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〜第一章〜

 「ねえ、章?」

 「ん?なに?」

 目の前にいる女性に声をかけられ、俺は視線を向けた。

 そこには心配そうな顔で俺を見つめている恋人がいた。

 「大丈夫?あまり見たことない顔してたけど…。」

 「あぁ、ごめん。ちょっと昔のこと思い出してて…。」

 「昔のこと?」

 「うん…。」

 彼女は再び心配そうな顔をした。

 「…そうなんだ。なんかあったの?」

 「…いや、なんでもないよ。」

 「…そう?それならいいけど…。」

 「…で、なんの話ししてたんだっけ?」

 「うん…、近々、旅行に行こうっていう話。」

 「あ、そうそう。いつが都合いいんだっけ?」

 「うん、私は来週の…。」

 その話しをしている彼女の声は今の俺の耳には入ってこなかった…。

 俺の名前は谷形(やがた) (あきら)

数ヶ月後に誕生を迎え、31になる。

 「ねえってば。ちゃんと私の話聞いてる?」

 「あ、ごめん…。」

 「章がそんなんじゃ、話し進まないよ…。今日はもうこの話しやめよ。私、これから友達と出かけるから、行かなきゃいけないし…。」

 「本当にごめん…。」

 「もう…。…そろそろ時間だから私行くね、また連絡するから。」

 「うん、わかった…。あっ、送るよ!」

 「いや、いいよ。もうすぐ、友達が迎えにきてくれるから。それじゃ、またね。」

 そんな状態の俺にしびれを切らした彼女は俺の前から去っていった…。

 「…気を付けて…!」

 その声は目の前を去る彼女へ届いたかどうかはわからなかった…。

 「…俺、何やってるだろうな…。」

 そう呟くと俺は伝票を持って会計を済ませに行った。

 ………………。

 ………………。

 「うわっ…、眩しいな…。」

 会計を済ませ、お店を出ると強い日差しに目を細めた。さっきまでいた店内は思いのほか暗かったのか、目が眩んだ。

 「…今何時だ?」

 ふと時計に目をやり時刻を確認する…。   

 13時30分…。

 「昼を過ぎたところか…。特にやりたいこともないしな…。下手にショップとか行ったら無駄遣いしそうだし…。」

 いい大人が『お金』のことをぐちぐちというのもカッコ悪いと思うが、俺は昔からこういう性格だ。

 俺はとりあえず適当に歩きながらどうするか考え始めた。

 『ねぇ、あなた。今度はそこのお店寄っていいかしら?』

 『あぁ、いいよ。』

 「………。」

 その時、近くを歩いていた熟年夫婦が目に入った。二人とも60代くらいだろか?

 「…父さん達元気にしてるかな?」

 その夫婦を見て、俺はふと実家にいる家族のことを思い出した。

 …俺の家族は父、母、兄の4人家族で、父は会社員、母は専業主婦、そして兄は役所職員というごく一般的な家族だ。

 父は去年定年を迎え、今は夫婦水入らずの生活を送っている。

 そして兄のほうはというと、実家の近くで一人暮らしをしていて、未だに独り身の生活を送っているらしい。

 もう33というのになかなかそういう機会には恵まれないみたいだ。

 そこまで癖のある人ではないのになぜ結婚しないのだろう…。もしかしたら兄の中で結婚しない理由があるのかもしれないが…。

 「あっ、あれは…。」

 そんなことを考えながら歩いていると、目の前に見覚えのある公共施設の看板が現れた。

 その看板とは……


 『50メートル先 〇〇市立図書館』

 

 「…懐かしいなぁー。」

 それは市で管理してる図書館だった。

 そこは本を借りても、本を読んでも、一切お金はかからないし、本の種類がとても豊富な場所だ。

 「…昔、彼女とよく行ってたなー…。」

 この彼女とは決して今まで一緒にいた女性ではなく、今も地元で暮らしている大切な、大切な…俺の幼馴染だ…。

 「…そういえば、もう二年くらい会ってないな…。…よし、せっかくだし、行ってみよう。」

 俺はその建物を目指し歩き始めた。

 



 「…(平日なだけあって、あまり人はいないな。まあ、その方が周りを気にしなくて済むから楽だけど…。)」

 図書館に着くと中にはそこまで人の姿は見えなかった。

 平日のせいもあるのか利用している人はほとんどが、少しお歳を召した方ばかりだ。

 俺はとりあえず、館内を物色し始めた。まずは一階を回ってみよう。

 館内を歩き始め、最初に目に入ったのは娯楽や趣味のコーナーだ。そこには、最近の流行りや、人気の雑誌が並べてある。

 次に見つけたのは、幼児や小学生向けコーナー。絵本やなぞなぞの本が置いてあり、図書館には珍しく漫画本も置いてあった。そして、その近くには幼児用のキッズルームも完備されていた。ここの図書館は小さい子供でも利用できるようになっているみたいだ。

