第49話 策略 その2
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「なるほど、そうでございますか。畏れ多くも大公殿下のお耳にまであの小汚い小娘の噂がもう届いたと?」
相も変わらず歯の浮くような挨拶を公太子夫妻に言上した後、マリクは北方訛りの大陸公用語でそう訊ねた。そのマリクの前で偉そうに椅子に座ったマルセルムが口を開く。
「左様じゃ、まったくもってお主がアデリーで始末をしておればよかったものを。されど大公殿下のお耳に入ったとなればご報告はせねばならぬ。儂は『指輪は本物であったが、盗まれたものかもしれませぬ』とご報告するが、あの赤毛の容姿まで既に噂で大公殿下はご存じのはず。会いたいと言われれば拒否はできぬ。そこでその時には『今度の舞踏会に連れて参りましょう』と引き延ばしをするつもりじゃが……。で、そこでじゃ、お主には舞踏会までにあの小娘を誘拐したことにして始末して欲しいのじゃ。無論、報奨は十分に弾む。どうじゃ、良き案であろう」
マルセルムは異論はなかろうとの態度で、マリクに自身の策略を披露した。相変わらず仮にも人ひとりの命を奪おうというのに、夫婦揃ってまったくもって躊躇も無い様子で。
マリクは公太子の話を聞き終え「ははあ!」とばかりに頭を下げ、マルセルムに平伏するかのような態度をとる。しかし内心は吐き気がするほどの公太子への反発と、そして『やはり来たか』という湧き上がるような胸の高鳴りが入り交じった複雑な感情が渦巻いていた。
とにかくこの夫婦は自分たちの手を汚すことなく、故ソフィリアス殿下に繋がる少女を亡き者にしたい。そんな暗く汚い策謀を張り巡らせるだろうことくらいマリクは予想していた。だからあのサラという少女を見つけて以来、マリクは何とかこのセレスティアまでサラをある意味生きて届ける必要があったのだ。そして少女の存在を世間に明らかにし、マルセルムの暴発を誘うことこそマリクの策であった。
しばらくのあいだマリクは頭を下げ、吐き気をはらんだ怒気や胸の高鳴りを完璧に抑えた表情で壇上の公太子を仰ぎ見る。その姿はまさに公太子の忠実な下僕であり、金のためなら多少の汚い仕事もやるイルタシア商人そのものを演じていた。
「聡明な公太子殿下におかせられましては、誠に巧妙かつ見事な策をお考えのこと、このラグゼル感服もうしあげます」
「うむ、そうであろう。それではお主にはかの小娘を舞踏会までに始末してもらおう」
「はっ! 誠に恐縮ではございますが、このラグゼル、ひとつ心配がございます」
マリクは公太子から視線を外し、再び頭を下げた。その様子を見てマルセルムが面倒くさそうに口を開く。
「なんじゃ、心配とは? 金のことか、金なら十分に支払うと申したではないか。それでは不服か」
その人を馬鹿にしたような口調に一瞬マリクは気分を害したものの、気を取り直して顔を上げる。
「いえ公太子殿下、金云々の問題ではございませぬ。もしも舞踏会までに娘が誘拐されたとなれば、それは公太子宮の中からとなりましょう。それでは後日公太子宮の警備不足とのそしりを殿下が受けるやもしれません。それが元で大公殿下の御不興を買うことは得策ではないと、このラグゼルは愚考致します」
「なるほど、確かにこのラグゼルの申すことにも一理じゃな。殿下、公太子宮から小娘が誘拐されれば、その責を殿下が問われぬとも言い切れませぬ」
それまで黙って二人の話を聞いていたエメイラが、扇子で手を叩いて同意を示す。
「ふむ、確かにそうじゃな。それではラグゼル、なにか良い対案があると申すか?」
妻にそう言われたマルセルムは、自分では考えもせずにマリクに対案を示させる。
「はい、このラグゼルめに愚策がございます」
「申してみよ」
「ははあ! それでは申し上げます。娘を亡き者にするのであれば舞踏会の夜がよろしいかと存じます」
「なに、舞踏会の夜じゃと!? 大公殿下に会わせる時にか?」
マリクの言葉に公太子夫妻の腰が浮きかける。
「はい、舞踏会の夜、公太子宮ではない場所で娘を誘拐するか、襲わせるかをいたします。さすれば警備の責任は公太子殿下には及びませぬ。その場の責任者を殿下が直々に処罰なされても、だれも文句は言えますまい」
「なるほど……」
「しかもこのラグゼル、小娘誘拐の下手人を既に挙げております」
「なに? なにを訳のわからぬことを……」
マリクの言っている意味が分からないマルセルムは、胡散臭そうな目で目の前のイルタシア商人を眺める。マリクはそんな視線に臆することなく、自身の策を披露した。
「はい、小娘誘拐の下手人でございます。それはあの娘とこの国まで同行してきた異国の商人。奴が娘の奪還を試み、娘を誘拐したことに致します。なにしろ闇夜の争いの中のこと、小娘と青年が追手との戦闘で死ぬこともございましょう。残念なことではございますが、ソフィリアス殿下の血脈が不幸にも異国の商人の暴挙で失われることに……」
そう静かに言い終えたマリクは公太子夫妻の返事を待った。その公太子夫妻はマリクの話を理解するやいなや、興奮を隠せない様子でお互いの顔を見合わせる。やがてマリクの考えの全貌を理解したマルセルムは、「おもしろい!」と大声をあげた。
「ラグゼルよ! それは面白い計画じゃ。しかし一つ気がかりなことがある、その異国の商人とやらはどうする? どうやっておびき出す? こちらの思い通りに動いてくれるのか?」
「はい、奴は現在もシモン・ガルボの館に宿泊しております。小娘と舞踏会の噂を流して宮廷より舞踏会の招待状でも送ればガルボと一緒に参りましょう。あとは別段奴が計画の最初から最後まで生きている必要もないかと。結果として、物言わぬ二人の身体が転がっていればそれでよろしいのでは?」
そう言って恭しく頭を下げたマリクの頭上には、その策略に満足したかのような公太子夫妻の陰険な微笑みがあった。




