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第62話 祭りのあと

◇  ◇  ◇


「おい姐ちゃん! もう一杯酒をくれ。出来りゃあ喉にグッとくる濃いヤツを持って来てくれ。ん? なんだルアン、そんな目で見るなよ。アデリーの時と違って、今夜は奢ってくれなんて言ってねえだろ。割り勘だからいいじゃねえか」


 そう言って何杯目かの蜂蜜酒の炭酸水割りを飲み干していくマリクを、ルアンは恨めしそうな目で見ている。


「ご主人様、ルアン殿とサラ殿が久しぶりに一緒に過ごす夜ですぞ。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら、と、どこかの地方では申しますに」


 酒を飲まないベルムがボソリと呟くと、それを聞いたサラは顔を真っ赤に染めた。


「へえ、ベルムさん。こっちでもそれ言うの?」


「おやおや、これはシェルムの方のことわざでしたか」


「いや、シェルムのことわざじゃないと思うけど、大陸じゃ聞かないからさあ。結構博学なんだねベルムさんは、気も利くし。あのトキナーで出会った老夫婦にどうやって話を仕込んだのか聞いてみたいよ」


「ああ、あの人選はちょっと苦労しましたよ。まずそこそこ本当に歴史を知っている老夫婦を見つけ出すのに苦労しまして――」


 意外と気の合った二人が話し込むのをマリクの大声が遮断する。


「ゴチャゴチャ細けえぞお前ら! 人の恋路だ? そんなもんこの先いつだってこの二人は思う存分イチャイチャできるんだぞ! それに引き換え俺様もお前もこれから嫁探しだ。こっちはもう人生半分終わっちまってるんだよ、クソが、あのマルセルムの野郎をギャフンと言わせるのに十八年も掛かってよう!」


「ご主人様、お声が大きい。いくらセレスティアを出たからといって、隣街ですぞ」


「いいじゃねえか。なあルアン、それから嬢ちゃん」


 半分酔ったマリクにそう絡まれ、ルアンとサラは苦笑をするしかなかった。


 ◇  ◇  ◇


 ここはセレスティアの隣の港街。サラが生まれて初めて海を見て、そして生まれて初めてカニを食べた場所だった。本来なら今夜は二人でカニをたらふく食べて、そのまま久しぶりに二人きりの夜を過ごすはずだった。


 ところが招かざる客が二人、酒場の同じテーブルに同席している。それはルアンとサラをまるで追いかけるようにしてセレスティアを後にした、マリクとベルムの二人だった。


 あの襲撃事件から今日で五日が経過していた。事件を起こす前にマリクが言っていたように、いまセレスティア国内は大騒ぎになっている。その原因は国民から評判の悪かった公太子が突然廃され蟄居謹慎の処分となり、代わってマヌスール伯爵が後嗣として選ばれたとの発表があったからだった。


 この政変ともいえる異変の全容は国民には詳細が知らされておらず、ただ『公太子が後嗣たる資格を喪失したため』との、公式発表がなされただけであった。


 これに対してセレスティア国内は大騒ぎにはなったものの、国民の大半は嘆き悲しむことなく逆に快哉を叫ぶ者さえいたほどで、公太子夫妻の不人気振りが改めて確認されたのだった。


 発表から数日経った国内には、公太子配流の原因についていくつかの流言飛語が飛び交っていた。中には『十八年前のソフィリアス殿下の死亡に係わっていた』というほぼ真実をとらえたものもあった。


 とはいえ公太子本人は、あのゼノス大公が暗闇から出てきた後からも十八年前の事件については頑として認めず、結局真相を認めたのは共犯であった公太子妃エメイラであった。「私が認めることによって、実家の子爵家には咎が及ばぬと約束して頂けるなら」と、十八年前の事件についても語り、その恩赦として実家の子爵家預かりという緩い処分となったのである。


 ◇  ◇  ◇


「しかしなあ、ルアン」


 三杯目か四杯目の酒が届いたマリクは、美味そうにジョッキを傾けてからルアンに話しかける。


「なんです? マリクさん」


 ジロリ、とマリクのひげ面についている泡を見てルアンがため息をついた。


「いやあルアン、お前、仮にも一国の公太子の喉元に刃を突き立てて、そんなもの普通ならコレだぞ、コレ」


 そういってマリクが手で首を切られる仕草を見せると、サラはカニを手に持ったまま思わず首を縮めた。そんな仕草を見せられたルアンはというと、不愉快そうにグラスの酒を飲んでプイと横を向く。


「まあまあご主人様。そのお陰で話は一気に進みましたし、ルアン様もマヌスール伯爵の取りなしで大罪には及ばずとのこととなりましたし……。もうよろしいではありませんか」


 本来であれば公太子を拘束し、その喉元に刃を向けるなどとは公国に向かっての反逆に等しい行為であった。しかしベルムが言うように、あの暴発ともとれる行為によって話が一気に進んだことも事実であり、国家に対する反逆行為という罪は減刑され、セレスティアからの国外追放という事実上無罪ともとれる処分がルアンには下されたのだった。


