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第59話 襲撃

 その襲撃は、計画を知っている者も、知らない者も、さらには計画の裏側を知っている者さえも予期せぬ形で始まってしまった。


 計画を知っている者とは、もちろん公太子マルセルムとその妃殿下であるエメイラのこと。彼ら二人は故ソフィリアス殿下の遺児であるサラが襲われると知っていた。


 計画の裏側を知っている者とはラグゼルことマリク、そしてマヌスール伯爵、他にはマリクの相棒ともいえる小男のベルム。彼らはサラを襲撃するとみせかけて、実はその襲撃の背後にマルセルムの意図があったことを白日の下にさらすことを目的としていた。なにしろゼノス大公の孫と思われる娘を襲撃したとなれば、それが後嗣である公太子だとしても不興を買わない訳にはいかない。つまりは公太子を追い落としたいマヌスール伯爵と、公太子に復讐がしたいマリクの双方の理が重なった計画だった。


 その意味ではマリクに裏切られた時点で既にマルセルムは詰んでいた訳ではあっても、完全に権力を失う結果になるかといえばそうとも思われなかった。なぜならサラがソフィリアスの遺児であるかどうかは誰も証明ができなかったから。マルセルムの言い分として『兄の指輪を奪い、あまつさえ娘と名乗る不届き者を成敗した』といえば、無理矢理とはいえ話は通せる。だからマリクとマヌスールはサラ襲撃事件を契機として、十八年前の事件を蒸し返し、なにゆえ遺児かもしれぬサラを亡き者にしようとしたかを問い詰める算段だった。


 数刻前マリクがルアンに言った『明日からセレスティアはちょっとした騒ぎになる。お前らがセレスティア領内にいたんじゃ話がややこしいんだよ』と、言う意味はこれだった。


――しかし


 一人の青年の激発によって状況は一変する。青年とはもちろんルアンのこと。本当ならばルアンは混乱に乗してサラを奪い、そのままその場を脱出する手はずになっていた。ところが……。


 △


「おい、ルアン?」


 異変にまず気づいたのはマリク。襲撃地点までまだもう少しあるというのに、ルアンが茂みの中から走り出したのだ。


「まて! お前なにやって!」


 慌てて連れ戻そうとしたマリクの声も聞かず、夜の疾風のごとくルアンが駆け出す。


 対する公太子を先頭とする一団は月夜に迫る人影に気づくと、「何やつ!」と警備兵が誰何した。当然ルアンからは返答などあるはずもなく、剣を鞘から抜いたルアンは気合いを発するとともに警備兵と剣を交え始めた。


 最初、公太子夫妻は襲撃地点が多少ズレていたことに戸惑ったものの、これは予定通りの計画であると認識をする。そしてもう一人の計画当事者であるマヌスール伯爵も、公太子と同じように計画が始まったと認識をした。


 つまりは計画通りであれば襲撃相手はサラであり、襲われる相手はマルセルムでもなければ伯爵でもない。マルセルムはこのままサラを亡き者にするか、それともマヌスールに疑われぬように計画を裏切って襲撃者を撃退するかを考えればよかったし、マヌスール伯爵はサラが襲われた裏に公太子あり、の証拠を残せばよかった。


 ところが実際には襲ってきたのはルアンただ一人。このあと本当に襲撃するべきだった雇われ襲撃者は、まだ回廊の先に隠れていたのである。


「くせ者じゃ、出合え出合え!」


 どうやら公太子はマヌスールがここにいる手前、襲撃者を撃退することを選んだ。自分を守っていた警備兵の尻を蹴り、討ち取ってこいと前線にたたき出す。どうせ自分が襲われることがないと慢心した行動だった。


 その公太子の行動が裏目に出る。激発したルアンの向かった相手は、救出するべきサラではなく公太子マルセルムだったのだ。


 ルアンと四人の警備兵との間には剣技に差がありすぎた。向かってくる警備兵を次々となぎ倒し、ルアンはサラではなく公太子へと突進した。


「マルセルム! お前かっ!」


 薄明るいランプに照らされた公太子の顔を確認すると、ルアンは声を発して剣を振り上げる。


「ひ、ひいっ。な、なんじゃお前は!」


「ルアン様!!」


 まさか襲われると思ってもいないマルセルムが悲鳴を上げるのと、月夜に現れた人物がルアンであるとサラが気づいたのはほぼ同時だった。


「まさか、お前はあの異国人!」


 マルセルムの知る計画ではこの異国の青年は生きてこの場に来るはずもなかった。この襲撃計画の容疑者として死体にでもなって見つかるはずだった。それがなぜ自分を襲ってくるのか。


