SS-01 雨宿り
「ルアン様、今日も雨ですね」
窓から外を覗き見あげて、サラが困ったような声を漏らす。その鳶色の目に映っているのは、雨を降らしている厚い雲。
「しょうがないよ。雨がいつ上がるかなんて天の神様しか知りようもないし」
ルアンは宿の小さな机に向かって帳簿をつけながら、サラに生返事をする。
「でももうここに足止めされて三日ですよ。こんなに雨って続くものなのですか?」
クルリと窓に背を向けて、サラがルアンに近づいてくる。その足音を聞いたルアンは、帳簿から視線を上げてサラの方を見た。
「そうだな、アデリーだったら珍しいだろうなあ。あそこは空気も乾燥してるし、雨だって一月に何回も降ったりはしなかっただろう?」
そんなルアンの言葉にサラはコクリと頷く。
「ええ。ですから雨水を瓶に溜めたりして、その水を洗濯したり身体を流したりするのに使ってました。でもこの辺じゃあそんなことなくて、水は目の前を流れてるし……。綺麗な水って結構貴重だと思ってたのに」
そう言って少し不満げに口を尖らすサラを、吹き出しそうになりながらルアンは見上げる。
「土地によって気候も生活もいろいろさ。こっちはこっちで気温も湿度も高いから、一日に一回は水浴びをしないと汗だらけになっちゃう。アデリーで汗を掻いたのは、そうだな――」
と、言いながらルアンが思い出したのは、アデリーの街で空き宿を探して歩き回って汗を掻いたことと、そしてそのあとにサラと一緒になってもっと汗を掻くようなことをしたことだった。
あの日の出会いと、二人の初めての行為を思い出したルアンが微妙な表情で黙ってしまったのを、サラが小首を傾げて覗き込む。
「アデリーで汗を掻いたのは、って、ルアン様?」
綺麗な鳶色の目をパチパチさせながら、サラは机の横にしゃがんだ。相変わらず赤みがかった髪は軽くうなじを隠す程度で、袖無しの服からは白くて綺麗な二の腕が伸びている。
ルアンはその白い肌をチラリと見たあと、軽く視線を外す。
「ああ……、うん。まあ、あの部屋はアデリーにしては結構ジメジメとしてたしな。北向きだったし、窓も小さかったし……、そもそも狭かったし……」
最後はブツブツと口ごもってしまったルアンの顔は赤く染まっていて、額にはそれこそ汗がにじみ出そうになっている。
サラは最初ルアンの言っている言葉の意味がまったくわからず、キョトンとした目でルアンの赤くなった顔を見るしかなかった。しかし数瞬の後、『アデリーの部屋』、『北向き』、『ジメジメ』、『汗を掻く』といった単語がサラの頭の中で繋がっていく。
そして最後にその単語とルアンの顔が赤くなった理由が頭の中で繋がった瞬間、サラの顔色も彼女の髪と同じくらいかそれ以上に赤く染まっていく。
「……えっと、サラ……」
「……はい、ルアン様……」
「汗、……掻いただろ?」
「そう……、でしたね」
「そういや……昨日も、掻いたっけ?」
「ええ、……昨日も、掻きましたね」
「……」
「……」
窓の外から静かに聞こえるのは雨の音。
狭い部屋のなか、お互いに真っ赤な顔になって明後日の方向を見ている二人の額には、なぜか一筋の汗が流れていた。
< 雨宿り 終わり >




