SS-02 洗濯
「フン、フン、フン♪」
ルアンと旅をするサラは軽く鼻歌を歌いながら洗濯をしていた。
湿度の低い大陸中央部と違って、いま旅をしている南方はどうしても衣服の洗濯回数が多くなる。今日は朝からルアンが商売に出かけているので、そのあいだサラは宿屋に残って溜まった洗濯をしているのだ。
宿屋の女主人からタライと洗濯板を借り、ルアンの服と自分の服をまとめて洗う。アデリーでは溜めた雨水で用心深く節水しながら洗濯していたのに、今のサラは目の前の用水路の水をジャブジャブと使っている。
「ああ! こんなに綺麗な水が使い放題なんて不思議!」
サラは少し汗ばんだ額を拭いながら背伸びをする。
見上げる空はアデリーに比べると幾分白っぽく、遠くの山々は霞がかかったように半透明に透けていた。
「ねえお嬢ちゃん、悪いんだけどさあ……」
気持ちよさそうに洗濯を続けるサラに、背後から声がかかった。宿屋の女主人である。
「ああ、女将さん。すいません、道具を貸してもらって」
振り返ったサラがペコリと頭を下げると、女主人は手をひらひらとさせながら、気にするなといった仕草をする。
「いいのよ、よくあることだから。それよりお嬢ちゃん、アタシ今から買い物に行かなくちゃいけないんだけど、この野菜をあげるからウチの分の洗濯もお願いできないかしら?」
「え? 洗濯……ですか?」
見ると、女主人の手元にはジャガイモやタマネギ、それから葉物の野菜が入ったバスケットが置かれている。つまりはこの野菜を貰える代わりに、宿の洗濯物をして欲しいということだろうと、サラにはすぐ理解ができた。
「そうなのよ! 洗濯してくれたらこの野菜全部あげるから、ウチの洗濯もできない?」
「はあ……、べつに洗濯するのはいいですけど……」
チラリとバスケットを見ながらサラが返事をする。
サラは洗濯をすることが特に嫌ではなかった。それにここはアデリーと違って水が豊富だ。ジャブジャブときれいな水を使い放題に使って洗濯をするのは、妙な爽快感さえ覚える。だから――
「えっと、でも、洗濯するだけでそんなにたくさんの野菜を頂くのは申し訳ないです」
と、サラは女主人に言った。ところが――
「なに言ってんのよお嬢ちゃん! タダで洗濯してもらうなんて、それこそコッチが申し訳ないよ! とにかくこれで嬢ちゃんの旦那に手料理でも作ってあげなよ」
「だ、旦那なんかじゃ……。ま、まだ……」
サラは慌てて反論をしようと口をパクパクさせたけれど、まだ夫になっていないルアンの説明をうまくできずに最後には口ごもってしまう。そんなサラのことなどお構いなしに、女主人は籐製のバスケットをドスンと置いた。
「じゃあお嬢ちゃんごめんね。このジャガイモは煮込んでも崩れないし、こっちのタマネギはいい味が出るから、これで旦那に美味しい料理を作ってあげてね」
「で、ですから、まだ……旦那なんか……じゃ」
真っ赤に染まったサラの顔など気にもせず、女主人は洗濯物を取りに建物の方へと踵を返す。
その後ろ姿を見ながらサラは、そういえば自分だけの手料理をルアンに食べさせたことなどなかったことを思い出していたのだった。
< 洗濯 おわり >




