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〜第四章〜

月日はあっという間に過ぎていき、すでに新年を迎えていた。

 年が明けたからといって俺の中では特に変わったことが起こることもなく、むしろ面倒ことが増える一方だった。

 市民を守る警察官がそんなことをいってはいけないが、俺だって普通の人間だ、本音を言うとそうなってしまう。

 帰省した子供と酔った勢いで喧嘩になり誰も止められなくなって警察に電話したとか、お酒の飲み過ぎで路上で倒れている人がいると通報が来て保護しに向かったりと、この時期は普段の日と比べそういう話が多い。

 新しい年を迎えみんなフワフワしているのだろう。その気持ちが分からないわけではないが、もう少し自分の行動に責任を持ってほしいと個人的に思ってしまう。

 「はぁー…。この時期ってなんか疲れるよな…。」

 「そうだな…。まあ、仕方ないけど…。」

 そんな中、俺は栂瀬と一緒に署内に戻ってきた。

 「お疲れさん。なんとか片付いたか?」

 「あ、課長。お疲れ様です!」

 署に戻ってくると課長がねぎらいの言葉をかけてくれた。

 「はい、とりあえずは…。」

 「今時期は普段と違うことが多いからよろしく頼むな。お前たちの苦労も重々承知してるし、少し落ち着くまで頑張ってくれ。」

 「はい、大丈夫です。」

 「お疲れ様でーす。交代しに来ました。」

 「あ、お疲れ様です。」

 課長が声をかけてくれたと同じくらいに、俺たちと交代の同僚がやってきた。

 「もう、そんな時間になってたんだな。最近はあっという間に1日が過ぎてく気がする…。」

 「右に同じ…。」

 俺達は周りに聞こえないくらいの声でつぶやいた。

 「栂瀬さん、谷形さん。引き継ぎお願いします。」

 「あぁ、わかった。」

 交代の同僚に言われ、俺達は業務の引き継ぎを始めた。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 「それじゃ、お先に失礼します。あとはよろしくお願いします。」

 「はい、お疲れ様でした。お気をつけてー。」

 「はい、お気遣いありがとうございます。お疲れ様でした~。」

 引き継ぎを終え、俺と栂瀬は外へと出て行った。

 「そういえば、来週だよな?お前が地元帰るの?」

 「あぁ、そうだな。なんか、緊張するな…。」

 「緊張ってなんだよ。地元に戻るだけなのにそんなになる?」

 「そりゃーなるよ、家族以外の友達にも会ってこようって思ってるし、俺のこと忘れてないかなーとか考えちゃうし…。」

 俺は不安感を募らせながら口を開いた。家族だけに会うならここまでならないと思うが、今回は地元に残っている学生時代の友人にも会ってくる予定だ。

 最後に会ったのはいつだろと疑問に思う。もちろん、その友人の中には幼馴染の蛍のことも含まさっている。

 彼女には俺が地元に帰るという話は全くしていないし、事前に伝えておけば彼女も都合をつけてくれるかもしれないが、俺としてはサプライズを仕掛けたかった。彼女の驚く顔が見たい…、そんな思いにもかられる。

 けれど、彼女はすでに既婚者だ、急に連絡をしてもなかなか都合がつけられない可能性もある。

 さて、どうするべきか…。

 「そんな考え込まなくっていいんじゃねえの?」

 「えっ?俺、そんなに考え込んでるように見えた?」

 「見えたな。前みたいに、なんも話さなくなったし、同じところずっと見てたぞ。」

 「そうか…、お前は相変わらず人のことよく見てるんだな。」

 「まあな、仕事柄仕方ないさ。洞察力、観察力、推察力は大事だと思うぞ。」

 「………そうだな。」

 彼の言葉を耳にした俺は一瞬だけ動きが止まる。

 いつもはケラケラしてる彼なのに、そういうことを言っている時はいたって真面目に見える。

 「おい、その間はなんだ?俺なんか変なこと言ったか?」

 「あ、いや。そういうわけじゃないけど、栂瀬って案外しっかりしてるんだなと…。」

 「案外だと?俺はもともと、しっかり者だぞ。」

 「そうだな、さっきの言葉は撤回する。栂瀬、ありがとう。」

 そんな彼の様子をみていた俺の気持ちはなんとなく楽になった気がした。

 「お礼言われるようなことした覚えないけど?」

 「気にしないでくれ。」

 「そう?それならいいけど。じゃ、俺こっちだから。お疲れさんまた明日ー。」

 「あ、お疲れ様。気をつけてなー。」

 俺は軽く手を振り彼を見送った。

 「おう、またなー。」

 そして彼もまた、俺と同じように軽く手を振り、姿を消した。

 「さてと…、俺も帰ろう。」

 俺は周りに聞こえるか聞こえないかくらいの声でつぶやいた。

 