 「…(俺らが子供の頃なんてそんなのなかったのにな…。時代というのは日々変化していくものだな…。)」

 俺はそこをぐるっーっと一周し、今度は今いる場所とは反対側に向かった。

 反対側には時代の変化によるものか、鑑賞スペースが見えた。そこには、ブルーレイやDVDが並べてあり、それを見るためのパソコンが6台ほど設置されている。

 「…(今の図書館ってこんなんばっかりなのか?すごいな…。)」

 俺はそこを見ながら昔との違いに驚いた。こんなにも至れり尽くせりとは…。

 「…ここは、新刊コーナーか。」

 次に目に入ったのは、新刊コーナーだ。新刊コーナーには、色々な本が並べてあり、数人の人だかりができている。

 そして、その少し奥には本を借りるためのカウンターがあり、手続きをしてくれる職員さんが二人ほど座っていた。

 「…(一階はある程度見たかな?今度は二階に上がってみよう。)」

 一階をある程度見渡し終え、俺は二階に上がることにした。

 ………………。

 ………………。

 「…(二階には自習スペースがあるんだな。しかも、個室になってる…。)」

 二階へ上がると、最初に目に入ったのは自習室だった。それは全て個室になっていて一人用から四人用の部屋に別れていた。

 「…(すごっ…。全部個室って…。)」

 そんな様子を見ていると、ここは本当に市立図書館なのかと疑問が湧いてくる。

 「…あっ。(自習室の一部屋が使用されているみたいだ。)」

 自習室の前の通路を歩くと一番右の部屋が使用されていた。

 曇りガラスで中ははっきりと見えないが、二人の人影が見える。

 「…(学生かな?)」

 俺はその二つの影を勝手に学生だろう思い込んだ。

 「…よく、二人で勉強したり調べ物してたなー…。」

 その二つの影を見て、俺の脳裏には昔の記憶が蘇る…。

 それは、地元に住んでいる幼馴染の『蛍』との記憶だ。



 神崎(かんざき) (けい)。彼女とは小学時代からの付き合いで、もう、二十年くらいになる。

 ここ、二年ほど会えてないが月に数回は連絡を取り合っている。

 俺が就職してから数年間は地元に帰ったときに必ず会っていたのだが、二年前から蛍に会っていない。その理由は俺に恋人が出来きたからだ。

 恋人の名前は本村(もとむら) 彩花(あやか)。俺が今さっきまで一緒にいた女性だ。

 彩花は相当な寂しがり屋で俺が出かける時はいつも一緒に行動を共にする。

 俺が地元に戻る時でも彼女は仕事を休み、一緒にくるのだ。

 別に嫌ではないのだが、俺としてはもう少し自由な時間が欲しいとたまに思う。

 性格はそこまで我儘(わがまま)でもないし、なにかと気を遣ってくれる女性なのだがどうも、一人でいるのは苦手なようだ。ただ単に寂しがり屋なだけなのか、もしかするとまた違う理由があるのか…、俺にはわからない。

 付き合って二年くらいになるがそういうところはわからないものだ。

 そのこともあるため、地元に戻ってきた時は友達に会うのもそうそう簡単なことではない。

 さすがに、彼女を一人置いて友人に会いに行くことなんて出来ないし、ましてや幼馴染の女性に会ってくるなどと言ってしまえば、明らかに俺のことを疑いの目でみるだろう。蛍はただの幼馴染だ、そんな、関係になるわけない。

 蛍だって五年前に結婚をしてすでに既婚者だ、俺と蛍の関係は本当に普通の幼馴染だ。

 「…久しぶりに会いたいなー。」

 俺は小さく呟いた。

 二年経った蛍は今どうしているのだろうか?炊事洗濯・育児に仕事、大変な思いをしているのだろうか?

