第48話 策略 その1
「何故じゃ! 何故こんなにも早くあの小娘の噂話が大公殿下のお耳に入るまで広がったのじゃ!」
南方に棲むという珍鳥の羽根で彩られた扇子を何度も椅子に打ち付けながら、公太子宮の一室で金切り声を上げているのは公太子妃であるエメイラ。その横では片頬をゆがませて公太子のマルセルムが憎々しげな表情を浮かべている。
「誰ぞ! 誰があの娘の話を宮廷に広めた? 商務局のロウ・ハベルにも内務局長にも、それからあの老侍従どもにもあの小娘のことは他言無用と厳命したはず! 殿下、いえアナタ! 噂の出元を調査して罰するべきではありませんか!?」
妻にキンキンとした金切り声を上げられた公太子のマルセルムは一層頬をゆがませ、「もうやっておる」と煩そうに返事をした。
そんなことを妻に言われるまでもなく、マルセルムは既に調査を済ませていた。
あの時サラに応対した商務局や内務局の役人、それから面通しをした老侍従さらには鑑定士にまで、箝口令を出した人物すべてを呼びつけて叱責したのである。
が、誰一人として口外はしていないと首を横に振った。「噂の経路を調べればウソをついていても分かることだ! その時に『ウソをついていました、申し訳ございません口外致しました』と自白しても遅いぞ!」などとマルセルムが脅迫をしても全員が否定したということは、恐らく役人どもから漏れたことは無さそうだ、と彼は思っている。
それに宮廷内で噂が広まったとはいえ、貴族でもない役人や、現役を離れた老侍従が口外した話がたった数日で公室の頂点である大公の耳に届くことが妙である。マルセルムはそれ以外での噂の広まる経路を考えていた。
たった数日――、そう公太子夫妻が無理矢理サラを公太子宮にとどめるように申しつけてからたったの四日で、「ソフィリアスの遺児かもしれぬ娘が来たのは事実か?」と、現国公であるゼノス大公からマルセルムに下問があったのである。
父親である大公から直接ではなくとも使者を通じて下問を受けたマルセルムは、「明日参上してご返事申し上げます」と使者を帰したものの、どこから情報が漏れたのかを調査し、さらにはどうしたものかを思案を重ねて、早くも一日が経とうとしていた。
一瞬マルセルムの脳裏にはあのイルタシア商人で情報屋のラグゼルのことがよぎったが、果たして彼が噂を流したとしてこの短い時間で大公の耳まで届くとは、マルセルム自身には想像出来なかった。なにしろ貴族でもなければセレスティア人ですらない奴が、宮廷内に事を漏らしたとして相手にする上級貴族がいるとは思わなかったのである。
「しかし返答をせねばならぬな……。まったくあの小娘、さっさと奴が始末できておけばよかったものを」
マルセルムが呟いた奴とはもちろんラグゼル、つまりマリクのことである。
夫のその呟きを耳にしたエメイラ、パンッと扇子で手を叩いてマルセルムに近寄る。
「そうですわ殿下! 今からでも遅うありません、あのラグゼルに小娘を渡して始末させてしまいましょう?」
言い考えとばかりに詰め寄るエメイラに、マルセルムの反応は鈍い。
「無理を言うなエメイラ。父上……、いや大公には報告せねばならん。『話を聞くために保護しておりましたが、何者かに誘拐され行方知れずになりました』という訳にはいかぬ。どうしたものか……」
「それでは大公殿下にご報告なされた後に始末されるのが良いのでは? あのイルタシア商人ならば金さえ払えば汚れ仕事もやるでしょう。なにしろ何かあれば金、金と煩いことこのうえないではありませぬか」
「うぬ、父上に報告をしたあとでか……」
太った身体を大仰に反り返らす態勢をとりながら、マルセルムは顎に手を当てて暫し考え込む。
「そういたしましょう殿下。そもそもあの小娘、口が堅いのか本当に何も知らぬのか、母親のことについて口を割りませぬではないですか。大公殿下には『指輪は本物でしたが、小娘が盗んだとも考えられます』とでもご報告なされば?」
悪知恵にかけてはマルセルムにも劣らぬエメイラが、たたみ掛けるように夫をそそのかす。その妻の悪知恵を聞いたマルセルムの脳裏に浮かぶのはサラの容姿。
「そうじゃのう。しかし大公殿下があの小娘を見たいと仰ることも考えねばならぬ。儂が見てもあの赤髪の小娘、昔のオラシア大公妃によく似ておる。本物の孫と大公が思われるのは間違いないところじゃ」
「で、あればです殿下。なおさら早めに蹴りをつけましょう。ああそうですわ! アナタ、もし大公殿下が小娘に会いたいと仰いましたら、今度の舞踏会にお連れ致しますとご報告なされば? それまでに始末する方法を考えましょう。今度もあの時のように私どもの手を汚すことはございませんでしょう? あのイルタシア商人もいざとなれば……」
と、首に手を当てる仕草をするエメイラを見て、マルセルムは「フッ」と鼻で笑い方頬をゆがめる。
「で、あるな。しかしあのイルタシア商人、なかなかしぶといぞ。奴も自分の手を汚さずに始末をし、かつ我々から金をせしめる算段をするじゃろうのう。しかしあのソフィリアスの手紙を見つけてこの方、指輪の行方を探して一苦労じゃ。異国の踊り子を側室として迎えようなどとは、さすが下賎の血がながれておったわ、あの兄も」
「しかし実際には、手紙を出す前に誠に不幸にも貝毒にあたってお亡くなりになりました。公太子宮に隠してあったその手紙も、大公殿下に見つかる前に私どもの手に渡ってきました。先手先手とはこのことですわ、殿下」
誠に不幸にも、の部分をわざとらしく強調し、エメイラが夫をけしかけた。
「ふむ、そうじゃな、何事も先手じゃ。大公殿下がおかしな気を起こす前にソフィリアスに繋がる禍根は断たねばならぬ」
お互いに顔を見合わせた公太子夫妻は同じようにニヤリと顔をゆがめ、そしてラグゼルを呼ぶために控えの近習を部屋へと呼んだのだった。




