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学園へと向かうバスに揺られて、冬の終わりの太陽に照らされるレンの横顔がいつかの日と重なる。
僕はそんなレンを横目に見て、そのいつかを思い出していた。
あれは、幼稚舎の頃だっただろうか。
「……ひっく、」
園庭で遊んでいた筈のレンが、小さな手で目蓋を擦りながら、室内で過ごしていた僕に駆け寄ると、服の裾をそっと握った。
そのとき、部屋の中に先生は居なくて、室内では子どもたち各々が目の前の遊びに夢中になっていた。
僕は、表情の無いレンの顔をそっと覗き込む。
「……レン?」
小さく泣き啜るレンは、幼稚舎の同級生の中でも一番小柄で、一番大きな体を持つ僕とは正反対の体格をしていた。
「……リト」
「どうしたの?なにかされたの?」
「……」
レンが静かに、首を横に振る。
「じゃあ、どうして泣いてるの?」
「……泣いて、ない」
「レン」
「……」
僕の顔を見たレンの目元は赤くなっていて、レンが泣いていたなんて一目瞭然だ。
優しくレンの名を呼んでも、レンは僕の服をぎゅっと掴むだけで口をつぐんでしまう。
「だれかに、なにか言われた?レン、僕がまもってあげるから大丈夫だよ。だから、おしえて?」
何度もレンの名前を呼び続け、レンの小さな頭を撫で続けて、ようやくレンが口を開いた。
「……カツくんが、」
「うん」
カツという名前を聞いて、何かにつけてレンのことを揶揄う男の子が思い浮かんだ。
レンのことが好きなのだろう、傍から見ていても、レンに向ける眼差しだけは他の子に向けるものと少し違う。
そんな彼の名前がレンの口から出てきて、どうしてだろうか僕の心は少し、ささくれ立つ。
「おやが居ないのは、おかしいって」
「……」
「ふつうじゃないって言うの。ねえ、リト?」
少し腫れた目蓋をしたレンの瞳が、僕を見る。
「ふつうってなに?おやが居なくても、リトが居て、ユコおばさんが居て、毎日たのしいのに、それじゃだめなのかな?」
僕たちには、両親が居ない。
産まれて間も無く孤児院に預けられた僕たちを引き取ったユコおばさんが、僕たちの親代わりだった。
レンの言う通り、僕もレンも、ユコおばさんが居て、この頃はまだお手伝いさんも居て、僕たちの日々は満ち足りていた。
「そんなことないよ。だれがなんて言ったって、僕たちが良いとおもってるんだから、それでいいんだよ。あんなやつの言うことなんて、しんじなくていいよ」
「……そっか!そうだよね!」
小さな笑窪を見せて、レンが笑う。僕はその笑顔を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
好きな子を笑顔に出来ないやつになんか、僕の大切なレンはやらない。
レンの笑顔を見て、僕はそのとき、確かに強くそう思った。
「……リト?」
はっと我に返ると、幼稚舎の頃よりもだいぶ大人びたレンが、僕をじっと見つめていた。
「…やっぱり焦げちゃったの、怒ってる?」
レンが焼いた朝食の卵焼きは、やっぱり焦げて、僕はそう言ってこちらを見るレンに苦笑した。
そんなことで僕が怒るはずないのに、寧ろ、僕はあまりレンには怒らないはずだけど、レンの表情は不安そうでつい意地悪をしたくなる。
「…そうだな。いつになったら、レンは上手に焼けるようになるんだろうね」
「あ、あれは、フライパンが、古いやつだから焦げついちゃったの。新しいフライパンなら、ちゃんと出来るよ」
必死に言い繕うレンが可愛くて、僕はそんなレンを見て笑った。
「だから、リト、今度の休みはフライパン買いに行こう」
「そうだね」
こんな日々がずっと、続けばいいのに。
僕はレンの手を握ると、学園へと送り届けてくれたバスを降りて、通い慣れた校舎へと歩き出した。