 彼女の笑顔は変わっていないだろうか。

 そんな思いが俺の中で次々と湧いてくる。

 「あ…、これ、すごく見覚えが…。」

 そんなことを思いながら歩いていると見覚えのある本が目に入った。

 それは…

 『星座と神話の世界』

 「…(この本懐かしいな…。確か小学生の時に自由研究で見た気がする。その時は蛍と一緒にやったんだよな。まだ、あったのか?もう、20年くらい前なのに…。)」

 俺はその本を手に取りパラパラとめくってみた。

 本の中は特に目立った汚れもなく綺麗なものだった。これが20年も前の本なのか?と疑いたくなる。

 この本がいつ発売されたのか気になった俺は最後のページを開いた。そこには『再版』と記載されていた。

 「まあ…、そうだよな。」

 当たり前だが、さすがに俺らが小学生の時に読んでいたものではなかった。その時は確か、発売したばかりだったはずだ。

 俺はその本を持って近くにあった椅子に腰掛けた。

 ………………。

 ………………。

 春の星座…。おとめ座…かに座…しし座…。

 夏の星座…。こと座…わし座…はくちょう座…さそり座…。

 秋の星座…。いて座…アンドロメダ座…ペガスス座…。

 冬の星座…。オリオン座…ふたご座…おうし座…。

 「…懐かしいな…。」

 本を読み進めていくと、昔の記憶がどんどん蘇ってくる。蛍と向かい合わせで座りそれぞれ好きな星座の神話を調べ、クラスのみんなの前で発表したことや、図書館が閉館するギリギリまで調べ物をし、帰りが遅くなって親に怒られたこと。

 俺の小さい頃は、今や持っていて当たり前の携帯電話やネットなんてなかったし、連絡を取るにも公衆電話くらいしかなかった。そのため財布の中にはいつもテレホンカードが入っていた。

 今の子供達はなんとも便利なことだ。

俺も今の時代に生まれていれば、また違った人生があったかもしれない。

 「…?(何で俺、今の時代にジェラシー感じてるんだ?別に今の人生に後悔してるわけじゃないのにな~。)」

 俺はそんなことを思いながら、その本を持って立ち上がりそのまま一階に降りていった。

 ………………。

 ………………。

 「あのー、すみません。」

 「はい、何でしょうか?」

 「この本借りたいんですが…。」

 「はい、かしこまりました。図書カードは持ってますか?」

 「あ、いえ…。ないです。」

 「そうですか、新しくお作りしますのでこちらの用紙の太枠内をご記入ください。すぐできますので。」

 「はい、わかりました。」

 ………………。

 ………………。

 「これでいいですか?」

 「はい、ありがとうございます。少しお待ちください。」

 ………………。

 ………………。

 「お待たせしました、こちらが図書カードになります。お名前のご記入をお願いします。」

 「はい、わかりました。………できました。」

 「ありがとうございます。借りられる日数は本日から2週間になりますので返却日は◯月◯日です。」

 「はい、わかりました。ありがとうございます。」

 「はい、またご利用ください。」

 俺は図書館を後にした。



 「…ただいまー。って誰もいないけどな。」

 俺は自宅へと帰ってきた。

 「そういえば、いまって何時だ?」

 なんとなく時間が気になった俺は時計に目をやる。

 「…えっ、もうそんな時間になってたのか…。」

 時計を見ると15時を指していた。俺は2時間近く図書館にいたらしい…。

 「…あっという間だったな。そんなに経っていたとは…。そんな感じしなかったけど…。これから何しよう?」

 この時間だと何をするにも中途半端になりそうだ。外に出かけるにも、家のことをするにもなんとも微妙である。

 「…とりあえず、さっきの本読もうかな…。」

 俺は本を片手にソファーに腰を下ろした。

 「さて…続きを読むか、それとも、今の時期に観れる星座の神話にしようか…。……よし、せっかくだしこれにしよう。」

 俺は少し考え、今時期観れる星座の神話を読むことにした。

 今は10月の半ば。季節的には秋だ。秋の星座で有名な話が、『古代エチオピア王家の神話』らしい。

 ケフェウス座、カシオペヤ座、アンドロメダ座、ペルセウス座、ペガスス座、これらがその神話に関係している星座だそうだ。

 俺はその神話を読み始めた。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 「…へぇ~、そう言う話だったのか。」

 その話を読み終え、俺は一休みすることにした。

 『古代エチオピア王家の神話』

 この話は、アンドロメダ姫の母親であるカシオペヤの言動から生まれた。母であるカシオペヤは娘のアンドロメダをとても可愛がり自慢をしていた。そんなある日、カシオペヤは『私の娘は海の精霊達よりも美しい』と口を滑らせてしまい、それを聞いた海の精霊達は怒りを覚え、その後世界に天災が訪れるようになった。

 それを止めるため、娘の父・ケフェウス国王は神にどうすればこの天災は収まるのかと、問いた。すると、その神は『娘のアンドロメダ姫を海の神の生贄(いけにえ)にしろ』というお告げをケフェウスに伝えた。

