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第50話 舞踏会への招待

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「ルアンさん、明日の夜宮廷で舞踏会が開かれるのですが……、あなたも参加されますか? 一応当家にも招待状は届いております」


 両替商のシモン・ガルボの屋敷に間借りして一週間ともなろう頃、ルアンはその当主であるシモンから舞踏会の話を聞いたのだった。


「舞踏会、ですか? セレスティアの宮廷とは縁の無い私が行ってもよろしいので?」


「ええ、この招待状があれば、当家の縁者として同行できると思います」


 少々疑問げに首を傾げるルアンに向かって、シモンは招待状を見せ、微笑みながら返事をかえす。


「おそらく例の公太子夫妻も姿を見せるでしょうし、宮廷内の噂話も聞けるでしょう。あのお嬢さん、サラさんの話もきっと噂が広まっていますよ。あの話が本当ならば――」


 意味ありげにシモンがルアンを顔を見つめて言葉にした「あの話」とは。


 それは今から二日前のほど、シモンが懇意にしているセレスティア貴族のキルヌー子爵から仕入れてきた情報だった。子爵が話してくれた噂話とは、現公太子夫妻の元に亡きソフィリアス殿下に縁のある者が訪ねてきたこと。つまりそれはサラが公太子夫妻の元を訪ねた事実が、妙な噂として宮廷内で広まっているということだった。


『なにやらその少女はソフィリアス殿下の忘れ形見との噂じゃ、しかも故オラシア大公妃の若い頃にそっくりとのこと。儂は見ておらぬのじゃが、赤い髪をしておって、目の色は鳶色らしい。しかし、なにゆえマルセルム殿下のところへと訪ねたのか……』


 キルヌー子爵はそう言いながら苦笑し、『殿下も扱いに困ろうのう』と意味ありげに続けたという。


 公太子夫妻の評判は宮廷内でも決して良くはない。しかし宮廷内に根を張った夫妻の影響力は大きく、面と向かって夫妻にモノを言える人物といえば現国公である大公、つまりマルセルム殿下の父親くらいしかいない。ところがここ数年その大公も歳を重ねて老年となり、公太子夫妻のことを諫めることも少なくなったという。


 そんなところに降って湧いて来たのが、故ソフィリアス殿下の忘れ形見らしき少女が公太子夫妻の元を訪ねたらしいという噂話。もしもそれが老大公の耳に入れば()()()()()になるのではないか、というのがキルヌー子爵が意味ありげに話した宮廷裏側の事情ということだった。


「シモンさん、あの子は――、サラは本当にどうなるのでしょうか?」


 ルアンはこの一週間に渡って仕入れてきた自分の情報から、今すぐサラの身に危険が迫っているという状態ではないと判断していた。何しろサラが故ソフィリアス殿下の遺児であったとしても扱い的には庶子であり、大公家の相続問題からは無縁の話だとルアン達は信じていたからである。指輪を本物かどうか見て貰い、サラの出生を確認すること、そしてうまくいけば手切れ金を大公家から頂ければそれでいい。そんな思いでセレスティア公室に近づいてのこの結果。どこで何に火が付き、サラが現公太子夫妻の囚われとなったのか、過去の因縁など知らぬルアンの想像に及ぶところではなかった。


「この国でも公室や王室の庶子には相続権は無いのでしょう? いったい何が引っかかって公太子夫妻がしゃしゃり出て来たのでしょうか? こんなことなら指輪の鑑定を受けたときに門前払いをされていたほうが良かったと思うんです、今さらですけど……」


 そう言ってシモンから視線を外すルアンの顔には後悔の表情が浮かぶ。それを見たシモン・ガルボは、下を向いた異国の青年を慰めるように言葉を選びながら自身の考えと、子爵などから仕入れてきた宮廷事情を伝えた。


「そうですね。これはサラさんが宮廷に留め置かれた日から感じていたことなのですが、公太子夫妻はサラさんを自分の元にとどめておく理由が、ただ自身の姪かもしれないというだけでは無く、何か他の背景があったのではないかと思うのです」


