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第30話 セリア

「ねえアンタ、誰なの?」


 セリアからの二度目の質問にも、サラの口はパクパクとむなしく動くだけで言葉が出てこない。『誰なの?』と言われたからには自分の名前を言えばいいのだろうか? いやそんなはずはない、とサラは自分で自分の考えを否定する。しかし他に何を言えばいいのだろう、他に言うべき言葉は……。


 迷っているサラの目と、射すくめるようなセリアの目が合った。セリアの茶褐色の瞳に押されるように椅子から立ち上がり、結局サラは消え入りそうな声で自分の名前を口に出す。


「は、はじめまして。私は……サラといいます」


 軽く膝を折ってお辞儀をするサラを訝しげな目で見たセリアは、「ふーん」と少し不満げな声を上げクルリと後ろを振り返った。うなじのところで束ねた綺麗なブロンズの髪がふわりと揺れるのが見え、思わずサラは自分の赤みがかった髪を触ってしまう。


「で、兄貴。このサラっていう子、誰なの? お客さん?」


 セリアがスピルスに尋ねると、スピルスは苦笑いを浮かべながらルアンの方をチラリと確かめる。その行動に小首を傾げたセリアは、今度はルアンに質問をした。


「ねえルアン、この子、ルアンの知り合いなの? そういえばさっきなんかこの子に言ってたよね」


「ああ、まあ。俺の……連れ」


 セリアから視線を外し、なぜか耳の穴を掻きながら小さな声で答えるルアン。


「ふーん、連れ……。え、連れっ!?」


 形のいいセリアの茶褐色の瞳がガッと広がり、甲高い声が調合室に響く。


「ちょっ、連れってどういうことよルアン!! ああそうか、誰かお客さんの娘さんとかね! で、今日は一緒にウチに来たっていうことでしょ? えっと、サラちゃんだっけ、よろしくね。アタシはセリア、この店の看板娘」


 サラの方を振り返り軽くウインクをしながら挨拶をするセリアに、サラは微妙な笑顔で首を傾げることしか出来ない。


「セリア……、違うって」


 今度は重々しく低い声で、兄のスピルスがセリアの言うことを否定した。ルアンはスピルスが事態の説明をしてくれるものだとすっかり安心し、ふうっと小さく息を吐き出す。


「なにが違うの兄貴」


「お前は嫁に行ったんだから、もうウチの看板娘じゃねえだろ」


「そっちかよ!!」


 思わず椅子から立ち上がったルアンはスピルスを睨みつけ、黒髪を掻きながら大きなため息をついた。


「セリア。その子は……、サラはアデリーの子なんだ」


「ふーん」


 セリアが三たび振り返り、サラの姿を確認する。


「で、ジェリエラの信徒でさあ。セリアもジェリエラは知ってるだろ?」


「まあ、ね。あんまりよく知らないけど」


「……でさあ、俺と一緒に旅をしてる」


「ふーん、そうなんだ。ルアンと一緒に旅をして……、はあ!?」


 ポカンと口を開けたセリアが、ルアン、サラ、そしてスピルスの順番で一人ずつ顔を確認し、一周してルアンに戻る。


「ちょ、ちょ、ちょっとルアン! 一緒に旅をしてるって、どこから!?」


「まあ……、一応アデリーから」


 視線を外したままのルアンを凝視しながら続けて問うセリア。


「二人で?」


「うん、二人で」

 

「そう、二人で……、ふーん二人で……。って、はあああああ!?」


 『二人で』の意味を確認したセリアの大声が調合室に響き渡り、思わずサラは両手で耳を塞いだのだった。


 △


「ねえルアン、アンタ実は幼女趣味だったの?」


 ジトッとした目のセリアがルアンに言う。


「いやだから、サラはもう十八だってば」


「ふーん、ホント? 十八?」


 目の前のセリアにそう確かめられ、サラはブンブンと小さな顔を縦に振った。そんな様子を眺めながらニヤニヤと笑うスピリス。


 ひとしきり大声を出したセリアを囲んで、調合室でのお茶会は再開していた。サラからしてみるとテーブルを囲んでいる他の三人は立派な大人で、しかも全員自分よりもかなり背が高い。座っていても大人の中に子どもが混ざっている感覚は否めず、『幼女趣味』などと言ったセリアの気持ちも分かる。それにセリアとスピルスとルアンは子どもの頃から見知っている幼馴染みみたいな様子、そこにすんなりと割って入れるような性格のサラではなかった。


「あ~あ、またこっぴどくルアンに振られたよ。出戻って来て最高の機会にルアンが来たと思ったんだけどなあ」


 長い両手を頭の後ろに組んで、セリアが恨めしそうにルアンを見た。そんなセリアに兄のスピルスが苦言を言い放つ。


「おいセリア、『出戻った出戻った』って、もう俺は嫌だぞ。今度の原因だってお前の我が儘だろう? 優しくていい婿さんじゃないか、リディルは。何が気に食わないんだ?」


 スピルスの言い方を聞くと、どうやらセリアの出戻りは今回が初めてではない様子。ルアンはあまり興味が無さそうにしているけれど、本当は興味があるのを敢えて抑えているようにサラの目には映る。


「あ? ああ、まあね。リディルはいい旦那だとは思うけどさ、アタシより弱いんだもん」


「弱いってお前、夫婦喧嘩で勝った方が家を出るっておかしいだろ?」


「おかしいよね~。でもあそこはリディルの家だしさあ、アタシが居座るのもおかしいかなと思って!」


 セリアは事もなげにそう言うと、茶菓子に出ていたクッキーをパクリと食べる。そんな妹の様子を見たスピルスは力なく首を振り、なんとも言えない表情でルアンの方を向いた。


「な、ルアン。お前が嫁さんに貰ってくれなかったからこの始末だよ。まったく誰に似たんだか」


「死んだ母さんじゃないの?」


 と、クッキーを頬張りながら兄の嘆きを流し去る妹。


「セリア! 少なくとも母さんは何度も出戻ったりしなかった!!」


 兄弟も姉妹もいないサラは、当然兄妹喧嘩などしたこともなく、母親に不満を垂れることはあっても親子喧嘩さえしたことがない。そんなサラの目の前でいい大人の二人が言い合っている姿を見ても、サラにはどうしていいのやら分からなかった。助けを求めるようにルアンの方を見てみると、ルアンはルアンで黒髪を掻きながらスピルスとセリアの兄妹を見比べている。


「おい、ルアンもなんとか言ってくれよ」


 顎をしゃくるようにスピルスがルアンに話を向けると、ルアンも同じように顎をしゃくって応える。


「……俺がセリアに何を言えばいいんですか?」


「しょうがないから俺が嫁に貰ってやる、ってルアンがアタシに言ってくれたらぜ~んぶ綺麗に解決するけど?」


 二枚目のクッキーに手を伸ばしながらそんな台詞を吐き、ニヤッとセリアがサラの方を見た。サラは思わず息をのんで膝の上の両手をギュッと握ってしまう。


「あのなあセリア……」


「ハハ、冗談冗談。ねえルアン、今日は泊まっていくんでしょ? 昔みたいに一緒にお風呂に入る?」


「セリア!!」


「アハハハ、やっぱルアンをからかうのは楽しいわ。じゃあルアン達の分もご飯作らなきゃいけないし、もう一回買い物に行ってくる」


 そう言い残して再び店先の方へと向かうセリアを見て、スピルスとルアンは同時に大きなため息をつき、そしてサラは真っ赤な顔でルアンの方をチラチラと確認するのであった。

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