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「じゃあ、また帰りね!」
「うん」
見慣れた校舎の3階、僕たち高等部3年生の教室がずらりと並ぶ廊下を、レンは僕に手を振ってぱたぱたと歩いていく。
僕とレンは、クラスが違う。
頼んでもいないのに初等部に上がったとき、学年主任の先生に「家でもずっと一緒だから、せめて学校では」と、勝手に別々にされた。
以来、僕とレンが同じクラスになったことは一度も無い。
それが良いのか悪いのかはよく分からないけれど、もう直ぐ卒業を控えた身としては、一度くらいはレンと同じ教室で授業を受けてみたかったなと、思わなくもない。
「あ、リト、おはよー」
「おはよう、カツ」
僕が教室に入るなり声を掛けてきたのは、幼稚舎からずっと一緒のカツだ。
そう、レンのことが好きだった、あのカツ。
あのあとカツは僕にボコボコにされたのち、いつだったか幼稚舎の終わり頃に、思い切ってレンに告白したところ、「私は、リトがいちばん好き」と、呆気なく振られた。
その話を苛立たしげにカツから聞かされたときは、顔には出さなかったものの、僕の内心は浮かれるほど嬉しかったのを覚えている。
それから数年、カツはすっぱりとレンを諦めて、今では他校に彼女が数人居るとか、居ないとか。
「リト、もう直ぐ誕生日だよな」
「ああ、もうそんな時期か」
僕は自分の机に鞄を掛けると、椅子に座った。
僕とレンは双子だから勿論、誕生日も一緒だ。桜も散り始める春の頃、僕たちは18歳になる。
「俺の彼女も、もう直ぐ誕生日なんだけど、女の子ってどんなものが欲しいのかな」
「……それは、この間聞いた子?」
「いや、その子とは違う子。そして、その子は彼女じゃなくて、友達」
「……ふーん」
カツの言う、彼女と友達の違いが、僕にはいまいち分からない。
背も高く、僕と同じバスケットボール部に所属していたカツは、同じ学校だけでなく、他校の女子生徒にも人気がある。
「リトは彼女作らないの?」
「……今はいらないかな」
「でも、この間も告白されてただろ。ひとつ下の、なんて子だったっけ?」
自分で言うのもなんだけど、カツよりも背が高い僕も、そこそこモテる。成績は初等部から常に学年トップのレンには負けるけれど、上位には入ってるし、運動だって得意だ。
「……忘れた」
「本当、お前もレンもモテるのに、誰とも付き合わないんだもんな」
カツはあからさまに溜め息を吐いた。
「レンに彼氏が出来たら、僕も考えるよ」
そう言いながらも、レンにもし彼氏が出来たら、なんて考えるだけで僕の胸はそわそわと落ち着かなくなる。
「レンも同じこと言ってたけど。まあ卒業して離れたら、少しは変わるかもな」
もう間も無く訪れるであろう春には、僕とレンは離れ離れになることが決まっていた。
白花織物の後継者として育てられた僕は、ユコおばさんの指定する大学に通いながら、会社にも社員として週の数日は出勤することになっていて、レンは少し離れた大学に進学して、一人暮らしをする予定だった。
「……そうだね」
本当は、レンと離れるなんて嫌なんだけどな。
こんなことを考える僕は、少し可笑しいのだろうか。
また、あれこれと悩み始めたカツを尻目に、今まで何度も繰り返してきたそんな思考に僕の頭は埋め尽くされた。