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第44話 賽は投げられた

「これから一応鑑定仲間にも見せますが、この指輪は本物でしょう。おそらく元の持ち主は、――いまは亡きソフィリアス殿下」


 宮廷のお抱え鑑定士の男は、確信に満ちた目で自らの鑑定結果を商務局長に告げた。


「やはりか?」


 商務局長のロウ・ハベルは半ば身を乗り出すようにして鑑定人の方を向く。


「ええ、ほぼ間違いなく。この意匠は完全に公爵家の紋章です、偽造だとすると公国御用達の職人が同じものを二つ作ったことになりますが、そのような重罪を犯すことはないでしょう。それから指輪の裏側に小さく施されたシスタリアの花、これは亡きソフィリアス殿下固有のお印です。紋章とお印、この二つは私が見る限り偽造されたものではなく、それを繋げて出る結論はソフィリアス殿下が指輪をどこかで無くされたか、盗られたか……」


「そんな! お母さんは人のものを盗ったりなんてしてません!!」


 鑑定人がとんでもないことを言い出しそうになったのを、サラが声をあげて非難をする。


「いやお嬢さん、彼はいろいろな可能性を言っているのです。君、もしソフィリアス殿下が指輪の無くされたり盗られたりしていらっしゃったのだったとしたら、紛失の記録がありそうなものだろう? その辺はどうだ」


 ロウ・ハベルの質問に鑑定士は両手を広げて、分からないといった仕草をとった。


「さあ、そのあたりは宮廷記録官に聞けば分かるでしょうね。私の記憶では十八年前に亡くなられた時に、そのような出来事はなかったかと思いますが」


「となると、このお嬢さんの言うように殿下がこのお嬢さんの母親に手渡したとしても、それはあり得る話か……。で、君にはどう見える? こちらの、――サラさんの外見だが」


 意味ありげな局長の視線を受けて、鑑定士の男はサラの顔を今一度確認をする。サラの顔や体をジロジロと見られることにルアンは多少の不快感を覚えたものの、もちろんそれを止める権利は彼にはない。


 この部屋に入ってからずっとサラを見ていた鑑定士である。何度見てもその結論が変わるはずもなく、小さく息を吐き出して自らの意見を述べた。


「先ほど局長が仰ったのと同じですね。まったくもって故オラシア大公妃の肖像画の特徴をとらえています。赤い髪、鳶色の瞳、それから細身の身体、そしてなにより本当にお顔がそっくりです。そこに血縁があっても不思議ではないでしょう」


「肖像画ではなく、実際にオラシア大公妃を見たことがあるお方が彼女を見られたら?」


「ハハ、局長もお人が悪いですね、答えはご想像にお任せしますよ。私が依頼されたのは指輪の鑑定です、これについては故ソフィリアス殿下のものだろうとお答えします、これでよろしいですか?」


「うむ、ありがとう。それでは後ほど内務局長には私の方から連絡をいれておく。下がって結構」


 ロウ・ハベルは鑑定士に下がるように告げ、その鑑定士もチラリとサラの顔をもう一度見てから部屋を去った。


 △


「さてサラさん、どうやらこの指輪は本物のようですな。ここは商務局ですから直接に公爵家関係の仕事を進めるところではない。正式には内務局にこの話をもっていくことになるでしょうが……、それでよろしいですな?」


 商務局長のロウ・ハベルは当然とでも言うように、これからの話を内務局に持って行くとサラに告げた。そのサラはこれまで何度かそうしたように、鳶色の瞳を不安げに揺らしながら隣のルアンを見上げる。


「あの、ルアン……様」


「え? ああ、そうだな」


 ルアンはその不安げな瞳を受けて、彼にしては珍しく小さな声で曖昧な返事をした。


 指輪の真贋を鑑定して欲しいと申し込んだのはルアンたち二人である。鑑定士によって指輪が本物だと判断されたいま、次の段階に進むのは当然のことだろう。なにしろそのために指輪を持ち込んだのだから。


 ところがここに来てルアンの気持ちも、サラの気持ちも揺れていた。特にルアンには、妙に話がトントン拍子に進みすぎるという気持ちの悪い感情も芽生え始めていた。いっそのこと「ハハ、偽物だったなサラ」と、このまま商務局の玄関を出て行きたかった、とさえ感じ始めている。


 そんな二人の態度を不審に感じたのだろう、ロウ・ハベルは少し眉間にしわを寄せ、怪訝な顔を見せる。


「サラさん、よろしいですな?」


 二度目の確認にもサラは返事が出来ない。チラリと商務局長の方を確認して、またルアンの顔を見上げてしまう。『自分のことは自分で決めていい』、そんなことを昨日ルアンには言われたものの、やはり隣にルアンが居ればサラは頼ってしまうのだ。


 そんな自分が悔しいと思ったサラが、「いえ、もう……、結構です」と自分の本当の気持ちを言ってしまおうかと悩み始めた時だった。


「サラ、とにかく君のお父さんがソフィリアス殿下かどうかを確かめなきゃいけないし、それに、オラシア大公妃殿下の肖像画もその目で見た方がいいと思うけど……。その、君のお母さんの墓前にも報告しないといけないだろうし」


 ルアンが口を開いた。それは彼が精一杯考えた自分なりの詭弁とも言える正論だった。会ったこともないサラの母親を利用してまで自分の個人的感情を押し殺したルアンは、無理矢理な笑顔をサラに見せる。


「そう……ですね、ルアン様」


 サラもルアンが無理矢理見つけた母親の話で自分を納得させることにした。ここまで自分を連れてきてくれたのはルアンだ、そのルアンが自分の血縁を確かめた方がいいと言っているのだからそれに従うのは当然。そんなことを考えながら商務局長に「お願いします」と頭を下げたサラは、このときふと疑問を感じた、どうして自分はこんなに不安なのだろうと。


「それではサラさん、準備はすぐに出来ますのでこちらへ」


 ロウ・ハベルに指示を受けて立ち上がったサラがルアンの方を見ると、ルアンは先ほどの笑顔からまったく打って変わって暗い表情になっていた。その瞬間、サラの疑問は氷解する。なぜ自分がこんなにも不安なのか、自分の血縁を見つけることに心が躍らないのか、それはルアンがまったく嬉しそうではないからだと。


 本心ではルアンはこれ以上進むことに賛成してはいない、そのことを肌で感じとったサラではあったものの、投げられた賽はもう止められなかった。

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