 自宅に着き、家のことをある程度済ませ俺は一人でテレビをみていた。

 時刻は23時を過ぎている。こんな時間にもなると、特に面白い番組もやっていないし、大抵はニュース番組ばかりだった。

 ニュース番組を見るのも大事だが、そうだとしてもほとんどのチャンネルでニュース番組を流すのはどうなのだろう。

 次に面白そうな番組が入るのは日付が変わる前後だろう。その時間になればほとんどが大人向けの番組になる。

 とても濃厚な男女のロマンス劇場や血飛沫が飛び散る激しい戦いもの、ちょっとしたお色気シーンがあったりするバラエティ。全くテレビというのは上手い具合に編集されているんだな、とつくづく思う。

 明日も仕事だしゆっくりとテレビを見ている時間は俺にはない。

 「…もう少しの辛抱だな。この波さえ越えれば落ち着くし、心置きなく地元に帰れるだろ。」

 俺はそんなことを思いながらテレビを消して明かりを落とした。

 「…あれ?随分と明るく感じるな。」

 電気を消したはずのなのになぜか、室内は明るかった。

 本来なら目が眩んでほとんど見えないはずだが、今の俺には室内の様子がはっきり見える…。

 「…あっ、そういうことか。」

 俺はふと窓に目をやった。そこにはカーテンの隙間から月明かりが差し込んでいた。

 なんて明るいのだろう…。そこまでカーテンを広げているわけではないのにこの部屋の中はとても明るい。

 「…。」

 俺は腰を上げ窓の方へ進み、カーテンを開けた。

 「…満月か…。」

 カーテンを開けると、そこにはとても煌びやか月が昇っていた。

 「今日は満月だったのか…。だもん、これだけ明るいわけだ。」

 まさか今日が満月だったなんて全然知らなかった。天気もいいらしく、月には雲一つ重なっていない。

 「…キレイだな。」

 俺が夜空を見上げたのはとても久しぶりな気がする。今まで慌ただしい毎日が続いていて、夜空を見上げる時間なんてなかった。

 こうして久しぶりに見るとなんだか安らぎを感じる。病んでるわけではないがなんとなくホッとする自分がいる。

 …あっという間に年が明け、忙しい毎日が続き、いつの間にか地元へ向かう日が近づいていく。

 来週の今頃は地元にいるだろう。その時は誰といるだろうか?家族、友人、それとも…。

 「蛍、元気かな…?」

 俺は小さくつぶやいた。




 「何時頃に出発するんだ?」

 「そうだなー、昼過ぎには出ようと思ってるよ。今日の夜ならみんないるみたいだし。」

 「そっか、気をつけろよ。あんまり道良くないだろうから。」

 「あぁ、気をつける。っというか、わざわざ見送りしにきてくれてありがとな。せっかくの非番なのに時間使わせちゃって。」

 「いや、お礼を言われることじゃないさ。俺も昼から用事あったからそれまでの時間潰し。まあもっというなら、お前がいない間、俺の仕事量が増えるから昼飯くらい奢らせようかと思ってるけど。」