 混乱したマルセルムが思わず両手で頭を抱えたところを、ルアンは思い切り蹴り飛ばした。


「うげっ」


 豪華な夜会衣装を身に纏ったマルセルムが、その衣装に相応しくないうめき声をあげて回廊に転がっていく。


「殿下……」


 慌てて近寄ろうとしたエメイラの服を掴んだルアンは、彼女をドンと突いて芝生の方へと押し出し、続いて公太子の首筋を後ろからその腕で締め上げた。片手に持った長剣の刃を彼の喉元にきらめかせて――。


 △


 ようやく追いついたマリクが庭園の木陰から見たのは、自分が予想もしなかった襲撃現場だった。ルアンは公太子の首を締め上げて刃で脅しているし、周囲の公太子妃やサラ、そして裏の計画を知っているはずのマヌスール伯爵でさえ、呆然と立ち尽くしている。


 ルアンに蹴散らされた警備兵も致命傷は受けていない様子で、手には剣を持って囲んではいるものの、公太子を人質に取られて手出しが出来ない。


「お、おまえ……、こんなことをして、……タダで済むと思うなよ」


 人質にされた公太子がそう凄む。けれどルアンの腕は緩まない。


「ルアン様……なぜ」


 サラは自分の目の前で公太子を締め上げている男が、まさかルアンだとは信じられなかった。自分を助けに来てくれたのならばまだ百歩譲って理解もできる、しかしなぜ公太子をルアンが襲う必要があったのか。


 それはサラでも、さっきまで一緒にいたマリクでも疑問は同じだった。なぜ激発したルアンが公太子を標的にしたのか。


 この場にルアンが激発した理由を知るものなどいるはずもなく、場所を大陸全体に広げたとしてもたった二人、兄弟同然に育ったエルドリカ家のスピルスかセリアだけが気づいたことだっただろう。


 ルアンが激発した理由。それはルアンの人生にも多大な影響を及ぼした、ある事件のせいであった。


「おまえ! 身内を毒殺したな! よくもソフィリアス殿下を毒殺なんて!」


「なにっ」


 思いも掛けない言葉を吐かれ、マルセルムの目が揺らぐ。


「このクズがっ、腹違いとはいえ兄弟だろうが! よりにもよって毒で暗殺するなんて」


 感情の高ぶりにルアンの手が震え、公太子の喉元の刃も揺れる。


「な、なにを証拠に。そんな昔のことを――」


「うるさい! お前のせいで人生が狂った人がどれだけいると思ってるんだ。身内だろう! 血が繋がってたんだろう! お前のせいで! お前のせいでっ!」


 片手で公太子を締め上げ、激発しているルアンであっても、最後の冷静さだけは残してはいた。それはマルセルムを殺すまでしてはいけない、という理性だった。


 その気配を察したマルセルムはキョロキョロと視線を動かし、逆転の一手を探る。そして彼は見つける、この忌々しい異国人の弱点を。


「お、おい、お前ら。その小娘を捕らえよ! 人質にとれ!」


 マルセルムの目にとまったのはサラ。そのサラさえ人質にとれば形勢は逆転だ。


「そうじゃ、なにをしておる! 早う小娘を捕らえよ」


 公太子の意図をくみ取ったエメイラも続けて警備兵に叫び、一拍を置いて警備兵はサラの元に殺到した、が。


「ひ、ひいっ」


 サラの華奢な身体の後ろからスッと手を回し、囲うようにしてその身の自由を奪ったのはマヌスール伯爵だった。


「失礼、サラ殿」


 そう言って伯爵はサラを見下ろしてニヤリと笑う。


「で、でかしたぞマヌスール伯! おい、異国の商人! 儂を離さねばあの小娘の命はないと思え!」


 勝ち誇ったマルセルムはそう言い放ち、忌々しそうに頭上の黒い瞳を睨む。


「くっ、サラ」


「ルアン様……」


 またしてもルアンは悔やんだ。サラのことを決して忘れていた訳ではない、それどころかサラを助けるためにここに来たのに。ただ、公太子マルセルムに対しての怒りが目的を見失わせ、サラを守ると言っておきながら、またしてもルアンはサラを危険な目に遭わせてしまったのだ。


「くそう……」


 自分の未熟さを嘆き、ルアンが締め上げた公太子の首を緩めようとした時だった。


「いやあ、マルセルム殿下。なにか勘違いをされてはいませんか?」


 この緊迫した場面で、そう呑気な声を放ったのはマヌスール。目を細めて何やら愉快そうな雰囲気さえ漂わせる。


「勘違い、じゃと」


 太った身体を締め上げられ、赤く充血し始めた目で公太子が睨む。


「いかにも勘違いですな。このマヌスール、サラ殿を保護は致しましたが、人質にはしておりませぬぞ。公太子殿下の貴重な御身とこのサラ殿がなにゆえ等価に扱われるか……、その辺の事情をぜひとも知りたいものですな。さきほどの十八年前の毒殺とやらも含めて」


 マヌスール伯爵のこの言葉で、再び形勢は逆転したのだった。

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