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幕間 <マリクの過去 その1>


「ご主人様、かの娘は公太子宮の一室に留め置かれたとのことです」


 そう無表情に報告をする小男の言葉に、マリクは頬をゆがませてから「フッ」と鼻で笑った。


「『娘は』、ということはあの男……ルアンとか言ったな、そちらの方は追い返されたということだな?」


「御意にございます」


「わかった、下がってよい」


 マリクは一礼して部屋を出て行く小男の背中を見ながら、さてこの先どうしたものかと思案に耽った。


 公太子夫妻に対してあの娘、つまりサラのことを手元に置いた方がよいと提案したのはもちろんマリクだった。公太子夫妻の根城である公太子宮の中であれば、サラの生殺与奪の権限は公太子夫妻にあるといってもよくなる。なにもセレスティアの街中で無理に危害を加えることなくとも、宮中深くで監視をし、夫妻の邪魔になるとわかれば密かに排除をすればよろしいでしょうと申し入れたのであった。


 とはいえマリクは心から公太子夫妻のことを思ってそのような提案をした訳ではない。彼には彼で自らの復讐という目的があった。そのためにはサラとルアンの二人を、悪くいえば自分のために利用するだけ利用させてもらうつもりであった。


「……十八年か」


 マリクは宿屋の椅子に座って低く呟く。十八年、それはマリクが最愛の姉を失ってからの時間だった。その時のマリクはまだ十八才、駆け出しの商人としてイルタシアを中心に大陸諸国を周りはじめたばかりの頃だった。


 △


 マリクの故郷であるイルタシアは大陸北方の国で、なかでもマリクの生まれた地方は十何年かに一度は天候不良で飢饉がおこるような貧しいところであった。飢饉が起これば家族の中で誰かが出稼ぎに行き実家に仕送りをする。それが飢饉を乗り切り、家族が生き延びるためにできる最大の工夫ともいえた。


 姉が出稼ぎのために家を出たのは二十年前、つまりマリクが十六才の時だった。当時十八才だった姉、ルシアは本来であれば翌年に結婚をすることになっていた。ところが飢饉が起こったために輿入れは延期され、姉は遠く離れた異国へと奉公に出たのだった。


 『姉さんが行かなくても俺が行く!』、嫁入り前の姉が異国へと出稼ぎに行くことを知ったマリクは、両親を前に何度もそう言った。ところがそうもいかない理由が二つあった。一つは農作業の労働力として男のマリクが残るべきであったこと、そしてもう一つが出稼ぎの仕事が女の仕事であったことだった。


『あなたはここに残ってお父さんやお母さんを助けなさい。それから妹や弟たちをよろしくね。三年したら戻ってくるから』


 姉のルシアは優しくそう言い残して故郷を去っていった。出稼ぎに向かった先はセレスティア、そう今マリクがいるこの街に姉は奉公に来たのだった。


 セレスティアでのルシアの仕事は公太子宮での雑用係だった。当時の公太子宮の主は今は亡きソフィリアス殿下。若く陽気な公太子は国民的人気も高く、宮殿内の使用人でも殿下のことを悪く言う者はごく僅かだった。


 ルシアからは年に何度も手紙が届いた。両親や家族に心配をさせまいと思ったこともあるだろうけれど、それでも本当に公太子宮の中では良くしてもらっていると、手紙にはいつも書いてあった。北のイルタシアとは違い気候が温暖であること、海が近く公太子殿下は特に貝料理が好物であるなどと、セレスティアでの姉の生活振りを読む度にマリクはまだ見ぬ南方の国に思いを馳せたのだった。


 姉が家を出てから二年が経った。マリクの村は飢饉から立ち直りつつあり、弟も農作業を手伝える歳になったところで、マリクは大陸を駆ける商人になりたいと言いだした。商人の夢を沸き起こらせたのはもちろん姉のルシアからの手紙で、イルタシアで一生を終えることなく、とにかく世界をこの目で見てみたいという若者らしい発想と行動だった。


 渋る両親を説き伏せ、半ば無鉄砲ともいえる行動で家を出たマリクは、あるイルタシアの商人に弟子入りをする。なぜその商人に弟子入りをしたかといえば、その商人が最終的にセレスティアに向かうからという単純な理由だった。


 喜んだマリクは姉に手紙を書いた。『大陸各地を巡りながら来月末までにはセレスティアに向かいます。久しぶりにお目にかかれるのを楽しみにしています』――と。


 ところが結局マリクは姉のルシアには出会えなかった。


 △


 その凶報が飛び込んで来たのは、ちょうどマリクの商隊がテルム王国とマルティエ王国を隔てるレブラルタ峠を越えたところだった。麓の街レブラルタではセレスティアの公太子が急死したという噂が流れていた。原因は貝毒にあたっての食中毒だという。それを聞いたマリクは嫌な胸騒ぎを覚え、商隊の親方である師匠にセレスティアに一人で先に行っても良いかと尋ねた。が、その希望は却下され、マリクは商隊に付いてセレスティアに着いたのは予定通りの五日後だった。


 この五日間のことを今でもマリクは悔やんでいる。果たしてマリクが先にセレスティアに着いていたからといって、姉に出会えていたかどうかは分かるはずもない。しかしその後悔が現在に至るまでの復讐の念を支えてきたのも事実である。


 公太子であるソフィリアス殿下が急死した。その衝撃は大きく、その死から一週間以上経っていてもセレスティアの街は嘆き悲しみに暮れていた。


 街に入ったマリクはその異様な雰囲気に戸惑いながらも、ようやく姉に会えるという希望に胸は沸き立っていた。『公太子宮の主である公太子が亡くなったので、今はいろいろと大変だろう。最初に何を言うべきか』などと思いながら姉の元を訪ねたマリクに衝撃の事実が伝わる。


『すいません、ここで働いているルシア・デラルシュの弟なのですが、姉に取り次いで頂きたいのですが』


 北方訛りのマリクの言葉を聞いた衛兵は、面倒くさそうに頬をゆがめて親指で隣の建物を横柄に示した。ここではなくあちらの建物で申請しろということらしい。


 その態度に多少腹を立てつつマリクは隣の建物に向かい、守衛らしき男に先ほどと同じように言った。


『あちらでここに来るように言われたのですが、公太子宮で働いているルシア・デラルシュに会いたいのですが……』


 マリクの言葉が北方訛りだとわかるとやはり守衛の男は軽く頬をゆがめ、ため息をつきながら一枚の紙を差し出した。ここに自分の身分を書き示せということらしい。ここでも仏頂面をした守衛の態度に嫌な感じを覚えながらも、マリクは必要事項にペンを走らせた。


『これでいいですか』


 あくまで姉はここで働かせてもらっている立場である。マリクはそのことを意識しながら出来るだけ丁寧に必要事項を記入し、そして守衛に紙を渡した。そんなことを知ってか知らずか、守衛は『ああ?』と面倒くさそうに紙を受け取り、ザッと上から目を走らせる。――と、数秒もしないうちに男の顔色が変わった。先ほどまでの面倒くさそうな態度とは一変して、紙に書かれた名前とマリクの顔を何度も交互に見返す。


『ルシア・デラルシュ……。お、おい、お前。本当にルシア・デラルシュの弟か!?』


『はい……、それがなにか?』


『お前、なにも知らないのか?』


『なにも、って。何をですか?』


 キョトンとしたマリクの目を見た守衛の男は気まずそうに視線を外し、マリクに対して姉の死を告げたのだった。

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