 「そういうことか…。それくらいお安いごようだ。好きなもの頼むといいよ。」

 「ったく何まともに受け取ってるんだよ、冗談だって。」

 「…そうなのか?」

 「まあ、本当に奢ってくれるなら喜んで好きなもの頼むけどなー。」

 彼はケラケラと笑いながら言葉を発した。

 「いいよ、今日は俺がだすよ。」

 「本当にいいのか?」

 「ああ、今日はな。これから色々と迷惑かけるだろからそのお詫びも兼ねて。」

 「そっか、じゃ遠慮なく~。」

 「あぁ。」

 俺は今、自宅から車で数分くらいの喫茶店に足を運んでいた。

 そして目の前には職場の同僚の栂瀬がいつもと変わらない装いで珈琲に口をつけている。

 今日は地元へ向かう日だ。そんな日に彼はわざわざ俺のことを見送りに来てくれた。

 たまたま休みだったのかそれともあえて休みを取ったのかその辺りはよくわからない。けれど、こうして来てくれた彼に対して、俺は素直に嬉しかった。

 地元に行くと決まった時から俺の中では不安な思いがあった。色々と考えてしまいなかなか気持ちの切り替えができない時もあった。

 そんな最中、彼はわざわざ気を遣ってくれ本当にいい奴だな、と心から思う。

 「あ、そういえばさっき昼から用事あるって言ってたけど?」

 「あぁ、ちょっと行くところがあってな。お前ほど遠いところじゃないけど、行かないといけなくてさ。」

 「そうなのか。時間は大丈夫なのか?そろそろ13時なるけど。」

 「別に決まった時間にいかなきゃ行けないわけじゃないから大丈夫。今日中に行ければ問題ない。」

 「それならいいけど…。」

 そういう彼の言葉はどことなく暗く感じた。特に暗くなるような会話はしてないはずなのに彼の様子はいつもと違って見える。

 「お前の心配することじゃないさ。せっかく久しぶりに地元に帰るんだからもっと楽しそうにしたら?顔が引きつってるぞー。」

 「えっ?そんなに引きつってる?」

 「あぁ、いつもに増してな。地元に帰るだけなのにそんなになるのか?」

 「…うっ。」

 彼に図星をつかれ俺は何も言い返せなかった。

 彼のいうとおり、たかが地元に帰るだけで今の俺は小心者になっている。しばらく帰省してなかっただけなのに…。

 その間、友人達はどう変わったのだろう。自分の年齢を考えると、明らかに結婚している人の方が多い気がするし、そんな友人相手に未だに未婚の俺はついていけるだろうか…。

 『♪~♪~♪~』

 「あっ…。」

 そんなことを考えていると、どこからか13時を知らせる音楽か流れた。

 その音は喫茶店に飾ってある掛け時計から聞こえてくる。

 「ちょうど13時だな。…さてと、そろそろ行こうかなー。」

 音楽が鳴り終わり、栂瀬が呟いた。

 「あぁ、俺もそろそろ向かうよ。暗くなる前に地元にも着きたいし。」

 「その方がいいだろうな。峠越え、気をつけろよ。」 

 「気遣ってくれてありがとう。栂瀬もな。」

 「おう。せっかくの休暇なんだからゆっくりしてこいよ。」

 「ああ、そうするよ。」

 俺達は会計を済まし、外に出た。

 「じゃ、行ってくる。」

 「おう、いってらー。」

 そう言葉を交わし俺達はそれぞれの車に乗り込んだ…。

 「久しぶりの長距離運転だ、本当に気をつけないと。」

 俺は自分に言い聞かせた。勤務外とはいえ自分は警察官だ、事故を起こしたり事件に巻き込まれてしまってはいろいろな人に迷惑をかけてしまう。

 「あっ、そういえば…。」 

 車を発車させようとした俺だが、ある事を思い出し携帯電話を手に取った。

 「えっと…、…母さんと彩花に連絡しておかなきゃ…。」

 俺はその二人に急いで連絡をした。二人とも出発するときは一度連絡してね、と前に言われていたのに俺は今のいままですっかりと忘れていた。

 正直、そこまで連絡する必要なんてなさそうな気がするが、けれどそれだと本人達の気がすまないらしい。

 母親の場合は久しぶりに帰ってくる息子に会えるのが待ち遠しいんだろう。そういうのも親子だからこそ、感じ取れたりする。

 彩花の場合は単刀直入に言うと、心配だからだろう。自分は一緒に行けないし、仕事もある。そのせいか、少し過剰に反応しているのだと思う。

 車を出す前に思い出せてよかった。

 「………よし、これでいいな。出発するかー。」

 そして、俺は車を走らせた。




 車を走らせてから1時間半ほど経った。

 今はちょうど足◯の道の駅で休憩中だ。

 「あと、1時間くらいかなー…。」

 俺は自販機の前で缶コーヒーを買いながらつぶやいた。

 運転中の1時間半は意外にもあっという間だった。確かに多少の疲労感はあるが、気分はよかった。

 自分の好きな音楽を聴きながら、何も周りを気にしないで走り続けることができた。いつもなら、たいていは助手席に誰かを乗せてることが多いし、やはりそうなると気を遣って運転しなければいけないし、ハンドルキーパーとして責任を持って運転するのが当然だ。

