第63話 家族
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夜も更け、結果として随分と盛り上がった宴会も終わりを告げる。酔ったマリクが「この二人と同じ宿に泊まる」と言い出したのをベルムが止め、店の前で別れることになった。
「おいルアン、じゃあな。今度はちゃんとした商売で会おうぜ」
「まあね、俺はちゃんとした商売してるけど、マリクさん、アンタの方が心配さ」
「ふんっ、言うじゃねえか。それから嬢ちゃん……、あんときゃ悪かったな」
「え?」
何のことか分からないサラが聞き返すと、マリクは赤ら顔を少し横に向けてポツリと言った。
「ほら、あれさ。傷物って言っちまって悪かったな。嬢ちゃんは傷物なんかじゃねえさ、この馬鹿にはもったいねえや。おい馬鹿、嬢ちゃんを泣かすなよ」
「誰が馬鹿だ!」
最後にマリクはひげ面をニヤリとゆがませ、「またな」と言ってベルムに介添えされて夜の街へと消えていった。
「行っちゃいましたね、ルアン様」
「ああ」
何だかんだと言いながら、二人を見送ったルアンの顔が寂しそうだとサラには見える。
「結局、最初にルアン様が言ってたように、あの人はそんなに悪い人じゃなかったですね」
「え? うん。根は良いヤツだったんじゃないかな。それよりサラ、今夜サラには言っておかなきゃいけないことがあったんだ。俺の家族のことで」
「ルアン様の、家族のこと?」
その瞬間、サラは思い出したのだった。エルドリカ家に泊まった時に『いつかサラちゃんにならルアンは家族のことも全部話すと思うから』と、セリアに言われていたことを。
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その夜、確かにルアンはサラに自らのことを話した。しかしそれはサラが想像していた宿に帰ってすぐのことではなく、セレスティアで離ればなれにされる前から数えて何日ぶりかにルアンに抱かれたあとだった。
相変わらずルアンは優しく、サラはその人肌に酔いしれて心を満たされた。公太子宮で籠の鳥になっていた時のこと、ルアンに会いたくて泣いたことを思い出したサラは、思わずルアンの胸に顔を押しつける。
ルアンの胸から伝わる鼓動を感じたサラは、本当に生きて再会できたことに祈りを捧げた。
「サラ、どうしたの?」
サラの異変を感じたルアンが聞く。その赤みがかった短めの髪を梳くように撫でながら。
「うん、私、泣いたんです。セレスティアで離ればなれになった時に、もう一度だけでいいからルアン様に会いたいって、泣いてお祈りしたんです」
安心したようにその華奢な身体を預けるサラを、ルアンはゆっくりと抱きしめる。
「ごめんな、サラ」
「いいえ、ルアン様が謝るようなことはありませんけど」
「いや、俺はサラに謝らなきゃいけない。サラを守るって言っていながら、アデリーからこっち、何回サラを危険な目に遭わせたか……。それにサラが泣くほど俺に会いたがっていたっていうのに、俺は……」
ルアンは腕の中にサラを抱いたまま、あの舞踏会の夜の出来事をサラに語った。会場で貴族の若者にサラが囲まれていた時に感じた引け目と、逃げ出したくなった気持ち。そして大公家の庇護の元で不自由なく暮らしたほうがサラのため、などと自分を偽って心に蓋をしたこと。最後には、そんな惨めな自分に気づいて泣いて、それを見抜かれたマリクに笑われたこと。そんなことを全部ルアンはサラに話した。
「結局マリクに嘲笑されてさ、俺は気づいたんだ。サラのことを失いたくないし、サラを誰かに任せて幸せになることを祈るなんて、ホントに負け犬みたいだなって。だから、サラを守って、サラを取り戻そうと思ったのに、また同じ夜のうちにやっちゃった」
「やっちゃった、って、何をです?」
腕の中から上目遣いに見上げるサラの目を見て、ルアンは自虐気味にため息を吐き出す。
「公太子の過去の悪行をマリクから聞いてさ、感情的になって公太子のところに行っちゃった」
「あ、それ。伯爵様と話した時にも聞かれたんです。『彼がなぜ公太子に向かって行ったか理由を知っているか』って」
