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第39話 サラによく似た女性

 リディルの伯父にあたるシモン・ガルボの家は、邸宅と言ってもいいほどの大きさであった。石と漆喰でできている塀の向こうには、これまた立派な石造り二階建ての屋敷が見える。エルドリカ家も商家としては大きな家ではあったけれど、これを見る限りリディルの母親は良家の出なのだろうと想像出来る。


 ガルボ家の商売は両替商とリディルに聞いていた。基本的に銀がよく使われるセレスティアには、金と銀の両替商がいくつかある。そのなかの一つがガルボ家なのであるが、両替をしているだけではなく金融業にも事業を伸ばして役所との取引もあるらしい。


 そんなガルボ家の前で荷馬車を降りたふたりは、しばらく人の背丈よりも高い塀を見上げたあと、その門を叩いたのであった。


 △


「すごい家ですね」


 リディルの紹介状を使用人に渡すと、応接間で待つようにと二人は通された。様々な銀細工や木彫り、更には絵画が飾ってある部屋はゆうに十数人は入れるほどの広さで、先ほどからサラはキョロキョロと部屋の中を見回している。


「ああ、そうだな……。なあサラ、これ見てみろよ、セレスティアの意匠だ」


 対してルアンはセレスティアの意匠のついた銀細工の一つ一つを興味深げに覗き込み、その出来映えにため息を漏らしていた。


 やがて部屋に飾ってある工芸品の半分ほどを二人が見終わった頃、重い樫の扉が静かに開き、家の当主であろう中年男性が姿を現した。


「お待たせしました。あなたがルアン・イル・ジルさんですね、それからそちらがサラ・エルジェさん。私がシモン・ガルボ、リディルの伯父です、どうぞよろしく」


 シモンは工芸品を見ていたふたりの近くまで歩み寄り、ルアンとサラに握手を求めた。年齢は四十を半ば過ぎた頃だろうか、背丈はルアンよりも少々低く、頭髪には白いものが目立ち始めてた。しかしその声は朗々と部屋に響き、まさに脂ののりきった商売人という風体を醸し出している。


「突然の訪問、失礼致します。私はシェルムから来ております貿易商のルアン・イル・ジルです、それからこちらがサラ、お初にお目に掛かります」


 さっきまで子どものような目で銀細工を眺めていたルアンが、急に堂々とした挨拶をし出す姿にサラは一瞬戸惑ったものの、「サラ・エルジェです」と膝を折って挨拶をする。


「ええ、お二人のことはリディルから先日早馬の手紙が来ていました。紹介状を持った友人が行くのでよろしく、とね。あとはこのリディルの紹介状で大体把握しましたよ。今日は私が家にいてよかった、昨日は一日おりませんでしたからなあ。さあ、座って座って」


 シモンはサラの手を取るように部屋の真ん中へと導き、なにやらサラが見たこともない動物の毛皮が敷いてあるソファへと案内した。サラとルアンはお互いの顔を見合わせ、手紙を早馬で送ってくれたリディルの気遣いに感謝をする。


「ご主人。これは、虎ですね」


 サラの隣に座ったルアンが動物の毛皮を触りながらシモンに訊ねた。それを聞いたシモンは満面の笑みをルアンに見せながら大きく頷く。


「ええ、虎です、よくご存じで。ルアンさんのお国、シェルムには虎がいますか?」


「森の奥の方に入れば、いますね。私も一度だけ子どもの頃に遠くから見ました」


「ほう! 生きている虎を見たことがあるのですか!? どうですか、あの木彫りのような姿ですか?」


 シモンは先ほどまでルアンが見ていた工芸品の方を指さし、虎の姿をルアンに訊ねた。


「そうですね、あの木彫りの虎は少し可愛げがありますね。本物の虎は威厳があって、頭も口も大きくて……、まあ子どもでしたから父親の影に隠れてみてましたけど」


「なるほど、生で虎の姿をご覧になられたとは何と羨ましい」


 そう言ってシモンが羨ましそうに目を細め、しばらくルアンとシモンは虎の話から商売の話になるまで雑談を交わした。その間、部屋には使用人がお茶を淹れに入り、サラはそのお茶を飲みながらふたりの話に耳を傾ける。商売の話になるとよく分からない部分があったものの、サラは年配のシモンと対等に話をするルアンを、ある意味尊敬の眼差しで眺めたのだった。


「――いやあルアンさん、お若いのにあなたはリディルの紹介状にあった以上に立派な人だ。リディルに爪の垢でも飲ませてやりたいくらいだよ」


「いえいえ、リディルさんこそ本当によく気の回る方でしたよ。それに辛抱強い」


「ああ、そうですな。リディルは子どもの頃から辛抱強い男ではありましたな、ハハハ」


 サラはルアンの言った『辛抱強い』という部分の意味を理解し、セリアとリディルのことを思い出して思わず吹き出しそうになった。


「ああ、お嬢さん。いやサラさん、なにかリディルが面白いことをしましたかな?」


 シモンは吹き出しそうになったサラの表情を見て取り、柔和な笑顔でサラに問いかける。


「いえ、リディルさんはとても穏やかな方でした」


「うーん、どちらかといえば大人しい男ですからな。将来嫁の来手が無いかと思っておりましたが、なかなか美人のお嫁さんををもらってホッとしております、ハハハ」


 その美人の嫁に何度も首を絞められているところを見ているサラとルアンは、シモンの笑い声に微妙な笑顔で応えることしかできなかった。


 △ 


「で、本題ですがルアンさん、そしてサラさん。リディルからの手紙にある指輪の話、それがいまサラさんの首飾りについている指輪なのですな?」


 雑談も終わり、一杯目のお茶もぬるくなって来た頃、シモンはようやく本題を切り出してサラの首飾りに目を移した。サラは首の後ろに両手をまわし、外した首飾りごとシモンの方へと手渡した。


「リディルさんは、本物じゃないかと仰っていましたが……。本当でしょうか?」


「ほお、どれどれ」


 サラから受け取った首飾りを両手で広げ、その真ん中に通された銀の指輪をシモンは確認した。しばらく目に近づけたり遠ざけたりしながら指輪を眺めたシモンが、「失礼……」と言いながら拡大鏡を目に当てる。


「最近、歳のせいか近くのものが見えにくくなりましてな……。おお! これは」


 独り言のように呟きを続けながら「ふむふむ」と指輪の角度を変えるシモン。サラが不安げに隣に座るルアンを見上げると、ルアンは真剣な表情でシモンの様子を見つめていた。


 やがて見るべき部分を見終えたのか、フウッと息を吐き出しながらシモンが拡大鏡から目を離した。そして多少の興奮を残したその目でサラの顔を見つめる。


「うん、そうですな、おそらく本物でしょうな。私も公爵家に出入りしたことはありますが、本物の指輪に見えます。そして――」


 そこまで言ったシモンは、サラの顔から視線を外すことなく慎重に言葉を続けた。その言葉はサラにはまったく予想もしていないことだった。


「――そして、サラさん。私はあなたによく似た人を……、宮廷の中で見かけたことがあるのです」

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