 もちろん自分しかいない時でも一社会人としてルールは守っている。

 「ふぅー、…いつ連絡しよう…。今とかの方がいいのかな…。」

 俺は車に戻り小さなため息をつき、携帯の電話帳を開いた。そこには一人の女性の名前が表示される。

 『神崎 蛍』

 彼女は俺の幼馴染でもう20年以上の付き合いになる。彼女とは月に二、三回連絡をとる程度だが、それでも俺にとっての大切な幼馴染だ。

 俺はいまだに彼女へ連絡をしていなかった。サプライズを仕掛けたい…、ずっとそう言っていたけれど、本当は連絡するのが怖いと感じているのかもしれない。

 最後に彼女に会ったのは3年程前で、その間に彼女は結婚した。

 そしてその連絡は、電話やメールではなく一通の年賀状で知らされた。年賀状には結婚式の写真の一部が印刷されていて、新年の挨拶と一緒に『結婚しました。』と記されていた。

 「あれから3年か…。その間一度も会ってないんだよな。たまに連絡はするけど長々とはしないし、なにかと忙しいからなー…。」

 彼女と3年も会ってないとは自分でも正直、驚きだ。地元を離れてはや12年、その間に俺も彼女も変わってしまった。

 それだけ経てば変わってしまうのも当然だが、だとしても俺の中ではなんとなく腑に落ちない。なぜ自分がそんな様なのか正直、理解に苦しむ…。

 「あーあ…なんでかなー。せっかく久しぶりに地元に帰るのになー。」

 会いたいと思う気持ちと会いたくないと思う気持ちが交互にやってくる。

 今の俺は一体どんな表情をしているのだろう…。なにがそんなんに俺の心を戸惑わせるのだろうか。

 「…あーダメだ。こんなことで時間を無駄にしたくない、出発しよう。」

 俺は自分に言い聞かせ、車のエンジンをかけた。そして残り1時間の道を進み始めた。




 『ピンポーン…』

 『ガチャ!』

 「章!お帰りなさい!」

 「うわっ!」

 チャイムを鳴らすと、勢いよくドアが開き、俺は後ずさった。

 「あら、ごめんなさい。びっくりさせちゃった?」

 「…あのねー。そんないきなり開けたら危ないだろ。」

 そこにはとても機嫌の良さそうな、いや、機嫌の良すぎる母親が出迎えてきた。

 「だって、本当に楽しみにしてたんだもの。これくらい許して。さあ、さあ、入って!」

 「わかったから、そこ避けてれる?母さんがそこに立ってたら入れないから。」

 「あ、ごめんなさいね。はい、どうぞ。」

 俺がそういうと母は横にずれ、家の中の様子が目に入った。そして、それと同時に自分がこの家で生活していた頃の懐かしさが込み上げてきた。

 「……(昔と全然変わってないな。)」

 俺はそう思いながら、玄関を少し見渡した。

 玄関の左側には靴箱が置いてあり、その上には小物のインテリアが飾られている。母は昔からこういうのが好きで、毎年その季節のものやイベントごとがある時とかに、色々と飾っていた。それは今でもご健在のようだ。今は冬にちなんだものが多く飾られている。

 「相変わらず、好きだねこういうの。」

 俺は飾られてる小物を一つ手に取った。それは雪うさぎをモチーフにしたガラスの置物だった。

 「それ、可愛いでしょ。実は◯走のガラス館のやつなのよ。もう結構前にもらったやつだけど、私結構気に入ってるの。」

 「へぇー、そうなんだ。」

 確かにこれは俺でも可愛いと思った。普通のクリアなガラスではなく曇りガラスでできてるようでそれがまたオシャレな感じがする。これを選んだ人は結構良いセンスをしているのではないか。

