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幕間 <マリクの過去 その5>

 △


『君が……、死んだ毒味役の弟!?』


 マリクは腫れた目を見開いて少年を見下ろす。少年は『ええ』と頷いて鋭い眼差しを少し緩めた。


 ここはセレスティアの下町の路地の奥、どこをどう曲がって大通りから連れてこられたのかマリクにはサッパリわからない。とにかく尾行されていると少年に告げられ、大小の辻角を何度も曲がってたどり着いた部屋の一室だった。

 

『なぜそれを俺に……、いや、それより俺のことをどうして知って……』


 先ほどマリクは自身のことを少年から言い当てられた。「公太子殿下の事件で亡くなられた身内の方ですね」と。続いて「安心して下さい、僕は毒味役で死んだ者の弟です」と耳に聞こえたものだから、マリクは暴行による痛みを一瞬忘れるほどに驚いた。


『実は僕も兄の死に不審を抱いています。あの事件の裏には絶対になにかあります。僕の兄、それからソフィリアス殿下が亡くなってから、今日で一週間。その間に何人の関係者が死んだと思います?』


 小柄な少年の質問にマリクは首を捻った。どうやら自分の姉以外にも何人かが死んでいるらしい。


『二人?』


 マリクの返事に少年は首を振る。


『三人?』


 また少年は首を振る。


『四人……』


 ようやく少年が頷く。


『ええ、行方不明を合わせて四人ですよ。給仕役のお姉さん、それから貝料理を作った料理人、次に公太子殿下の侍従の一人、さらには昨日から行方不明なのが……、公太子殿下の治療にあたった医者です』


『侍従に、医者?』


 貝料理を出した料理人が亡くなったことは知っていたものの、侍従の一人が死に、治療にあたった医師が行方不明などとはマリクは初耳だった。


『ええ、亡くなった人はすべて遺書がのこっていますし、行方不明になった医者も遺書をのこしているそうです。全員が全員、公太子殿下の死に責任を感じて自殺するなんておかしいでしょう!? 確かに料理人だけなら分かりますよ、けれどどうしてその他に三人も同じ理由で?』


 小柄な少年はマリクを見上げ、鋭い目を燃え上がらせて自説を述べていく。


『つまりは、その裏には何かあると』


『そうです、当たり前です。お兄さんだってそう思って警備局に乗り込んだんじゃないですか?』


 マリクはため息をついて側にあった椅子に座った。続いて少年も向かいに座る。


『確かに君の言う通り俺は姉の死に疑問を持っている。姉がいつも使っていたインクは黒なのに、遺書は青いインクだった。それに俺自身で遺書の筆跡を確認できてもいない。おまけにアイツらにその遺書は紛失したと言われて、疑わないわけがない』


『遺書を紛失? そうですか、そんな怪しいこともあったんですか』


 少年は小さな手を顎の下で組み、床の片隅を見つめる。


 しばしの沈黙を破ったのはマリク、今度は自分の疑問を少年に尋ねた。


『じゃあ聞くが、君が怪しいと思っているのはどこだ? 怪しいと思っているから色々と嗅ぎ回っているんだろう?』


『ええ、当然です』


 少年の鋭い目には一瞬の躊躇があったが、マリクの真剣な表情を見て取り、やがて静かに語り始めた。


『僕の兄は毒味師です、いえ……、でした。ですから毒にあたって死ぬのは本望とまではいかなくても、しょうがないことだったでしょう。けれど弱った老人や抵抗力の無い子供ならいざしらず、貝毒で健康な成人が死ぬなんてことは普通はありません、それも二人も! 兄は身体にだけは自信があって内臓だって人一倍健康でした。貝毒にやられたとしても死ぬほどのことはありません。それに不思議じゃないですか? あの日、貝を納入した業者は他の場所で食中毒なんて一件も起こしてないんですから!』


 いつの間にか少年は椅子から立ち上げっていた。その小柄な身体を敏捷に動かしながら、身振り手振りで不審に思う点をマリクに喋っていく。


 つまり簡単にいうと、公太子や毒味役である兄の死因は貝毒による食中毒ではなく、どこかで本物の毒を入れられたに違いない。その口封じのために次々と関係者が消されているのだ、と少年はマリクに言ったのだった。


『でも貝毒だと医者が言ったんだろう?』


 少年の言いようでは、まるで姉が毒殺に関与しているかのように扱われたと思ったマリクは、腫れた目を細めて少年に聞く。


『そうです、でもその医者――つまり今回行方不明になった医者は、実はソフィリアス殿下の主治医ではありません、マルセルム殿下の主治医が代理で務めていたのです。本来の主治医は十日ほど前に謎の暴漢に襲われて今も入院中です。ですから全てはそこから仕組まれていたんじゃないかと……』


『マルセルム殿下?』


『ええ、知りませんか? 亡くなったソフィリアス殿下の異母兄で次の公太子ですよ』


 マリクは自分の胸に疑惑の黒い雲が湧き上がってくるのを感じた。今日警備局で出会ったあの男にも言われた「新しい公太子殿下を侮辱するのはやめておけ」という言葉が妙に引っかかる。