「他の背景、ですか?」


 うなだれていた顔を起こし、ルアンはその漆黒の瞳でシモンを見上げる。


「ええ、恐らく故ソフィリアス殿下の忘れ形見かもしれない少女が宮廷を訪ねて来たことを……、マルセルム殿下と妃殿下はおおやけにはしたくなかったのではないかと」


「公にはしたくなかった、のですか。でもそれは何故です?」


「まあ、ルアンさんたちお二人を宮廷へと顔つなぎした私が今さら言うのはおかしいのですが――」


 と、シモンが多少苦い顔をしながらルアンに告げた内容は、宮廷事情に詳しいキルヌー子爵が面白そうにシモンに語った話そのものだった。


 十八年前に若くして亡くなった故ソフィリアス殿下は結婚をしていなかった。つまり息子や娘がいるはずもなかった。幼少時に母親であるオラシア大公妃を亡くし、母親に甘えることもできずに育ったソフィリアス殿下をセレスティア国公である大公は不憫に思い、自身の後継者としても愛を注いで育てたという。その愛息であるソフィリアス殿下の血を引いたかもしれぬ少女がいたとしたら――、そしてその少女の面影が老大公が若き日に愛したオラシア大公妃に似ていたとしたら――。セレスティア宮廷内に一波乱あってもおかしくはないというのである。


「でもいくら愛した息子の忘れ形見かも知れないとはいっても相続権は無いのですから、それをおおやけにしたところで、その……サラが宮廷内に一波乱をおこす存在になるとは思えないのですが」


 話を聞いたルアンがシモンに素直な疑問をぶつけると、そのシモンも肩をすくめながら、さも当然とばかりに言葉を返す。


「まあ普通に考えればそうでしょうなあ。私もそう思いますし、今までも公室の庶子の扱いはそうでした。ところが宮廷というところはおかしな場所で、権力のためなら利用できるものは何でも利用してやろうという勢力が一定数いるものなのですよ」


「つまり、どういうことです?」


 いまひとつ事情の飲み込めないルアンは首をグッとシモンの方へと向けて、次の言葉を待った。


「それはですな、キルヌー子爵によると、その忘れ形見が故ソフィリアス殿下の娘ということが証明されれば、その娘を妃として迎える貴族がいないこともない、ということらしいのです」


「えっ?」


 シモンの発した言葉の意味をすぐには理解出来ず、ルアンの頭は一瞬だけ空白になった。しかしそれも一瞬のこと、目の前の大商人の口から出た言葉がありえないことではないと、胸の奥で感づいていた自身の心にルアンは気づく。


 もし本当にサラがソフィリアス殿下の忘れ形見であったならどうなるか。宮廷に行く前の日の夜、ルアンは隣で眠るサラの息遣いを感じながら考えていた。一番いいのは公室の金銭的な庇護を受けながらも、サラが庶民として差別も不自由もない暮らしをここでできること。次にいいのは手切れ金をもらって、それを元手にサラが自由に人生を選べること。そして三番目は……、と様々な将来を想像した中で、あり得ないことだとして思いついたのが、サラが公室の一員として受け入れられるという将来像だった。


「まさか……、でも」


「ええ、まさか、ですけどね」


 まさか、と二人が同じ単語を口にして会話がそこで終わる。


 ルアンはその漆黒の瞳でシモン・ガルボの目を見つめ、シモンもその瞳を青みがかった目で見返す。その青みがかった目を見ながら、ルアンは一週間前の夜にシモンが意味ありげな事を言っていたことを思い出した。


「シモンさん、あの、僕たちが宮廷に行く前の日の夜、普通であれば混乱はないと仰っていましたけれど、いま、その普通ではない状態になっている。ということです……か?」


 絞り出すようなルアンの言葉に対し、シモンはゆっくりと視線を外して、「本当に、まさかありえないとは思っていましたけどね」、と呟いたのだった。

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