 「それ、蛍ちゃんから貰ったやつよ。」

 「えっ!うわっ!!」

 「あっ!」

 「………………。」

 「………………。」

 「……危なかった…。」

 「…ちょっと、気をつけてよ。割れたら大変なんだから。」

 「うん…ごめん……。」

 俺は母から蛍の名前が出てきて危うく、その雪うさぎを落としそうになった。

 まさか、こんなに早く彼女の名前が出てくるとは思わなかった。俺の中じゃ蛍の話が出るのは兄と話した時だろうっと勝手に思っていた。

 「これ、蛍からもらったものだったんだ。」

 「ええ、そうよ。もうだいぶ前になるけど。」

 「だいぶってそんなに前なの?」

 「そうねー、確か……。」

 母はいつもらったものか思い出してる最中だ。

 「えっーと……。」

 母がこんなに考えるってことは本当に結構前のことなのだろう。

 「あ、思い出したわ。確か12年前、章が家出た後よ。」

 「えっ?そんな前のなの?俺が家出た頃って、大学に進学したすぐ後ってこと?」

 「そうそう、それくらいだったわ。」

 そんな前の話だったとは驚きだ。その当時だって蛍からそんな話、俺自身聞いた覚えがない。もし、何かしらの話をしていたら俺はきっと覚えてるはずだ。けれど、そんな記憶俺にはない。

 一体どういう経緯で、母は彼女からその置物をもらったのだろう?

 「俺そんな話聞いたことなかったと思うけど。」

 「あら、そうなの?私はてっきり知ってると思ってたけど。蛍ちゃん章に言わなかったのね。」

 「そうみたいだね。なんでだろう?別に隠さなくても良いと思うけど。」

 「まあ、そこは蛍ちゃんの都合とかあったのかもしれないわね。」

 「そうかもね、蛍は昔からそこまで気にするような性格じゃないし、たまに抜けてる時もあるから。」

 「そうそう、蛍ちゃんて昔からそういう感じの子だったものね。私、結構好きよ、あの子のこと。息子二人のどちらかのお嫁さんになってくれないかしらーってずっと思ってたもの。」

 「何言ってるんだよ、蛍は昔からの幼馴染だよ。そんな漫画みたいな話あるわけないだろう。」

 「えー別に良いじゃない。思うのは私の勝手でしょ。」

 「それはそうだけど…。」

 相変わらず母の言動には呆れてものが言えなくなってくる。

 本人だって選ぶ権利があるだろう。何が悲しくて幼馴染の俺や兄さんに嫁がなきゃいけないのだ。

 「もう、あんたって昔から気難しいところあったわよねー。誰に似たんだか……。」

 「……誰にって、父さんと母さんのどっちかだろう。」

 「ならきっとお父さんね。」

 「はいはい、そうかもね。もう、こんなところで立ち話するのも何だし中入っていい?」

 「あ、ごめんなさいね。すっかり話し込んじゃったわ。」

 そんなこんなで、俺と母は家の中へ足を踏み入れた。

 「あれ?父さんは?今日はいないの?兄さんの姿もないけど、来ないの?」

 家の中に入りリビングに行くと誰の姿もなかった。父はもちろん兄の姿もない。

 「お父さんは趣味仲間と出掛けてるわ。夕方には帰ってくるって。理は仕事が終わり次第こっちに来るわよ。」

 「えっ、そうなの!?父さんに趣味って珍しいね。昔から仕事一筋って感じの人だったのに。」 

 それを聞いた俺はあんなに仕事人間だった父がこうも変わっているとは驚いた。 

 もちろん、仕事人間だったらからと言って俺や兄さんのことをほったらかしにしていた訳ではないし、口数は少ないものの一緒に遊んでくれた記憶は俺の中にちゃんとある。

 「まあね、今までは休む暇なんてほとんどなかったし、去年退職して気持ちが楽になったみたいよ。」

 「そうなんだー、ずっと働き詰めだったし、よかったね。」

 「本当にそう。今は自由に過ごしてるから私も安心だわ。それより章、部屋は片付けてあるから荷物置いてきたら?」

 「あ、そうするよ。ありがとう、母さん。」

 俺はそう言い残し自分の部屋へ向かう為、階段を登った。

 

 『ガチャ…』


 「…懐かしいなー。何年振りにこの家に戻ってきたんだろう。」

 部屋に入ると、そこは昔とさほど変わりない様子が目に入った。もの自体はそこまで多くないが、自分が使っていた机やテーブル、ベッド、それとラックが置いてある。誇りも溜まってないところを見るときっと母がこまめに掃除してくれてるんだろう。

