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第40話 肖像画

「――そして、サラさん。私はあなたによく似た人を……、宮廷の中で見かけたことがあるのです」


「えっ!?」


 思いもかけないシモンの言葉に絶句するサラ。身を固くして隣を見ると、ルアンは訝しげな表情でシモンの口元を見続けて次の言葉を待っている様子。


 しばらくの沈黙が去った部屋に響いたのはサラのか細い声。


「……えっと、シモン様、私に似た人って」


「ええ、私もあなたの顔を見た時、すぐには思いつきませんでした。なぜならあなたに似ているその人は、既にこの世の人ではないからです」


「意味が……、わかりません」


 目の前のシモンが意味不明なことを言うのに混乱したサラは、助けを求めるように再び隣を見上げる。きっとルアンも混乱しているだろうと推測したサラの目に映ったのは、シモンの口元から視線を外し、部屋の隅を見つめて考え込むルアンの顔だった。


「ルアン様?」


 不安になったサラが声をかけると、現実に帰って来たかのようにルアンの目に光がともる。


「……え? ああ、シモンさん。いまの言葉の意味が、自分にもよくわからないのですが、サラによく似た人が昔宮廷にいたということでしょうか? そしてもう既に亡くなっていると」


 サラが思ったよりもルアンが冷静に話を聞いてたことに驚きながらも、サラはルアンの言葉尻に少しだけ違和感を覚えた。もしもルアンと二人きりだったのであれば、サラはその疑問をすぐに聞いたのだろうけれど、今はシモンの次の言葉の方に興味が移る。


 そのシモンはルアンの疑問に何度か首を頷き、それから苦笑いを見せた。


「いやあそのとおりです。ルアンさんの推察のとおり、サラさんによく似た女性は宮廷に住んでおられました。残念ながら子どもだった私は実際のお姿を見たことはありませんが、姉は見たことがあるそうです。小柄で、赤い髪で、可愛らしい女性だったと」


「……なるほど」


 一人で納得をしたルアンに、再びサラは違和感を持った。それも先ほどよりももっと強い違和感を。目の前のふたりだけが知っていて、自分だけが取り残されている、――それも自分のことなのに。


「ルアン様」


 サラは少し強い調子でルアンに声をかけた。その目には少々ルアンを非難するような力があったのかもしれない。見上げるサラの視線をまともに受けたルアンが、苦笑いとも、もしくは諦めともいえるような表情でため息を吐き出す。


「サラ……。うん、まあ、ちょっと待って。俺も半分偶然だと思ってたし、残りの半分だってほとんど疑ってたんだけどな」


「何がですか?」


 ちょっと頬を膨らまし不満げなサラに、ルアンはもう一度小さく息を吐き出した後でシモンの方を見返す。シモンは、その子は知らないのか? といった目でルアンの顔を見つめていた。そのシモンに念のため確かめるようにルアンが訊ねる。


「シモンさん、その赤毛の女性の話とサラとの関連は、もちろんリディルさんからの手紙に?」


「赤毛……?」


 突然赤毛の話がルアンの口からでて驚いたサラがポツリと呟き、自分の髪を無意識に触った。


「ええそうです、リディルからの手紙に書いてありました。半分は偶然だろうとね。でもサラさんの顔を見て、どこかで見かけたような気がしてたんです。で、ようやく思い出したという訳です」


「でも、オラシア大公妃を直接見たことのないシモンさんがどうして?」


「オラシア、大公妃?」


 初めて出てきた具体的な名前を聞いても、まったくサラには身に覚えもない。オラシア大公妃、とだけ口にして小首を傾げる。


「ああ、サラ、ごめんな。サラによく似た人というのは、多分オラシア大公妃といって、いまの大公様の正妃だった女性だよ。でも、どうして見たこともないのにシモンさんは……」


 後半は独り言のように小さな声になったルアン。そのルアンの疑問にシモンは微笑みながら答える。


「ルアンさん、その疑問はもっともなものですよ。私もそれが宮廷の片隅にひっそりと飾ってあったのなら気にもとめなかったでしょう。ですが――」


「あっ!」


 なにかに気づいたルアンが声をあげシモンの言葉を遮った。そして苦笑いじみた笑顔を見せる。


「……そうか、肖像画」


「さすが、よくお気づきになられましたね」


「似てますか、サラに」


「ええ、サラさんより少し髪が長ければもう生き写しですよ」


「そうですか……」


 納得した割にはどこか寂しそうな雰囲気を漂わせたルアンに、サラはその会話の意味をすぐに聞くことができなかった。


 △


「つまりね、サラ――」


 数分後、ルアンの口からサラに一連の話が伝えられた。まずはオラシア大公妃の説明から始まって、次に彼女の息子であるソフィリアス殿下のこと。次にふたりが赤毛であり、セレスティア公爵家の血筋の赤毛では彼らが有名であったこと。さらにはその二人がもう既にこの世の存在ではないことを、ルアンはサラに告げた。


 この話を実はエルドリカ家を出る前にリディルに聞いていた、と話すときのルアンはばつが悪そうに目を伏せ、「ごめん」と何度かサラに謝った。


 サラはそんなルアンに少し不満を覚えたものの、今までの恩を振り返れば小さな事とルアンを許した。それよりも気になったのはその赤毛の血筋のことで、実際に似ていると言われたオラシア大公妃や、もしかしたら自分の父親かもしれないソフィリアス殿下のことをもう少し聞きたかった。


「ルアン様、事情はわかりました。でも、もう少し聞きたいのですが――」


「いや、ホントにごめん。そのうち言おうと思ってたのは本当なんだよ、でも話す切っ掛けが……」


「いえルアン様、もうそれはいいです。ルアン様がわざと隠してた訳じゃないのはわかります。それより私が知りたいのは、本当に……その……ソフィリアス殿下? が、私と繋がっているかなんですけど……」


「ああ、そうだよね。それ、どうでしょうね、シモンさん。オラシア大公妃とサラが似ているからといって、サラとソフィリアス殿下まで繋げるのは強引でしょうか?」


 サラとルアン、ふたりの目が向けられたのを受け止めて、シモンは大きく深呼吸をした。その息を吐き出すと、おもむろに言葉を紡ぎ出す。


「そうですな、それこそがこの指輪の役目でしょうな。指輪、赤い髪、そしてサラさんの風貌、その三つをもとに公爵家が判断することになるでしょう。とはいえリディルが書いていたように、直接役所に行ったのでは白いものでも黒くなります。私と繋がりのある役人に明日聞いてみましょう、公爵家とも縁があるはずです。さあ、それよりももうすっかり夜になりました、今夜はごちそうを用意しますからゆっくりしてください」


 気がつけば窓からの景色はすっかりと夕暮れ時を過ぎていた。役所のツテのことでも世話になるのに夕食までも、とサラとルアンが恐縮するのを尻目に、シモンは「いいから、いいから」と使用人に食事の準備を指示したのだった。


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