第54話 舞踏会 その1
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ルアンは舞踏会への道すがら、馬車から見えるセレスティアの夕暮れを眺めていた。結局舞踏会には投宿で世話になっているシモン・ガルボと二人連れということになり、馬車で宮殿へと向かうことになったのだ。
サラとは違ってルアンは、舞踏会だの夜会だのという社交的な場に幾度か参加をしたことはあった。しかし今回の旅ではそんな機会が訪れるとは思いもしていなかったため、借り物の正装に自前の剣という妙な出で立ちとなっていた。本当であれば衣装に合わせた儀仗も借りればよかったのであるが、急なことで儀仗はもう貸し出されたあとだった。
「ルアンさん、その剣ではおそらく衛兵預かりとなりますよ。本物で物騒ですから」
「ええ……、でしょうね。全然服とも合っていませんし」
馬車に乗り込む際にシモンから声を掛けられたルアンはそう言ってため息をつき、会場で帯剣もせず間抜けな姿を晒している自分を想像したのだった。
「ウチにもあったんですけどね予備の儀仗。どこへ無くしてしまったものやら」
「いえシモンさん、お気になさらずに。どうせ会場で女性と踊るなんてしませんし、サラの様子をそれとなく探るだけですから」
ルアンの言ったことはウソではなく本当のことだった。今回の目的は宮廷でのサラの噂を探ることで、セレスティアの貴族や社交界と知り合いになるような舞踏会本来の目的など有りはしなかったのだ。
――ところが。
『どうやらサラさんも舞踏会に出るような話がでていますよ』
そんな話を貴族筋からシモンが仕入れて来たのが昨日のこと。それから一日、ルアンの頭の中はサラが本当に舞踏会に現れるのかどうかで一杯になり、食欲すら湧かないほどであった。
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やがて馬車は宮殿の門に近づき、そこで二人は馬車を降りる。これより奥に馬車で入れるのは爵位を持った貴族のみで、下位貴族や平民は徒歩で宮殿へと向かうのが習わしであった。
「シモン・ガルボ様のお連れの方、その腰のもの本物ですね。さすがにそれを舞踏会には……」
招待状の照合をしていた衛兵が首を傾げながら二人にそう告げる。ルアンはシモンに苦笑いを見せ、「申し訳ない、儀仗がなかったもので」と、衛兵に言い訳をした。
「こちらで預からせて頂きます。よろしいですね」
「ええもちろんです。それでは帰りに」
腰に差した剣を衛兵に渡したルアンは、その身が急に軽くなった気がした。おまけに自分が身につけている衣装は借り物で、なんとなく落ち着きもしない。そんなルアンは夕暮れの宮廷を歩く周囲の男性がどれも立派な人物に見えて、気後れにも似た感情を抱いていた。
舞踏会の会場へと続く道は馬車道と舗道が生け垣で区別はされていた。先ほどからルアン達の隣を数台の馬車が駆け抜けて行ったのが、どれも爵位をもつ貴族であるらしい。追い抜いた馬車の紋章を見て、物知り顔でどこそこの子爵だの何だのと近くの青年が話している。シモンが懇意にしているキルヌー氏は爵位持ちの貴族だ。ルアンがそのキルヌー子爵も馬車で来るのかと尋ねたところ、あの人は気が早いからもう来ているはずだと、シモンは笑った。
「中に入ったら、まずそのキルヌー子爵を紹介しますよ。年齢は三十歳でしたか、まあ陽気で憎めない方ですよ。噂好きですが、ハハハ」
「よろしくお願いします。ただ、妙な格好をした異国人だと思われるでしょうけど」
そう肩をすくめて返事をしたルアンではあったけれど、心の中はキルヌー子爵よりも誰よりも、サラのことが一番の気がかりだった。
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舞踏会の会場はルアンが想像していたものよりも大きく、楽に二百人以上は収容でき、そのうえで五十組のペアが踊れるほどの広さがあった。アーチ状になった窓からは外のテラスに出ることが出来るし、螺旋階段を上った二階からは会場すべてが見渡せるような張り出しのスペースが広がっていた。
既にシャンデリアには火が灯され、楽団は歓迎の楽曲を奏でている。一番奥に見えている一段高いところには主賓か地位の高い人を迎えるのだろうか、などとルアンが背伸びをしていた時だった。「ルアンさん!」と背後からシモン・ガルボの声が聞こえてくる。振り向くとそこにいたのは声の主であるシモンと、三十歳くらいの背が高く、そしてブロンズの髪を見事にセットした青年貴族と思われる人物が立っていた。ルアンには当然この人物がキルヌー子爵だろうと分かったため、にこやかに近づき挨拶を交わす。
「ほう……、シェルムからと。珍しいですな、ご商売かな?」
「ええ、まあそんなところです。セレスティアに来たのは二回目でして――」
などとたわいもない話をするうちに楽団の音楽が止み、ザワザワとした人の声だけがホールに響き出した。どうやら地位の高い要人が会場入りしたようで、奥の一段高い演壇の場所に人だかりができはじめる。
「子爵様、もうそろそろ始まりますか?」
シモンがキルヌー子爵に問いかけると、子爵はその演壇に目をやり「そうじゃな、公爵家ご一同がお見えになられたようで……」と壇上を見ながら二人に告げた。
「大公殿下がお着きに?」
「ええ、大公殿下と公太子様。それから、ほうマヌスール伯爵と。なるほど、これはこれは公太子ご夫妻はご機嫌が悪いようじゃ」
意味ありげな台詞の後、キルヌー子爵はシモンに向けてニヤリとした笑いを見せた。
「例の娘の話で、何か?」
シモンが声を潜めるように子爵の耳元でささやくと、噂好きとの通り、キルヌー子爵は会場で仕入れて来たばかりの話を漏らす。
「おお、そのことよ。どうやら今日、公太子殿下がその娘を大公殿下に引き合わせたらしいのじゃ。それがその場にマヌスール伯爵様も同席されたとのことで、それから二人がこうなって……」
そこで子爵は話を止め、両手の人差し指をバツ印に重ねてパチパチと剣を交わらせたような仕草を見せる。
「ほほう、それでその娘はどうなったのです?」
シモンはその娘とここにいるルアンが関係者だとはおくびにも出さず、さも興味津々といった様子で子爵から情報を聞き出した。
「それがのう、聞いた話ではやはり亡くなった大公妃によく似ておるようじゃ。大公殿下は我が孫と認めたいご様子だったとのことじゃが、なにせ公太子ご夫妻にしてみれば……」
と、そこまで滑らかに動いていた子爵の舌が止まり、それとなく左右に目を動かした。なにごとかとルアンも周囲を見回すと、それまでザワザワとしていた会場の雰囲気が変わり、どうやら進行役の話が始まるところだった。
「まあその娘、ここに来ているようじゃ。あとで大公妃の肖像画と見比べてみるとしようか。ではシモン殿、それからルアン殿、ごきげんよう」
優雅な仕草で去って行くキルヌー子爵を見送って、ルアンとシモンはお互いの目を合わせる。
「サラさん、来てるみたいですね」
「ええ、どのへんにいると思いますか?」
「おそらくあっちのマルセルム殿下の近くだとは思いますが……。どうやらややこしい話になっているようで」
シモンがマルセルム殿下の近く、と顎で指した方向は、遠くに見える壇上の方角だった。