 俺は荷物を床に置き、窓の外を見た。

太陽はだいぶ西に傾いていて、うっすらと星が見えている。空気も澄んでいるのかその星も綺麗に見える。今日の夜はとても綺麗な夜空が広がるだろう。

 それに二月ともなると北海道の寒さはさらに増し、その分、星が綺麗に見えるのも事実だ。

 晴天で見る北海道の夜空はこれでもかと言わんばかりの星空が一望できる。星座を探すのも一苦労だ。探すには結構な時間を費やすだろう。 

 「……今日の夜は天体観測日和だな…。」

 俺はそんなことを呟きながら必要なものを手に持ち、再び母のいる一階へ戻ることにした。




 時刻は19時を回っていた。今は、実家の食卓を家族で囲っている。

 俺の隣には兄・理が座り、目の前には父が座り、そして、父の隣には母が座っている。

 「ほんと久しぶりだな、章。元気そうでよかった。」

 そう言ったのは兄の理だった。

 「うん、元気でやってるよ。そういう兄さんこそ体とか大丈夫?」

 「あー、俺も特に変わらず元気でやってるよ。」

 「それはよかった、見た目もそんなに変わらないね。」

 「まあな、こんな歳にもなるとそんなに変わらないさ。」

 「まあ、それもそうか。父さんも元気そうで安心した。」

 「あー、今のところはな。」

 俺は久しぶりに会う家族の顔を見ながら話しかけた。

 父は昔より柔らかい表情になっていて、口調も少し優しくなった気がする。きっと、今の生活が充実してるということなんだろう。

 兄の理は最後に会った時とさほど変わらないが強いて言うなら、顔のシワが少し増えて、また一段と大人の男という雰囲気が出ているように見える。

 「で、章はいつまでこっちにいるんだ?」

 そんなことを思ってると兄から声をかけられた。

 「うん、仕事の休みが1/26~2/4までだから、その辺りまではこっちにいようかなって思ってるかな。こっちの友達にもしばらく会ってないから、会いたいし。」

 「そっか、せっかく久しぶりに帰ってこれたんだしゆっくりしてったらいいんじゃないか。」

 「うん、そうするつもり。それに兄さんにも聞きたいこと……あっ。」

 俺は咄嗟に口をつぐんだ。

 「んっ?今なんて言ったんだ?」

 「いや、なんでもない!気にしないで!」

 兄にそう問われ俺は必死に誤魔化した。

 「そうか……?それならいいけど……。」

 そんな態度の俺を見た兄は不思議そうな表情した。それもそうだ、急に弟が慌て出したんだ、そうなるのも当然だ。

 「ほら、3人とも話しばかりしてないで手動かしなさいよ。せっかく、腕によりをかけて作ったんだから、冷めないうちに食べて。」

 その会話に割って入ってきたのは母親だった。そんな母親は少なからずいじけてるように見える。

 「あ、母さん。ごめん、せっかくたくさん作ってくれたのに手めちゃって。」

 俺は母の様子を伺いすぐに謝罪の言葉と止まっていた手を動かした。

 「積もる話もあると思うけど、まずはみんなで楽しくご飯食べましょう。食べ終わった後にたくさん話せばいいんだから。」

 「うん、そうだね。久しぶりに母さんのご飯食べれて嬉しいよ。」

 「それは良かった。そう言ってくれると作った甲斐があるわ。まだまだあるからたくさん食べなさいね」

 「うん、どうもありがとう。」

 俺の言葉で少なからず母の機嫌も良くなったようだ。

 その間の父と兄は特に何も言わず手を動かし箸で摘んだものを口に含んでいた。

 こういう時はたいて俺がその役目を果たし、そのことは父も兄も昔からわかっているみたいで、そういうところは二人ともそっくりだ。

 「……。(さすが親子だな……。)」

 俺は内心そんなことを思っていた。確かに父は昔から口数は少ないが兄はそこまで少なくはない。けれど、自分から母の機嫌をとるようなことはほとんどしない。面倒と思っているのか、そこまで気にしてないのか、いまだによくわからない。

