表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/75

第47話 筋書き


 ルアンがサラを公太子宮に奪われた形となって、三日の日数が経っていた。その間ルアンは大商人であるシモンにも協力を請い、八方手を尽くして宮廷内の事情を調べた。


 しかし分かったことといえば、どうやらサラは公太子宮の一室で公太子夫妻の監視の下に置かれているらしい、との情報だけであった。その聞こえて来る情報ではサラの身に危険が迫っている様子は感じられなくとも、宮廷の分厚いカーテンの向こうではいつ何時なにが起こるかの予想もつかない。そんな不安の中でルアンはただ無為に一人で寝る夜を重ねているのだった。


 △


 一方のサラは公太子宮の中で息苦しい毎日を過ごしていた。小さいながらも清潔で過ごしやすい自分の部屋を与えられてはいるものの、常にどこかから監視の気配が感じられる公太子宮の小部屋。そこから出るにはお付きの役人に許可を得なければならず、しかも公太子宮の敷地よりは一歩も出てはならぬ、との公太子の厳命が下されていたのであった。


 公太子夫妻は『母から聞いたことを素直に話せ』と、あれからも何度かサラを自室に呼びつけた。けれどサラにとってみれば、亡き母との会話にセレスティアのことなど出てきたこともない。そのことを何度も公太子夫妻に言ってはみたけれど、その度に『ではなぜその指輪の真偽を確かめに来た? お主の考えなど分かっておる。隠し立てをすると身のためにはならぬぞ!』と、返って脅され、堂々巡りのまま時間が過ぎるのであった。


 △


 そしてマリク(マルセルムの前ではラグゼルと名乗っているが)は、そんな現状を少々ほくそ笑んでいた。一方では公太子夫妻を焚きつけてサラを軟禁状態に置き、そのくせ実はサラが何も知るはずがないことをも確信している。故ソフィリアス殿下の遺児と思われるサラが、自身とソフィリアス殿下の関係について何も明かさないことに公太子夫妻が苛立ち、いずれ何か行動を起こすことを密かにマリクは期待をしていた。


「――まあそれもそう遠くはあるまい。さて」


 マリクは宿の自室でそう呟き、従者である小男――つまり復讐の盟友であるベルムを呼んだ。


「例の件、公太子宮には漏れてはおるまいな」


「はいご主人様、抜かりはございません」


「ならばよい、では行くとするか」


 マリクの行く先はセレスティアの宮廷。しかしいつも表だって訪問している公太子宮の方角ではなく、少し離れた貴族の館であった。


 館の主の名はマヌスール卿、爵位は伯爵でセレスティア公国の中では上位の貴族である。マヌスールは現大公の弟の息子にあたり、つまりはマルセルム公太子とはいわゆる従兄弟の仲。かつて彼は大公位の継承権でいえば公太子のマルセルム、そして自身の父親である大公弟ヘルムに次ぐ第三位の地位であった。


 ここで()()()と過去形で言えるのは、一年ほど前より父親のヘルム大公弟が老病に伏せ、継承権の返上を申し出ていたのである。それがようやく先々月に公室会議で認められ、いま現在マヌスール伯爵の継承権は第二位、つまりは公太子の競争相手ともいえた。


「マルセルムめ、世継ぎが生まれぬのは過去のおのれの悪行の成せるわざか……」


 マリクはマヌスール伯爵の館へと向かう馬車の中で少々の悪態をつく。


 彼が悪態をついたように、マルセルムには子供がいなかった。原因はエメイラにあるのか、はたまたマルセルムにあるのかは判らないものの、複数の愛人にも子がないことをみると、マルセルムの種に原因があるのではともっぱら宮廷内では噂をされていた。


 もしもマルセルムに子息が生まれれば継承権はその子が第三位となる。ところがどうやらマルセルム公太子には子が生まれぬとみたマヌスールに、ここ数年むくむくと権力欲が湧いてきた。


 当然のようにそれに目をつけたのが十八年前の事件でマルセルムを疑い、そして復讐を果たそうとしていたマリク。一方ではマルセルムの忠実な情報屋を装いながら、もう一方では慎重にマヌスールに近づいていたのである。


「マヌスール殿下、これはこれはご機嫌麗しゅうございます」


 マヌス-ル伯爵の館に着き応接間に跪いたマリクは、マルセルムの前とは打って変わって北方訛りを完璧に消し去った大陸公用語で伯爵に頭を下げた。


「うむ、マリクよ。そなたの言うように宮殿内に噂を流しておいたぞ。故ソフィリアス殿下の忘れ形見が、なぜか公太子宮に軟禁されておるようじゃ、とな」


「ありがたき幸せ」


 一度伯爵に目を合わせたマリクが視線を外し、痩躯を折り曲げるように再び頭を垂れる。


「伯爵様におかれましては、数年来この身をご信頼いただき感謝に堪えません」


 床に頭を下げたままのマリクがそう言うのを、マヌスールは満足げに頷いた。


「なにを申すか、かのソフィリアス殿下は従兄弟の儂にとっては兄同然のお方であった。その死に疑念を持ったのはお主と同じ。しかしお主があの命を絶った給仕の娘の弟と聞かされるまでは、儂も多少疑ってはおったがのう」


 マヌスールは程よく伸びた顎髭をさわりながらマリクから顔を外し、ここ数年を思い出すような遠い目をする。その気配を感じたマリクは頭を上げ、しばしの間マヌスールの次の言葉を待った。


「――してマリクよ」


 視線を戻したマヌス-ルが問いかける。


「はっ!」


「マリクよ、儂が流したその噂、大公殿下のお耳にはすぐに入るであろうが、大公殿下はどうされるであろうのう……。なんといっても亡くなった自分の愛息に娘がおった、それも若き日の正妃によく似た孫かも知れぬとなれば、ひと目見てみたいとなるのが人情よのう……」


「御意にございます、殿下」


 サラを取り巻くセレスティア宮廷内の事情は今、マリクが作り出した戯曲の音符をなぞるがごとくに動きを進めてはいる。しかしマリクとて全能の神であるはずもなく、さすがに国公であるゼノス大公がどのような行動に出るかについては、運を天に任せるほかはなかった。


 ただしかし、目の前にいるマヌスール伯爵の言うとおり、「十八年も前に死んだ自分の息子に娘がいたかも知れない」、そんな噂を耳にした老い先短い老人が、まったくその噂を無視できるものではないはずだ、との確信がマリクにはあった。それゆえサラが公太子宮に軟禁された翌日には、その報告をマヌスールへと上げたのである。


「――しかしその娘」


 ここ数日のことを頭の中で振り返っていたマリクの耳に、マヌルールの言葉が響く。


「はい、その娘がなにか?」


 顔を上げたマリクの瞳に映ったのは、瞼を半分閉じて何やら考え込んだような伯爵の顔。


「うむ、その娘……、下手をすると命も危ういのう。まあ、これはお主の筋書きには既にあるのかもしれんが……」


 マリクはその伯爵の呟きにも似た台詞には何も答えず、ただ深々と頭を下げるのみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