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第57話 計画は進む

「その……、お前の復讐になんで俺たちが……」


 呪縛を逃れるようにマリクの目から視線を外したルアンが、ようやく枯れそうな声を絞り出した。復讐というからにはセレスティアに恨みがあるに違いない、いったいそれが自分たちに何の関係があるのか。そんなことを想像するルアンの切っ先が宙に揺れる。


「だから言っただろう、全部話すには時間がねえんだ。この復讐は俺の問題だ。だがまあ……、あの嬢ちゃんには関係があるかな。ああそうだ、おいルアン。お前あの嬢ちゃんを諦めたのか? 舞踏会の会場で見せてもらったが、あの顔はなかったぜ。嬢ちゃんが貴族様のものになるんだったら自分には敵わない、なんて思ったのか? それともあれか、アデリーからここまでたっぷりと楽しませてもらったから、もう女は堪能しましたって……、おい、冗談だって!」


「うおおぉぉ!」


 声を出しながらルアンが剣を振り上げ、マリクに向かっていく。距離は大人の歩みにして五歩か六歩ほど、普段の冷静なルアンならば大きく振り上げて切りつけることはせずに、相手が躱しにくい打突を加えたかもしれない。ところがサラと自分のことを揶揄され、その半分が自分でも引け目に感じていた部分を言い当てられたために、ルアンの斬撃は無駄な動きが多く隙のあるものとなっていた。


 ガキン! と金属の交わる音がして、閃光にもにた火花が散った。マリクがルアンの斬撃を目の前でとらえ、自らの刃で防いだのである。


「おい、なんのつもりだ」


「うるさい! お前に俺の何がわかる!? 俺の心の何がわかる!?」


 ルアンは怒りに任せてマリクを剣で押した。ところが相手はなかなか相対したことのない自分よりも長身の男だ。逆に押し返されそうになるほどの圧力を受ける。


「ああ、わからねえなあ、負け犬の根性なんてわかりたくもねえ」


「なにをっ!」


 ルアンは一旦身を引き、勢いをつけてから次々に斬撃を加えた。怒りのあまりに動きが大きくなっているとはいえ、並みの相手なら連続で振り下ろされる斬撃に耐えられなかったであろう。ところがマリクはその斬撃をことごとく受けきってしまったのである。


 一度呼吸を整えるためにルアンはマリクから距離をとり、その切っ先を前に向けたまま肩で息をする。そして自分でも怒りに身を任せすぎたと、少し冷静になった時だった。


「やっぱり良い腕をしてるな、ルアン。でもな、怒りで我を失っちゃあ、命取りだぜ」


 余裕綽々とばかりにマリクがニヤリと笑う。


「くそっ」


 その余裕が憎らしいと思いつつも、ルアンが見るに完全に防御の態勢をとった冷静なマリクには隙がない。


「とにかく話を聞けルアン。お前は貴族どもがあの娘を幸せにすると思ってるのか? どうせお前は『自分の元にいるよりも、貴族様の庇護にあるほうがあの娘がしあわせに』なんて思ってるんだろう? 甘めえなあ」


「なんだと、それのどこが間違ってる。俺がどれほど悩んだと思ってる!」


「悩んだかどうだか知らねえが、甘いって言ってるんだ。世間は、いや宮廷ってところはもっとドロドロとしてるぜ、お前の想像以上にな。まず今夜だ、今夜あの嬢ちゃんの命の保証がどこにあると思う?」