 まあ、でも、これが俺の育った環境だ。今更、どうこういうつもりもないし、変えようとも思わない。これが俺の家族なんだと改めて解釈した。

 「そういえば……、章って今でも蛍と連絡とってるのか?」

 「えっ…!ゴホッ!ゴホッ!!」

 兄からの唐突な質問に驚き、俺はガッツリと咽せてしまった。

 「ちょっと、章、大丈夫!?」

 そんな様子の俺を見て、母が急いで駆け寄ってきてくれた。

 「ゴホッ!ゴホッッ!!ゴホッッ!!」

 母は俺の背中も何度も摩ったり軽く叩いたりしてくれた。

 「…はぁ…はぁ…はぁ……。」

 「大丈夫?ちょっとは落ち着いた?」

 「…はぁ、はぁ、母さんありがとう。」

 俺はやっとの思いで、まともな呼吸ができた。

 「…そんな驚かなくても……。」

 兄からはその言葉と驚いた顔を向けられた。

 「…なんで急に蛍の話になるんだよ。」

 「えっ、別に深い意味はないけど幼馴染だし蛍こっちにいるから、章が戻ってくること知ってるのかなって思って、聞いてみだけ。」

 「……あ、連絡するの忘れてた…。」

 俺は兄にそう言われて、彼女に連絡するのをすっかり忘れていた。

 こっちに来るまではあんなにも気にしていたというのに…。

 「蛍には会っていかないのか?せっかく久しぶりに帰ってきたのに。」

 「…あ、いや。会うつもりではいるけど何年か前に結婚したみたいだし、子供もいたら中々難しいかなーって思って……。」

 俺はとりあえず思ってること素直に言った。

 「あ、そういえばそんな話してたな。けど、子供いるっていう話は聞いてないけど?」

 「えっ、そうなの?ってか、なんでそのこと兄さんが知ってるんだ?」

 「えっ、あ…、まあー。仕事柄?」

 兄は俺の問いに戸惑う仕草をした。バツが悪そうな顔をしている。

 「仕事柄?」

 俺は再び兄に聞いた。

 「…あ、うん。俺、役所勤めだから…。色々な手続きするのに来るだろ?だから、その時に蛍のこと何回か見てるし、気づいた時は話かけたりしてたから…。」

 兄はいまだにさっきと同じ様子だ。

 「…あっ!そういうことか……。俺はてっきり…。」

 「…てっきり?」

 「あ、いや!なんでもない!って、兄さんそんな話家でしてたら情報漏洩になるんじゃないの?」

 「…申し訳ない。…章の仕事柄不味いよな…。」

 「…まあ、そうだね。聞かなかったことにする。」

 「本当に申し訳ない……。」

 兄は再び頭を下げてきた。

 とりあえず今回は目をつぶろう。

 「…今日はもう遅いから明日にでも連絡してみるよ。」

 「ああ、そうしてみたらいいんじゃないか。蛍だって久しぶりに会いたいだろうし。」

 「うん、そう思ってくれてた嬉しいよ。」

 そう言って俺は再び料理に手を伸ばした。




 それからはたわいもない会話をしながら、家族との時間を過ごしていた。

 そこまで賑やかな家族ではないが普通の一般家庭だ。父も母も兄も何も変わってないし、昔のままだ。やはり、家族とはいいものだなと話しながら思った。

 「あら、もうこんな時間になってたのね。」

 そう言ったのは母だった。

 「あ、本当だ…。いつの間に23時過ぎてたんだ。まさかそんな時間になっていたとは思わなかった。」

 俺はその言葉を耳にし、時計に目をやった。俺たち家族は随分と一緒に過ごしていたようだ。

 「あ、本当だ。俺そろそろ帰るわ。」

 今度は兄が言葉を発し、身支度を整え始めた。

 「えっ、理は泊まってかないの?せっかく、章が帰ってきてるのに。」

 「うん、ごめん。今日仕事持って帰ってきてるからそれやらないといけなくてさ。」

 「そうなのー……残念ね。また、顔出しに来てね。」

 母は本当に残念そうな顔をしている。

 「ああ、わかってるよ。すぐ近くに、住んでるし心配しないで。」

 兄は身支度を終えて荷物を持ち玄関へ向かった。

 そのあとを俺と母が付いていく。

 「ええ、気をつけて帰るのよ。」

 「うん、気をつけるよ。章もゆっくりしてったらいいよ。せっかく久しぶり実家に帰ってこれたんだし。」

