲイルが走り寄る。捕まるとでも思ったのか、制止を無視して勢いよく扉を開く光悦。
「大丈夫か。お前」
彼が目にしたのは料理の山脈。そして手前には骨付き肉を頬張る美しい金髪の登山家。振り向いた彼女の艶やかな唇にはソースが付いており、光悦と合った目は真ん丸。
「だから待てと言ったのだ」
真珠の視界に飛び込んで来たゲイル。彼の目にも、骨付き肉を握り締めた美少女の姿。みるみる紅くなっていく白い肌。
瞬間的に安心したような顔を見せた光悦。けれど状況を理解したのか段々と青く変化。止めに来たはずのゲイルも同罪。
「何でわざわざこんなトコまで来るのよ!」
二人に投げ付けられたのは左手のフォークではなく、肉を失った骨。