「今夜……、サラの命の保証だと!?」


「そうだ、こうやってお前と剣で戯れ合ってる最中にも俺様の計画は進んでいる」


「マリクッ、お前、サラを! サラの命を!」


 再び剣の束を握り直したルアンとの距離を、ひょいと飛び下がってマリクはとった。


「だから熱くなりすぎるのは命取りだって言ってるだろ。なあルアン、お前そんなに我を忘れるほどあの嬢ちゃんに惚れてるなら、なんで逃げた。奪えば良かったじゃねえか」


「それができたら――」


「苦労はしない、か。だがな、今からだって出来るだろ。俺様の復讐はもうほとんど完成だ。あの嬢ちゃんが死んでも死ななくても完成だ。ついでにルアン、お前の死体があってもなくてももういい。確実に嬢ちゃんの命を助けたいならこれが最後だ、ルアン、俺の話を聞いたら悪いようにはしねえ。ほらこのとおりだ、信用しろ」


 そう言うとマリクは大剣を一度振り払い、カチンと音を出して鞘に収めた。もうこれ以上の戦いは無用とばかりに。


「マリク、お前、俺やサラを助けてどうする。情けでもかけているつもりか。何が望みだ?」


 マリクの話に冷静さを取り戻したルアンも、剣を振り同じように鞘へと収める。


「そうだなあ、特にどうすることもねえ。お前らに望むこともねえな」


 鼻の穴でもほじりそうな態度でマリクは言う。


「じゃあなぜ?」


「そりゃあお前、アデリーでタダ酒とタダ飯を奢ってもらったお礼じゃねえか。いいか、イルタシア商人は義理と人情で生きてるんだ、知らねえのか」


 軽く片目でも瞑りそうな様子のマリクに、ルアンの戦意と敵意は完全に喪失したのだった。


 △


「ちょっと待った! じゃあ俺はサラを奪おうとして宮殿に侵入して、サラもろとも殺される役目だったのか!?」


「そうさ、もしくは明日の朝、あの嬢ちゃんと並んだ死体が街外れにあがって、心中したっていう筋書きもあったな」


「くそっ、このあごひげ陰険野郎! よくも俺たちの大事な命をネタに!」


「おいおいルアン、アデリーでは『マリクさん』て、敬語で接してくれたじゃねえか」


「黙れ!」


 ルアンとマリクの二人は剣を交え合った場所から引き返し、薄赤い月光の下をマリクの先導で裏道を宮殿へと走っていた。時間としては舞踏会がもうそろそろ終わりそうな頃合いである。サラがルアンに攫われるという計画では、舞踏会が終わり公太子宮へと向かう宮殿内の裏道で事件は起こるはずだった。そんな計画の一部をマリクはルアンに明かし、今から起こるであろうことを走りながら説明する。


「――で、いいかルアン。あの嬢ちゃんが襲われそうになったらお前が助けろ。俺は別の用事がある」


「ああ、端っからそのつもりだ。誰がお前なんかに……」


「なんだ、今度は威勢がいいじゃねえか。さっきまで泣いてたくせに」


「うるさい!!」


 痛いところを突かれたルアンはマリクの方をひと睨みしてから、目の前に迫った生け垣を跳び越える。


「それからルアン、俺と俺の仲間がそこで一騒動を起こす。その中身はお前らの知ったことじゃない、関係のない話だ。その混乱の間にお前は嬢ちゃんを連れて逃げろ」


「わかってるさ」


「いいか、今夜のうちにセレスティアから逃げるんだ」


「そこまで遠くに?」


 ちょうど乗り越えるべき塀の前まできたルアンが立ち止まってマリクを見上げ、そんな疑問を口にした。ルアンにしてみれば宮殿から抜け出して、シモン・ガルボの邸宅あたりまで逃げるつもりでいたのだ。


「あたりまえだ、明日からセレスティアはちょっとした騒ぎになる。お前らがセレスティア領内にいたんじゃ話がややこしいんだよ。それに今夜シモン・ガルボの家なんかに逃げ込んでみろ、あっちこそ大迷惑だ」


「そうか、わかった」


「よし、肩を貸すから先に塀を昇れ」


 二人は元から息の合っていた相棒のようにお互いの身体を利用して塀を乗り越え、大公宮の裏道へと続く庭園を再び駆け始めたのだった。


<第九章――舞踏会の夜に―― 終わり>

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