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第52話 理不尽な扱い

 公太子であるマルセルムから「舞踏会へ出ろ」と半ば命令のような形で指示を受けた翌日、サラは昼過ぎから急ごしらえの衣装合わせをし、次に舞踏会でのしきたりなどを侍従から言い含められていた。


 用意された数着の衣装はサラがいままで着たこともないようなドレスで、夜会用に裾が完全に靴を隠すほどに長く、衣装合わせだというのに何度も躓きそうになった。困ったことには裾の長さはパニエで多少は調節できたものの、胸回りや肩幅の生地余りはどうしようもなかった。それを見た衣装係の女性は何度か首を振り、「もう少し小柄なものを……」、とため息交じりに控えの女性に伝えた。


 結局サラの身に一番合ったのは薄いベージュのドレスで、夜会用のドレスのデザインに疎いサラでさえ、子供っぽいのではないかと思う服だった。


 そのドレスを身につけ、そのうえで目一杯腰の部分を絞られて、サラは歩きにくそうに室内を一周させられる。その姿を確認した衣装係は「まあ……、いいでしょう」と、自分を納得させるように呟いてからサラを侍従へと引き渡した。


 次に待っていたのが侍従より言い含められる舞踏会のしきたりだった。どれもこれもサラにとっては初めて聞く事ばかりで、しかもセレスティア訛りの大陸公用語で話す調子に、内容の半分も理解できたかどうか不安なところであった。ただ「殿方と踊る必要はございません。『踊り慣れておりませんので』と、断ってください。食事も摂る必要はございません、飲み物も……出来ればお控えください」という侍従の言葉だけは妙に頭に残った。


「以上ですが、よろしいでしょうか」


 慇懃な態度とは裏腹に、侍従の言葉には相変わらず感情がこもってはいない。そんなことを気にしてもしょうがなく、サラは昨日から引っかかっているところを質問する。


「あの、昨日公太子さまからは『喋るな』と聞いているのですが、話しかけられて何も喋らないのは失礼かと……。それで、どのくらい喋らないほうがいいのでしょう」


 おずおずと尋ねるサラに対して、侍従はその顎髭を少し触り「ふんっ」と鼻から息を吐く。


「そうですな、公太子殿下が仰ったように『不慣れなもので』とあしらったほうがいいかと」


「でも、それでも話しかけられたときには?」


「はあ……、まあその時には『公太子殿下に呼ばれておりますので』と、その場を離れて殿下の方へ行かれては?」


 目に見えて面倒くさそうに返事を返した侍従の言葉に、サラはそれ以上何も言えず「はい、そういたします」と力なく答えた。


 △


 やがて時間は夕方を回り、舞踏会へと出発する刻限が迫ってくる。「ドレスの腹部を締めた時に気持ちが悪くなりますから」と、サラは昼食をあまり摂らせてもらえずに空腹を感じていた。それなのに今から舞踏会が終わるまでの間、会場では食事も摂るなという。ということは次の食事は明日の朝ということで、それはまさにあの妓館での虐げられた生活とあまり変わりがないようにサラには思えた。


 そんな空腹を抱えたサラが部屋で夕焼け空を眺めていると、廊下の空気がガヤガヤと変わり部屋の鍵がガチャリと音を立てる。


「それではこちらへ」


 いつもと変わらぬ感情のない口調の侍従がサラを呼び、サラは部屋から連れ出された。行き先はもちろん舞踏会の会場……と思いきや、サラの予想とは違って、連れて行かれたのは公太子夫妻の元へであった。


「なんと、馬子にも衣装とはこのことよのう、ホッホッホ。されどその衣装、子供用ではないのかえ?」


 そう言ってサラの姿を見てわらったのは公太子妃のエメイラ。いかにも可笑しいといった調子で扇子を口に当て、しきりに隣の公太子に同意を求めている。


「まあそう嗤うなエメイラ。貧弱な身体は遺伝というものぞ。赤い髪も鳶色の目もよく似たものじゃ」


 自分の身体のことを卑下されたサラは内心憤りを感じたものの、遺伝という部分に何とも言えない感情を覚えた。決して自分は母親似ではない、見ず知らずの父親似なのだ、そしてその血脈はこのセレスティアにある。そんなことをここに至って改めて感じていたサラの頭上に、思いも寄らぬ声が降り注ぐ。


「さて不肖の我が姪よ。今宵の舞踏会でお主に会いたいと申しておられる方がおる。誰だかわかるか?」


「は……?」


 舞踏会で自分に会いたい人物がいる、と突然言われたサラの脳裏に一瞬浮かんだのはもちろんあの異国の青年だった。


――まさかルアン様が!


 ルアンの優しげな黒い瞳を思い出したサラの胸はギュッと痛くなり、思わず両手を胸の前で握りしめた。だがしかし、公太子の口から出た人物の名はサラの想像だにしないものだった。


「分からぬか? まあそうであろう。畏れ多くもゼノス大公様じゃ。まったく下賎の身であるお前に会いたいなどと、父上も困ったものよ。それにしてもあの女がテルム王国の伯爵家に繋がるものでなければ、正妃などにはならなかったものを……」


 マルセルムはこの国の国家元首であるゼノス大公の名をサラに告げ、そしてその後には父親に対する愚痴をブツブツと連ねる。サラはサラでまさか大公の名前がここで出るとは思ってもおらず、ただポカンと口を開けて公太子の愚痴を意味もわからずに聞き流していた。


「よいか! 大公殿下にお目にかかっても余計な事は申すな!」


 心ここにあらずで公太子の愚痴を聞いていたサラが次に気がついた時には、公太子は見下すような目でサラを見、厳しい口調でそう言っていた。


「は、はい。しかし大公さまが何故私に……」


「なに? そんなことを知らずともよい! 元はと言えばお主らが指輪を持ってこの国にたかりに来たのが、そもそもの災いの種だったのじゃ!」


 怒りに打ち震えるように太った身体を揺らし、マルセルムは唾でも吐きかけそうになりながらサラの頭上から喚く。


「そうじゃ小娘! まさかお主、いままで我ら二人に隠していたことを大公殿下の御前で話などしてみよ。お前の連れの商人に重罪を課すことなど我らにはたやすいことぞ!」


 それに続いたのは公太子妃エメイラの金切り声。先ほどまでサラを嘲笑っていた表情とは打って変わり、目をつり上げてまさに夜叉のよう。


「滅相もございません、妃殿下さま。決して大公さまには余計なことなど申し上げません。どうか平にご容赦下さい」


 訳も分からぬまま舞踏会へと引き出され、また訳も分からぬまま大公と会わなければならないという。その理不尽さにサラはどうしようもなく釈然としないものを感じたものの、公太子妃の口ぶりからまだルアンがこの国にいるのだということだけは、はっきりと感じ取っていたのだった。

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