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七色と、光る。  作者:
6/27

5


 僕たちが向かった食器店は、その公園からさほど離れていなかった。


「わー!」


 公園から店までの数分で、レンの機嫌は直ったらしい。


 店に入った途端、レンは並べられた食器や雑貨に目を輝かせた。


「これ、可愛い。ね、リト」


 大きな花が描かれたお皿を僕に見せて、レンがはちきれんばかりに微笑む。


 そんなレンの姿を見て、僕も(こわ)ばっていたであろう顔が緩んだ。


 レンは感情をあまり引き摺らない。いつまでもぐるぐると考え込んでしまう僕は、昔からそんなレンが羨ましかった。


「フライパン買いに来たんじゃないの」

「だって、どれもこれも可愛いんだもん」

「見るだけだよ」

「うん、分かってる」


 そう言いながらも、レンの視線は食器から逸らされることなく、見るものを手に取っては置いて、を繰り返していた。


 僕はそんなレンに苦笑すると、ふらりと引き寄せられるように棚の間を歩いた。


 少し離れたところに、大きなゾウのぬいぐるみが飾られているのが見える。


 (にび)色をした長い鼻に、金色の瞳がふたつ。ビー玉みたいなその瞳が、僕を真っ直ぐに見ていた。


「懐かしいね」

「レン」


 いつの間に、直ぐ近くに来ていたんだろう。隣に立ったレンもまた、そのぬいぐるみを見上げていた。


「覚えてる?私が迷子になったこと」


 苦笑が混ざったみたいに笑って、レンが僕を見た。


「うん、覚えてる」


 忘れられる訳がない。


「血の気が引いたからね」

「そうなの?」


 レンが少し驚いたように僕を見上げて、僕はそんなレンを見下ろした。


「そうだよ」


 あの日僕は、体中の血が逆流して靴の裏から地面に吸い取られるような感覚を味わった。


 あれから随分と時間が流れて色んなことの記憶が薄れていく中で、あの出来事だけは今でも鮮明に憶えていた。


「どうにかなりそうだった」


 初等部に入って数年が経った頃、僕とレンはユコおばさんとさっきの公園に遊びに来ていた。


 その日もまた今日みたいに寒くて、僕は公園に着いた早々に帰りたかった。


「リト!」

「ルイ」


 冷たい風が吹き(すさ)ぶ中、僕の名前を呼んだのは初等部で出来た友人だった。ルイと言う名のその子とはとても気が合って、カツの次に仲が良かった。


「リトも来てたんだ」

「うん」

「じゃあ一緒に遊ぼうよ」


 ルイに誘われて、僕は直ぐに寒さなんて忘れた。


 駆けていくルイの後を追って、ブランコで高く舞い上がり、長い滑り台を滑り下りる。


「そういえば、今日はレンは一緒じゃないの?」

「え?」


 僕は、はっとしてレンの姿を探した。


 レン。


 少し離れたベンチには、本を読んでいるユコおばさんの朱色のコートが見える。


 ブランコにも、滑り台へと続く階段にも、レンの姿は無い。


 いつもなら、僕の後ろを追いかけてくるはずなのに。


 まるで走馬灯のように、レンの笑った顔が僕の脳裏を過ぎる。


「ユコおばさん!」


 僕は慌ててベンチに座るユコおばさんに駆け寄った。おばさんが、何事だと言わんばかりに驚いて僕に顔を向けた。


「レンは?」

「え?リトと一緒じゃないの?」


 楽しくて熱くなっていた体が、急激に冷えていくのが分かった。


「居ないんです」


 僕とユコおばさんは、そう広くない公園を隅々まで探した。事態を飲み込んだルイも一緒に探してくれたけれど、レンの姿はどこにも無かった。


 僕は呼吸の仕方を忘れたみたいに、空気を上手く吸うことが出来ない。


「……どうしよう」

「来た道を戻ってみましょう」


 僕はユコおばさんに手を引かれて、家から公園までの道のりを辿って行った。


 レンに何かあったら、そう思うだけで僕の体は小さく震えて涙が滲む。それを察しているのだろう、ユコおばさんが僕の掌を掴む力はとても強かった。


「……レン」


 レンを探すようにゆっくりと、辺りを見回しながら歩くユコおばさんに引っ張ってもらっていなければ、きっと僕はひとりでは歩けなかった。


 もう、殆ど家に着くというところまで僕たちは戻ってきていた。


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