第60話 証拠
「いかにも勘違いですな。このマヌスール、サラ殿を保護は致しましたが、人質にはしておりませぬぞ。公太子殿下の貴重な御身とこのサラ殿がなにゆえ等価に扱われるか……、その辺の事情をぜひとも知りたいものですな。さきほどの毒殺とやらも含めて」
マヌスールは意味ありげにニヤリと笑い、ルアンに身を拘束されたままのマルセルムを眺めた。
「なっ、なに? 保護しただけだと?」
てっきりサラを自陣の手中に収めたと思い、解放との取引材料に使おうとしていたマルセルムの策があっけなくも壊れる。
「左様、保護しただけですな。サラ殿はソフィリアス殿下の遺児かもしれませぬぞ、そうなれば庶子とはいえゼノス大公殿下の御孫。公太子殿下といえども無断で賊との取引材料には出来ますまい。それに――」
と、マヌスールは空いた方の手をまっすぐに伸ばし、ルアンに向かって指をさす。
「その男が……、なにゆえサラ殿と公太子殿下を等価で扱うと思われたのか? 失礼ながら公太子殿下の御首が欲しいのならば、その男はもう本懐を果たしておりましょう。殿下は、サラ殿の身を人質にとればその男がご自身を解放すると信じておられるようですが、まるでそれではその男の目的がサラ殿の身の安全だったと、最初から知っておられたようなものだとは思いませぬか?」
言い終わって再びニヤリと笑うマヌスールを見て、公太子の怒りは爆発する。
「なにい、ぐうう、黙れ黙れ! この男はその小娘の連れじゃ。どこで手に入れたか分からぬ兄の指輪を持って、セレスティア大公家を強請りに来たのじゃ! 小娘はこの男の一味ぞ、早くその身を捕らえて人質にしろ!」
公太子の咆吼に呼応してエメイラも叫ぶ。
「そうじゃ、殿下の言う通りじゃ! なにをしておるお前ら、ぼうっとせずに早う伯爵から小娘を取り上げよ!」
「し、しかし妃殿下様……」
エメイラに指をさされて命令を受けた警備兵ではあったものの、サラを保護したと言い張る相手は公国の伯爵である。この国三番目の貴族といってもいい相手に向かって、おいそれと剣を向けられるはずもない。
「ほほう、このサラ殿が男の連れで一味とな。サラ殿が連れだって我が国を訪れたなどとは、大公殿下にも言上しておられませんでしたなあ。なにゆえ隠されておったのです? なにか隠すようなことでも?」
警備兵をひと睨みして牽制したマヌスールが、余裕綽々といった様子で公太子の言葉尻をとらえる。
「うるさい! 儂はセレスティアの公太子ぞ! 儂がセレスティアの安寧を願って公国にとりつこうとする害虫を払ってなにが悪い! 隠すも隠さぬも、儂が取り調べてこの男は怪しいと判断したのじゃ。その娘とて本当にソフィリアスの娘かどうか分かったものではないわ!」
脅されているのも忘れるほど真っ赤になって、マルセルムは叫んだ。
「なるほど、確かに殿下が仰ることにも一理ある。しかしながら殿下、どうにも不可解なことがあるのですが、害虫と殿下が呼ぶその男がなぜソフィリアス殿下が毒殺されたなどと十八年も前の話をしたのか……。そしてそう言って殿下を問い詰めながら、なぜ殿下のお命よりもサラ殿の安全を優先するのか……。これはもう複雑怪奇を通り越して、その男を捕らえて調べる必要がありますなあ」
「捕らえる……」
マヌスールの捕らえて調べるという言葉に反応したサラが、ピクリと身体を動かす。
「おう伯爵、やっとわかったか、捕らえるなら早う捕らえよ。儂が直々に取り調べてやるわ! 十八年前に儂が毒殺をしたなどと無礼極まりないことをいいおって。この世の生き地獄を味あわせて、お前の化けの皮を剥いでやる!」
斜め上から締め上げられた首を捻り、いまにも唾を吐きそうな勢いで公太子がルアンを睨みつける。
「やめて!!」
サラはマヌスール伯爵から離れてルアンの元に向かおうと身体をジタバタと捻った。がしかし、伯爵は片手をがっちりとサラの胴に回して離さない。
「いやっ、離して」
「ご安心なされいサラ殿。公太子殿下があの者の取り調べなど出来る筋合いもありません」
「え?」
「なんじゃと伯爵、どういう意味じゃ!」
「……え」
マヌスールの言葉にサラもマルセルムも同時に驚き、事の成り行きを慎重に伺っていたルアンさえも思わず声を漏らす。マヌスールはその一瞬の反応すら可笑しいようにハハハと笑い、再び公太子に視線を合わせた。
「当然でしょうマルセルム殿下。告発した者を告発された者が取り調べて何になります。我が国にも司直の制度がございます。公爵家の忘れ形見を認める認めぬという話ならば別ですが、毒殺の告発となれば当局に調べさせるのが筋でございましょう。それも現職の公太子を殺めた話とあれば……」
ここに至ってようやくルアンは感づいた。この伯爵は自分たちの敵か味方かは判断がつかないものの、少なくとも公太子の敵ではあると。
そう思ったルアンがマヌスール伯爵の目をジッと見つめると、視線を合わせた伯爵が今夜何度目かのニヤリとした笑いを見せる。
「なにを言うかっ、司直じゃと? 当局じゃと? おいマヌスール! この男の戯れ言に乗って儂を愚弄し、あまつさえ確たる証拠もなくこのセレスティア公太子を脅した男の肩を持つと言うか!? もう許さん、あとで覚えておれよ!」
「証拠? 証拠ですか。まあ色々とこの度のことには証拠はございますよ、殿下」
「なん、だと?」
慇懃無礼ともいえる態度をとるマヌスールにマルセルムは不気味なものを感じ、思わず声が小さくなった。
「少なくとも今夜のこの騒ぎ、公太子殿下が裏で手を引いてサラ殿を襲撃する予定であったこととか……」
「なっ……」
目を見開いたマルセルムは、魔物を見るような表情で伯爵を凝視する。
「なっ、なっ、なにを証拠に! 襲われたのは儂ではないか!」
「サラ殿を襲撃せよと殿下が命じた証拠はここにいますよ。おい、そろそろ出てきたらどうじゃ。証拠が欲しいと仰っておられる」
そうマヌスールが首を捻って闇の中に声を掛けた。
すると、木の陰になっていた部分から人の影らしきものが、スッと薄赤い月の光の中に動き出したのだった。