「一応俺はセレスティアでは罪人ですよ。一年間の再入国は禁止ですし……」


 ブスッとするルアンに向かって「そんなもんお前痛くも痒くもねえだろう、馬鹿が」と、マリクが騒ぐ。


「でも、私は心配しました。伯爵様は『大丈夫だ』と笑っていたのですが、ルアン様は牢獄に入れられたままでしたし」


 カニを手に持ったまま食べるタイミングを逃したサラが、ルアンの方を気にしながら言う。


「おうおう、そうだよなあ嬢ちゃん。そりゃあ心配しただろうさ。ルアン! お前、嬢ちゃんがどれだけ心配して泣いたのか分かってるのか!」


 ガラスのジョッキをドンと机に載せて責めるマリクに対して、ルアンはさらに横を向いた。


「まあまあご主人様、そのことはもう伯爵様が――」


 再びとりなすようにベルムが間に入るのを、マリクが遮って大声を出す。


「そうだ、その伯爵様よ!!」


「ひいっ」


 大声にビックリしたサラは食べようとしたカニを、ポロリと小皿に落としてしまう。


「あの伯爵の野郎、俺様にも黙ってあの現場に大公様を連れ出して来やがってた! なんだアイツは、敵を騙すにはまず味方から、ってか!! クソみてえなことしやがって」


 今日の午前中、セレスティアを出るまでは『マヌスール様、マヌスール様』と主人に仕える下僕のような態度をとっていたマリクであったが、セレスティアを出て酒が入った途端にこの態度である。


「まあまあご主人様。ご主人様もあの後『さすがマヌスール様でございます。深謀遠慮はこのマリクの及ぶところではなく』と神妙に仰っておられた――」


「うるさいうるさい! 俺様は敵を出し抜くのは好きだが、味方に出し抜かれるのは大っ嫌いなんだ! 結局アイツは端っからあの場で公太子の化けの皮を剥がすつもりだったんだ! そのことも全部俺様に黙って!」


「まあまあご主人様。お声が大きい」


 ベルムにたしなめられるマリクを見て、サラは思わずクスリと笑ってしまった。そんなサラの笑顔が目に入ったルアンは、ようやく機嫌を直して酒を飲む。


「で、嬢ちゃん。いや、世が世ならサラ殿か。お前本当にこの男についてきて良かったのか? 伯爵の話じゃあ、大公様にはずいぶんと気に入られていたらしいじゃねえか。あの腐った公太子もいなくなったことだし、その気になりゃあ貴族のお妃様になって、なに不自由ない生活もできたんだぜ? それを舞踏会で尻尾をまいてメソメソ泣くようなこんな男に……」


「うあああああーーーー、マリク! いやマリクさん、酒! 酒いっときましょう。ここからの酒は俺の奢りです! お姐さん、醸造酒じゃなくて、蒸留酒のキツいやつあるかなあ!」


 態度を豹変させたルアンに小首を傾げ、キョトンとした目で見たあとでサラがマリクに問いかける。


「舞踏会……ですか? どうしてルアン様が舞踏会で泣いて……」


「うあああああーーーー、サラ! カニ! カニだぞサラ! ほら、セレスティアを出るときに『今日はお腹いっぱいカニを食べたい』と言ってたじゃないか!! 今日を逃したらまたしばらく内陸だからこんな大きなカニを食べられるのはずっと先になるぞ!! 俺のカニもやるから、ほら食べろよ」


 必死に取り繕うルアンをゲラゲラとマリクは笑い、訳が分からないサラはますます不審な顔をした。


「まあまあサラ殿、男にはどうしても譲れないものがあるのですよ。若い頃からマリク様にもあったのです。当然ルアン様にもありますよ」


「そう! そうだよベルムさん! いやあやっぱりベルムさんは違うなあ、カニ食べましょう、カニ!」


 結局、舞踏会の話題はルアンの涙ぐましい努力で流れ、話はゼノス大公とサラのことになった。


「――で、嬢ちゃん。大公様はいつ帰ってきてもいいし、時々顔を見せてくれって言ってたんだって」


「ええ、それから、お父さん……、えっとソフィリアス殿下が渡しそびれた養育費だといって、たくさん銀貨も持たせてくれて。それから、これも――」


 そう言ってサラが視線を落としたのは自分の右手。その薬指には銀の指輪が嵌められている。


「セレスティア公爵家の紋章入りの指輪、か。おいルアン、お前本当に責任重大だな」


「分かってますよ」


「お前本当に分かってんのか? メソメソ泣くんじゃねえぞ」


「泣かねえよ!!」


「ホントか?」


「泣くわけねえだろ!!」


 真剣な表情で泣かないと言い張るルアンを見て、サラは思わず吹き出しそうになってしまったのだった。

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