「うん、俺も取り調べで聞かれた。でも、公太子の悪行をマリクに聞いたから、としか言えなかった。自分でも分かってる、本当はもっと根深いんだ」
と、そこまで言ってルアンは身体を起こし、「喉、乾いてない?」とサラに聞く。サラは軽く頷いてルアンから身を離し、「私、お水を取ってきます」と、生まれたままの姿でベッドを抜け出した。
「俺の父親も、毒殺された」
それは不意の告白だった。グラスに水を汲もうとしていたサラが思わずベッドの方を振り返る。
「え、それってどういう……」
グラスを持ったまま固まってしまったサラの元へ、ルアンがゆっくりと歩み寄った。
「俺の父親は、身内に殺されたんだ。殺した相手の察しもついてる。ただ、証拠はない。俺が十八の時だから、もう六年前か。本当に、身内同士の諍いなんて、やりきれない」
「それで、ルアン様は……」
「そう。身内で争って、腹違いとはえ弟を毒殺なんてして。その結果、サラがあんな風な辛い目に遭ってさ。マリクだって、ベルムさんだって、全然前向きじゃない人生を送らされて。本当ならサラのお母さんだって、もっと幸せになれたんじゃないかって考えたら、もう公太子を襲ってた。馬鹿だよな、俺って。本当にマリクに言われた通りだ」
サラからグラスを受け取り、その中に波々とついだ水をルアンは一気に飲み干した。そんなルアンの胸にサラはゆっくりと頬を埋める。
「いいえ、ルアン様は馬鹿なんかじゃありません。最初、出会った時に信じた通りに、優しくて、人の悲しみや苦しみを自分のことのように感じて、自分の気持ちにウソがつけない。私が心から好きになった人です。でも、この世には偶然とか、因縁ってあるんですね」
上を向いてニコリと笑ったサラに、なぜかルアンは気まずい表情を浮かべた。
「因縁。そう因縁だよ、本当に。サラと出会ってからのことは、因縁だらけなんだ。実は……俺の母さんは、この大陸の生まれなんだ。だから俺の血の半分はこの大陸の血が流れてる」
「え、そうなんですか!?」
サラは自分が裸であることも忘れたように、両手を口にあてて目を丸くした。
「俺の父さんが大陸に商売に来たときに母さんと出会ったらしい。俺も、物心がつくまではそんなことを気にしたこともなかった。ただ、自分の肌の色は周りよりもちょっと違うな、って思ってたけど。純粋なシェルムの人と俺とじゃ、見た目が微妙に違うんだ」
「全然、そんなこと思いませんでした」
サラの子供のような驚いた顔に、思わずルアンの頬も緩む。
「で、ここからが因縁の話なんだけど――」
ここからルアンが話した事実に、サラは先ほど以上に驚いた。いや、驚いた以上にルアンとの奇妙な縁を感じたのだった。
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「そうですか……、お母様も、私と同じように夜の街で身体を……。そして、ルアン様のお父様と出会って」
「そう、だから俺は君を、サラをシェルムに連れて帰ることを躊躇したっていうか、先延ばししたっていうか。まあ、言葉の問題とか、サラが決めることだとかいって、逃げてたのさ、結局。でも――」
とそこまで口にしたルアンはグラスをテーブルに置き、黙ったままサラの白い身体を抱きかかえてベッドへと運んだ。そして、横たえたサラの鳶色の瞳をまっすぐに見下ろし、意を決したように口を開く。
「サラ、俺と一緒にシェルムへ来てくれ。サラのことは俺が守る。いや、守るって言っていながら、あんなことになった直後に言っても信用ないかもしれないけど……。とにかくサラを失いかけて気がついた、俺は本当にサラのことが好きなんだって、本当にずっと側にいて欲しい女性なんだって、気がついたんだ、サラ」
呼吸が乱れるほど一気に喋ったルアンが、「嫌……か?」と震える声で尋ねると、サラは静かに首を横に振る。
「ルアン様と一緒にいるのが嫌だったら、セレスティアに残っていますよ。私はルアン様と一緒にいられるのなら、どこへでも行きます。それに――」
「それに?」
「それにまだ私、金貨三十枚をお返しできてませんし」
そう言っていたずらっぽく笑ったサラにつられて、ルアンも笑いだしてしまった。そして二人はもつれ合うようにベッドに転がり、ゆっくりと唇を重ねたのだった。