『じゃあ君が言うには、そのマルセルム殿下の主治医だった人物がウソをついて貝毒だと判断したと? 他の毒物だと知っていながら? でもどうしてそんなことを……。いったい誰のために……』


 後半は自らに語りかけるようにマリクは呟いた。そんなマリクを見つめながら少年はマリクにそっと近づき、耳元で小さくささやく。


『今度の事件で誰が一番得をしたかを考えれば、見えてきますよね』


『得をした?』


『ええ、一番得をした人物は誰ですか?』


 マリクは考えた、今回の事件で得をした人物などいるのだろうかと。そして気づく、新しく公太子宮の主になった人物こそ一番得をした人物なのではないか、と。


『まさか……、異母弟とはいえ兄弟を……』


 マリクの呟きを耳にした少年は、その鋭い目を細めながら頷いた。


『僕はそのまさかだと思っています。兄からも聞いていました、マルセルム殿下はソフィリアス殿下を苦々しく思っていたと。自分が公太子、さらには次期国公になるために密かに謀殺したとしても不思議じゃありません』


『しかし……、しかし、そんなことをしてもしバレたら』


『ですから口封じをしているのです。恐らく料理人や侍従、それから給仕役だったお姉さんは何かに感づいて行動を起こし、そして先手をうたれたのかもしれません。貝毒だと診断した医者は元々マルセルム殿下の主治医です。将来の出世のためにマルセルム殿下一派に抱き込まれた結果……』


『用が済んだら真っ先に切り捨てられた、と』


 自分の言葉に吐き気を覚え、マリクは苦々しい思いで首を横に振る。


『でも君の言うことが俺には真実かどうかは分からない。確かに姉の死には不審なところを感じてはいる、けれどそんな王宮を巻き込んだ大事件なんて、本当なのか?』


 マリクの問いに少年は一瞬視線を外し、マリクと同じように首を横に振った。


『全てが本当かどうかなんて僕にもわかりません。けれど毒味役の兄が無能者のように扱われ、死んでも国賊のように言われるのが我慢できないんです! 本当に貝毒だったのなら諦めもつきますけど、どう考えてもこれだけ周辺で不審死が相次いだら疑問に思うでしょう? 僕は真相を暴いて復讐がしてやりたいんです、でも僕みたいな子供が一人で何ができますか? 両親も早く死んで、僕を育ててくれた兄がこんな形で死んで、一人で生きていくのにもやっとなのに、復讐なんてどうやって……』


 再び椅子から立ち上がった少年は、その小柄な手足を動かして自らの思いのたけを喋り、そして最後には力なくうなだれた。


 マリクはそんな少年を数秒眺めたあと、殴られて腫れた頬を触りながら問いかける。


『君は、名前を聞いてなかったな』


『僕の名前はベルム』


『年は?』


『今年で十四』


『俺より四つ下か……』


 しばらく考えたマリクが頭をあげると、立ちつくしている少年と目が合う。十四にしては小柄な身体をしているけれど、先ほどからの受け答えはしっかりしているし、頭は良さそうだ。お互いに肉親を失った者同士、ここで出会ったのは何かの縁かもしれない、そう思ったマリクが少年に声を掛ける。


『ベルムっていったな、俺の名前はマリク。イルタシアの商人をしている、といっても駆け出しだけどな。知ってるか? イルタシアを』


『ええ、北の方の国ですよね』


『そうだ。で、ベルム、君はこれから一人でも復讐をするのか?』


 ベルムはマリクの問いに一瞬詰まり、『わかりません……』と先ほどと同じようにうなだれる。


『そうか、俺は復讐をしたい。そしてできれば仲間が欲しい、同じ境遇の仲間が。どうだ、俺の商売を手伝いながら復讐をしないか? まあ、俺も駆け出しだから当分は食うだけで精一杯だけどな』


 警備局の男に殴られた目を細め、痛そうに苦笑いをするマリク。ベルムはそんなマリクの顔を驚いた表情で見つめ返すだけだった。



 △





「ご主人様……、ご主人様?」


 椅子に座ったままうたた寝をしていたマリクの前に、いつの間にか小男が立っていた。


「うん……、何だ?」


 眠そうな目をこすりながら背もたれから起き上がるマリクに、小男は頭を下げた。


「お休み中に申し訳ございませんが、公太子からの使者が参っております」


「そうか分かった。身支度をしよう」


「恐れ入ります。ではご準備を」


 マリクの言葉を聞き終えるまでもなく準備に取りかかる小男に、マリクは座ったままで声を掛けた。


「なあ、ベルム」


「……はあ?」


 小男は滅多に見せない驚きの表情を浮かべ、マリクの方を振り返る。何しろ自分が『ベルム』と呼ばれることも、マリクのことを『マリク様』と呼ぶことも年に一度もないのだ。


 そんなことはお構いなしに、マリクは眠そうな目を何度か瞬きさせながら言葉を続ける。


「なあ、ベルム。いま夢を見ていたのだが、お互いにいい歳になったな」


 それを聞いたベルムは、この男にしては珍しく片方の頬を緩ませ「十八年でございますから、マリク様」、と一礼をして部屋を出たのだった。


<幕間 マリクの過去 終わり>

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