実技試験開始
試験時間は2時間と定められていた。
それまでに合格の鍵を取ってこなければならない。
「言った通り最前列は僕が行くよ。防御が専門なんでね」
「うん。だったら私がその次、リングイム君は最後尾をお願い」
「ああ」
フォーメーションが決まったところで、僕は慎重に扉を開けた。
何らかのトラップが仕掛けられているかとも考えたけどそんなことはなく、扉はごくあっさりと開いた。
エントランスホールは小さく、正面と左右に扉がついている。
見取り図によれば右の扉を行くのが最短距離になるのだが――。
「待て、何か臭わないか?」
ドアノブに手をかけた僕をタオが止めた。
「匂い? あ! これはケダルガ草の匂い!」
ラッセルとの実験で嗅いだことのある。
「扉の向こうから臭ってくるぞ」
僕とタオは扉から離れ口元を袖で覆った。
「ケダルガって精神安定剤に使う薬草よね?」
臭いには気づいていなかったけど、さすがは特待生候補だ。
アネットも名前だけは知っていた。
「でもそれだけじゃない。ケダルガはトラップなんかにも使われるんだよ。高濃度のケダルガ抽出液を嗅ぐと脱力状態になってしまうんだ」
気づかずドアを開けていたら、かなりの体力を削がれてしまっただろう。
「まずいぞ、ドアの隙間から煙が!」
「任せろ!」
僕は土魔法を駆使して扉を石壁で覆った。
だが、すでに若干のガスがエントランスホールにも漏れてしまっている。
少しだけ体が重い、これがケダルガの効果か。
タオはローブの下から薬瓶を取り出した。
「飲め、中和剤だ。万能薬というわけにはいかないが多少の効果はある」
普段からこんなものを持ち歩いているんだな。
ローブの下には他にも薬瓶や筒状の何かがいくつも見えた。
やはり薬品を駆使して戦うのが得意なのだろう。
錬金術師になりたいというのは伊達じゃないようだ。
「急いで先に進みましょう。考えている時間はないわ」
ケダルガのガスは少しずつだが漏れ続けている。
この場にとどまれば、遠からず動けなることは必至だ。
「わかった。とりあえずこっちの扉を開けるよ」
僕は無造作に右側の扉を開ける。
すると今度は天井から振り子のように大鎌が襲ってくるではないか。
だけど、僕は余裕を持って対処した。
この程度のトラップなら脅威にはならない。
ガンッ!
空中に突如として現れた大楯が鎌を弾き返していた。
「な、なんなの!?」
「トラップだったみたいだ」
「そうじゃなくて、貴方の出した盾よ!」
アネットは盾の方に驚いているみたいだ。
「これは僕の特殊技能でオートシールドっていうんだ。絶対領域に入る攻撃を自動的に防いでくれる技だよ」
赤地に金の縁取りで装飾された盾には傷ひとつついていない。
うん、今日も絶好調だ。
オートシールドは『塔の主人』の能力に覚醒すると同時に発現した。
おそらくはジョブスキルと呼ばれる固有スキルなのだろう。
僕の盾は物理的な防御の他にも、表面に相克する魔法を展開して攻撃魔法の威力を相殺してしまうという特性も持っている。
けっこう無敵な盾なんだよね。
ラッセルの極大魔法を防いだこともあるくらいすごいのだ。
あの時はさすがのラッセルも落ち込んでいたよなあ。
「オートシールド? そんなものを使える人は初めて見たわ……」
「僕も自分以外の人が使っているのは見たことがないね」
「まさか、貴方は『盾の主人』なの?」
「そうではないよ」
僕はあくまでも『塔の主人タワーマスター』だ。
「それより、この部屋には何もない。残るは正面の扉だけだ」
「ええ、先を急ぎましょう」
僕らはエントランスホールへ引き返し、残りの扉を開いた。
「ふー、何も起こらなかったな」
タオが大きなため息をつく。
「まだ油断しない方がいい。少し時間を取られてしまったから先を急ごう」
扉の向こうは長い通路になっている。
地図によればここをまっすぐ進み、入り組んだ回廊をぐるっと回らなければならない。
「走りましょう。時間が惜しいわ」
「わかった、ついてきてくれ」
僕が最前線を走り、アネットとタオがそれに続く。
さらに後ろの天井付近では、僕らの行動の逐一を眼が見張っていた。
あれ? そういえばさっきから僕はアネットたちと普通にしゃべっているな。
課題をこなすうちになんとなく喋れるようになっている!
これは、いい傾向なんじゃないか?
こうやって誰かと一緒に何かをするって、案外楽しいものなのかもしれない。
たまたま相手に恵まれていたのかな?
アネットもタオもいい人っぽいし……。
とにかく今は実技試験を頑張るとしよう。