 ケフェウスは天災を止めるため、泣く泣く姫を生贄にすることにしその天災が収まることを願った。

 最終的にアンドロメダ姫は生贄になることはなく、ある一人の男が馬に乗ってやってきて姫を助け、その後男と姫は結婚し、その男がケフェウスの後にエチオピア国王になる。と言う話だ。※諸説あり

 その男の名はペルセウス、そして馬がペガススと言われたそうだ。

 

 

 「…なるほど、そう言う話だったんだな。」

 その話を読み終えると、俺の頭の中に幼馴染の顔が浮かんだ。その顔は彼女らしい笑顔だった。

 「…本当、昔が懐かしいな。余計、蛍に会いたくなったなー。会ってこの話をしたい。彼女もきっと懐かしいと言って笑顔で聞いてくれるだろう…。」

 蛍に会いたい、会って色々な話がしたい。思い出話から、今の話まで…。

 「…どうにか蛍に会えないかな…。少し考えてみるか。」

 俺は蛍に会う方法を考えることにした。

 もちろん俺一人で地元に帰る、と言うのが最優先事項だ。彩花にはどう言えば納得してくれるだろうか…。

 こうして俺の1日は終わった…。




 翌日の夕方、俺は職場で報告書を作成していた。

 俺の仕事は市民を守る警察官だ。今は◯◯支部・生活安全課に所属している。

 今作成している報告書は2日前に解決したある町内会からの通報で、夜中にたむろしている未成年の少年少女を保護したという報告書だ。

 いつになっても彼らのような少年少女は減らないものだなとつくづく思う。

 昔に比べ明らかに住みやすい世の中になっているはずなのにそう言った話は耐えることがない。むしろ、毎年のように増えている気がする。きっと、彼らなりに何かと思ことがあるのだろう…。

 「おい、谷形。」

 「あ、栂瀬(とがせ)なに?」

 俺が書類を作成していると、一人の男性が声をかけてきた。

 彼は俺の同期の栂瀬(とがせ) (よう)

 「さっき課長が呼んでたぞ。なんかお前に話があるみたい。」

 「そっか、わかった。ありがとう、報告書出したら行ってくる。」

 俺は栂瀬にお礼をいい、急ぎで報告書を作成することにした。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 「よし、できた。課長のところにいこう。」

