SS-03 サラの手料理
「どう……ですか? ルアン様」
サラがテーブルの向こう側を不安げに見つめる。ほのかに揺れる湯気の先にいるのはもちろんルアン。今まさに木のスプーンで料理を口に入れようとするルアンを、サラは上目遣いで見つつゴクリと生唾を飲み込んだ。
今日、サラは自分だけで作った手料理を初めてルアンに食べさせたのだった。少し前にエルドリカ家で料理を作ったときにはセリアと一緒だった。その時は味付けに関してはセリアが仕切り、サラはもっぱら肉を切ったり野菜の下ごしらえを担当していたのだ。だから自分だけで作った手料理をルアンに食べさせるのは初めてで、サラは緊張の面持ちでルアンの口元を見つめている。
そんなサラの緊張が伝わったのか、いつもならにこやかに食事を始めるルアンの表情が少しこわばる。テーブルを挟んだ向かいに見えるのは、上目遣いのサラの鳶色の瞳。いつもなら可愛いと思えるサラの顔が、なんだか今日は少し怪しい。
――緊張するなあ。
そんなことを思いながら、ルアンは木のスプーンを口に運んだ。
深皿に入っている料理は鶏肉と野菜のスープ。
昼間、取引先の親父さんが『いい鶏肉が手に入ったから』と、ルアンに鶏肉をお裾分けをしてくれたのだった。それを宿屋に持ち帰ると、サラはサラで宿屋の女主人から洗濯のお礼にと野菜を貰っていたのだ。
結果、鶏肉と野菜のスープをサラが作ると言い出して現在に至る。という訳だった。
――ホント、緊張するんだけど。
ルアンが引きつった笑みの裏でそんなことを思いながら、いよいよ料理を口に入れる。スプーンには鶏肉の切れ端とジャガイモ。熱々とまではいかないまでも、美味しそうな湯気が立っていた。
「……ん?」
スープを口に含んだ刹那のこと、ルアンの動きが一瞬だけ止まった。
――う、薄い……のか?
決して不味くはない。不味くはないのだけれど、鶏肉の味とジャガイモの味に対してスープ自体に塩味が効いていないようにルアンには感じられた。
「えっと、どうですか? 美味しい……ですか?」
モグモグと口を動かすルアンに向かって、食いつき気味にサラが身を乗り出す。
口に入れた鶏肉とジャガイモを飲み込んだルアンは、再び多少引きつった笑顔を見せた。
「お、美味しいよ。鶏肉もジャガイモもよく煮込まれてて」
「よかった!! 私がアデリーで使ってた調味料がなくて、味付けしてるうちによく分からなくなって――」
と言いながらサラが笑顔でスープをすくった。そしてそのままスープを口に運んだその時、サラの動きが止まる。
――あれ? もしかして薄い?
どうして、とサラは思う。
具材を鍋に入れて灰汁を取り、鶏肉と野菜の出汁を確認したあとで塩加減を調整したはず。確かに濃くなりすぎないように少しずつ足してはいったけれど、味見を繰り返すうちに舌がおかしくなったのだろうか。
「えっと……」
口に含んだスープを飲み干したサラが戸惑いながら前を向くと、ルアンは美味しそうに笑顔で鶏肉を頬張っている。
――おかしいな、ルアン様は薄味が好きなのかな。でもセリアさんの味付けとか、結構濃かったのに……。
サラはそんな疑問を覚えつつも、二口めのスープを飲んでやはり塩味が薄いと感じてしまう。
そんなサラの目に映ったのは塩の入ったガラスの小瓶。テーブルの上に置いてあるそれは、ランプの炎に照らされてオレンジ色の光を小さく反射している。
赤みがかった髪を少々傾けてサラは考えた。自分はこの塩を使っていいものだろうかと。
その塩の小瓶から視線を戻したサラの目と、口をモグモグと動かしているルアンの目が合う。
――いま、サラ……、塩の小瓶を見てたよな。
ルアンは表情を変えずに密かに思った。
――目の前のルアン様が美味しそうに食べてるのに、味付けをした自分が塩を振るのはおかしくないかな。
サラも微妙な笑顔でスプーンを動かす。
「えっと、サラ」
「……はい?」
「ああ、……鶏肉、美味いな」
「ええ……、鶏肉、美味しいですね」
お互いに微妙な笑顔でそんな言葉を交わし、夕食は進んでいく。
――サラ、いつまで経ってもあの塩を振らないってことは、この味がサラの味付けなんだろうな。
――ルアン様は、意外に薄味が好きなのかな。この味付けでよかったのかも。
◇ ◇ ◇
結局それから数回の間、サラは敢えて手料理を薄味に仕上げ、二人はお互いに『味が薄い』と言い出せずに微妙な食事を続けたのだった。
< サラの手料理 おわり >