 「うん、ありがとう。兄さんもあまり無理しないで、もう良い歳なんだし。」

 「余計なお世話だ。もし、俺になんか用あったら気軽に連絡してくれて構わないから。」

 「うん、そうするよ。兄さんの一人暮らしぶりも見てみたいし、近々お邪魔しに行くよ。」

 「男の一人暮らしなんか大して良いものじゃないさ。物も少ないし、必要最低限しか置いてないよ。」

 「まあ、そんなもんだろうね。俺も一人暮らしだけど似たようなもんだ。」

 「だろうな。じゃ、帰るよ。母さん、ご飯ごちそうさまー。また来るよー。」

 そう言って兄は外へ出て行った。

 俺と母親は兄を見送り、リビングに戻ってきた。そこには食器を洗っている父親の姿が目に入った。

 『ねぇ、母さん。』

 俺は小声で母を呼んだ。

 『なに?どうかした?』

 母も何かを察したのか小声で返してきた。

 『父さんどうしたの?なんか食器洗ってるけど。』

 『えぇ、最近はいつもあんな感じよ。だから、お母さんも助かるの。家事が少なくなって。』

 『…へぇー、そうなんだ。本当に変わったんだね。』

 『そうね。ありがたいことよ。』

 そういうと母は父のもとへ足を運んだ。

 「お父さん、ありがとう。もうこんな時間だし、そろそろ休んで。後は私がやっておくから。」

 「そうか、わかったよ。じゃ先に休むよ。章もゆっくりするといい。久しぶりに帰ってきたんだ。それじゃおやすみ。」

 父は母に声をかけたあと、俺にも声をかけてくれた。

 「ありがとう、父さん。おやすみなさい。」

 「あぁ、また明日な。」

 そう言うと父は自分の寝室へと向かった。

 そんな父の後ろ姿を俺はじっーと見つめていた。

 「お父さん、本当に変わったでしょ?」

 今度は母に声をかけられた。

 「そうだね、なんか安心したよ。なんとなく心配してたから。」

 「章って結構心配性よね。誰に似たんだか。」

 「誰にって父さんと母さんのどっちかでしょ?親子なんだから。」

 「まあ、そうね。」

 母はくすくす笑っている。

 「…なんかこのやりとり昼間もやらなかった?」

 「あ、そういえばそうね。」

 母は今だに笑っている。

 「さて、私もここ片付いたら休むから章も休みなさい。帰ってきたらばかりで疲れてるでしょ。」

 「うん、そうするよ。あ、そうだ。母さん。」

 「なに?」

 母を呼ぶと俺の方に振り返ってきた。その顔は昔とちっとも変わらない。

 「俺の部屋の掃除、ずっとしてくれてたんだね。何年も帰ってきてなかったのに、埃ひとつないから、驚いた。どうもありがとう。」

 「なーに言ってるのよ。当たり前じゃない、私とお父さんの大事な宝物なんだから。何年経っても子供は子供なのよ。ほら、部屋行って休みなさい。」

 「うん、そうするよ。母さん、おやすみ。」

 「うん、おやすみ。」

 俺はそう言って自分の部屋へと向かった。




 部屋に戻ってきた俺は、ベットに横になって携帯をいじっていた。

 今はニュースや明日の天気予報などをみていた。明日も寒いが天気はいいみたいだ。

 「あ、そうだ…。すっかり忘れていた。

 俺は電話帳から彩香の連絡先を検索した。彼女には着いたら連絡してと言われていたが、実家についてから何かとバタバタしてて、彼女に連絡するのを忘れていた。  

 「もう、遅いしメッセージだけ送っておこう。」

 俺は彼女にメッセージだけ送り、携帯を閉じて寝る体制をとった。

 ………………。

 ………………。

 「………。」

 俺は再び携帯を手にして、電話帳を開いた。そこには……『神崎 蛍』……と表示された。

 「………。」

 ………………。

 ………………。

 『メッセージを送信します』

 ………………。

 ………………。

 俺は携帯を元の場所に戻し、窓の隙間から見える空を見つめた。相変わらず綺麗な夜空が広がっている。

 「…本当に綺麗だな…。あいつの)みたいだ…。」

 ………………。

 ………………。

 俺はいつのまにか小さな寝息を立てていた…。

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