 俺は報告書を完成させ、急いで課長のところへ向かった。

 「…(なんか課長忙しそうだな…。)」

 俺が課長のところへ向かっていると、課長は書類と睨めあいをしているのが見えた。

 その顔は眉間(みけん)(しわ)が寄っている。一体どうしたというのだろう…。

 「…課長、お疲れ様です。とても難しい顔してますけど何かあったんですか?」

 俺は遠慮がちに課長へ尋ねた。

 「あっ…、谷形。まあ、そうだな…。今、ある事件の資料を見てるんだが、内容が酷くてな。被害者は若い女性で色々とあったみたいで…。」

 課長は俺の声に反応して、こちらに視線を向けてきた。

 「そうですか…。」

 俺は他の言葉が見つからない。

 「…俺たちがなんとかしないといけないのにな…。」

 「…そうですね。」

 俺と課長は苦虫を噛んだような顔をした。

 「…あ、そういえば俺になにか用事でもあったのか?」

 「あ、そうでした。さっき栂瀬から課長が私のことを呼んでたって聞いたのですが…。」

 「あー。そうだった、すっかり忘れてた。そうそう、実はお前に伝言でがあって。」

 「伝言?誰からですか?」

 「うん、総務課からなんだけど…。」

 「総務?」

 「あぁ、お前の有給休暇が結構残ってて、来年の3月までに使わないとなくなる分があるらしい。10日くらいって言ってたかな?」

 「えっ!?そんなにですか…?」

 俺はその話を聞いて驚いた。まさか、そんなにあったとは…。

 「らしいぞ。お前、今まであまり有給使ってなかったからな、俺も驚いたよ。なにかと忙しいし、人手も足りないから仕方ないけどな…。」

 課長は再び難しい顔をした。こればっかりは誰もどうすることもできない問題だ。

 「ですね…。どうしましょうかね?飛び飛びで使いますか?それともまとめ使った方がいいですかね?」

 「そうだなー…、人手が足りないのは事実だしなー…。困ったな…。」

 課長は少し、考える素振りをした。

 「…(まさか、10日もあったとはな。俺的になくなってもいいけど、そなると監査が入った時に面倒なことになるからなー…。)」

 「…よし、谷形。」

 「はい、なんでしょう?」

 「…その有給、まとめて取ってもらってもいいか?こっちの都合で申し訳ないんだが…。」

 「そうですか、わかりました。私はどちらでも構いませんので、まとめて取りますね。」

 「あぁ、それで頼むよ。いつ取るかはお前に任せるから決まったら教えてくれ。俺から総務に伝えてくるから。」

 「はい、わかりました。それじゃ、自分のデスクに戻ります。」

 「あぁ、よろしく。」

 そう言って俺は課長の前から離れ、自分のデスクに戻ることにした。

 「おう、おかえり。課長なんだったんだ?」

 「あ、栂瀬。」

 自分のデスクに戻ると再び栂瀬から声をかけられた。

 「うん、総務からの伝言で3月いっぱいでなくなる有給があるから早めに使って欲しいって言う話だった。」

 「へぇー、そうなんだ。どれだけあったの?」

 「10日だって。」

 「えっ、10日!うわぁ!」

 『ガタンッ』

 「おい、大丈夫か!」

 栂瀬は俺のその言葉に驚いてイスから落ちてしまった。

 「イテテテテッ…。あぁ、平気…。そんなにあったのか…。」

 「あぁ、そうみたい。俺も驚いた…。」

 彼は自分の腰を擦りながらノロノロとイスに座り直している。

 「それどうするの?いっぺんに使うのか?」

 「うん、そうなると思う。課長もその方が都合いいって言ってたし。」

 「そうか、まあ仕方ないよな。10日も休んだら、俺、仕事したくなくなるだろうなー。」

 「かもな、俺もそうなりそう。でも、仕方ない。」

 「だな。で、いつ頃取る予定なの?」

 「そうだなー、まだ全然考えてないから家帰ってから考えるかな。」

 「そっか、したら、決まったら俺にも教えて。」

 「えっ?なんでお前にも教えないと行けないんだ?」

 「そりゃー、餞別(せんべつ)頼むからに決まってるだろう。それだけ休みになるなら、お前は家でじっとなんてしてないだろう?」

 彼はニヤニヤと笑いながらその言葉を言ってきた。

 「確かに…。俺の性格上、大人しくしてるのは無理だな。」

 俺も彼に釣られ軽く笑った。

 「だろ?だから、行く先々で俺への土産よろしくな。お前が休みの間、俺は仕事三昧(しごとざんまい)だろうし。」

 「それも間違いないな。申し訳ない…。」

 「お前が謝ることないぞ。悪いのはこの環境だ。もう少し改善されたら他の奴らも働きやすい場所になるんじゃないか。そうしたら、もっとたくさんの警察官が増えるとだろうしな。」

 彼はしみじみと言ってきた。

 彼のその言葉は間違いないだろう。ほんの少し変わるだけでも、新しい何かは生まれる。俺だってそう思っている。

 「やーめた、こんな話してたら気分悪くなるし、気晴らしに一腹してこない?」

 栂瀬は今の空気を変えるためか、背伸びをした。 

 「一腹って俺、タバコ吸わないぞ。」

 「少しくらいいいじゃん、谷形ちょっと耳貸して…。」

 「耳?なんだよ…。」

 俺は彼にそう言われ、彼の近くに寄った。

 『一腹するのに、俺のとっておきの場所あるんだ。そこ行こうぜ。』

 『…とっておきの場所?』

 『あぁ、いいもん見せてやる。』

 『はぁ?』

 『いいから、付き合え。今ならちょうど見頃だ。』

 『ったく、わかったよ…。』

 「ちょっと一腹してきまーす。」

 栂瀬は周りの人に聞こえるような声で言い、俺を連れて行った。

 そして俺は彼のなすがまま連れていかれてしまった。

 



 「ただいま~…、まあ誰もいないけどな。」

 俺は自宅へと帰ってきた。

 今の時刻、18:30。

 「…綺麗な夕陽だったな。」

 俺の頭の中には数時間前、栂瀬が見せてくれた夕陽が離れなかった。

 彼のとっておきの場所、それは署内の屋上の西側の一角だった。

 その場所から見えた景色は太陽が沈みかけているところだった。それはとても眩しくて目で見るのも大変なはずなのに、それでも見入ってしまうほどの夕陽だった。

 『綺麗だろう?俺のとっておきの場所だ。』

 彼はその景色を見ながらタバコに火をつけた。その表情はなぜか物寂しそうな思いが現れていた。

 「…あいつも過去に何かあったのかもな…。夕陽を見ていた栂瀬の顔、あのときの蛍と同じ顔してた…。」

 俺は彼の様子を思い出し、同時に蛍のことを思い出した。

 それは二人の顔が重なって見えた瞬間だった…。

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