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幕間 <セレスティア公国>

「どうなのじゃ、まだ見つからぬのか?」


 テルム王国から見て大陸の南西の端。セレスティア公国の第二宮殿、つまり公太子宮の一室に冷たくも厳しい女性の声が響いた。声の主はセレスティア公国の公太子妃エメイラ。その脇には締まりなく肥えた傲慢そうな中年男性が、紫紺のソファに体を沈めている。


「はっ! 指輪は見つかりませんでしたが……。ある噂を仕入れて参りました、公太子殿下」


 二人の前で跪きながら太った中年をチラリと見たこの男。痩せた長身でひげ面、北方訛りの大陸公用語を話す男は、あのマリクその人だった。しかしここではマリクと名乗ってはいない。


「ほう、ラグゼル。ある噂か? そなたは噂を聞かせては我らから金を取るのか? いい商売だな」


「いえ、滅相もございませんマルセルム殿下。噂ですので決してお代金を頂こうなどとは……」


 マリクは声の主である男、マルセルム公太子の方をもう一度チラリと窺いつつ言葉を続けた。


「次期国公におかせられます公太子殿下、そして妃殿下のお耳にいち早くお知らせいたしたくこのラグゼル、アデリーより早馬で参りました。なにしろマルセルム殿下直々のご下命、このラグゼルの目は殿下の目、このラグゼルの耳は殿下の耳と――」


 うやうやしく頭を下げ、疲れ果てた表情を伴いながらもいけしゃあしゃあとマリクはウソをついた。アデリーを出たのは一週間も前、早馬などではなく悠々と馬車でセレスティアに来ている。


「もう講釈などよい、してなんじゃ? そちの仕入れてきたその噂とは!」


 少々苛立ったのか、エメイラは甲高い声でマリクに迫る。マリクは「はっ」と恐縮したように声を出し、ひげ面を下に向けながらもその頬をニヤリとつり上げる。


「申し訳ございません妃殿下。このラグゼル、ご下命の指輪を見つけるには至りませんでしたが、例の踊り子らしき女の消息をつかんで参りました」


「それを早く言わぬか!」


「失礼致しました! 申し訳ございません」


 深々と頭を下げるマリクの顔には冷笑にも似た表情がうかがえる。しかしその顔を正面に上げたその時には、忠実な情報屋としてのラグゼルの顔に戻っていた。


「して、どうじゃ。その女はどこにおる? 指輪の行方は?」


 エメイラとは違って公太子であるマルセルムは、必要以上に鷹揚を装ってマリクに下問する。しかしマリクの見立てでは、その顔色は興味津々といったところだ。 


「殿下。殿下におかせられましては、あのような女の消息をお耳にするのは汚らしき音の外れた琵琶の音色にも似て――」


「よいから早く申せ」


「は! しかれば僭越ながら申し上げますと、例の手紙にあった踊り子らしき女は既に今から三月ほど前、冥界の門を叩いたとのことでございます」


「なにっ! 死んだと申すのか!?」


「御意にございます」


 マリクは三たび頭を下げ、這いつくばるようにして答えた。きっちりと三秒数えたあとで顔をあげると、そこには人が死んだという報告を心の底から喜ぶような男女の顔があった。ニヤリと目尻と眉がさがり、逆に片方の唇だけが上がって満足そうに微笑んでいる。これ以上その表情を見続けるとはらわたが煮えくり返りそうになったマリクは、自らの仮面をもう一度被るために下を向く。


「ラグゼル、その噂、信じて良いのか? どうじゃ」


「妃殿下、このラグゼルめが調査致しましたところ、おそらく九分九厘事実かと存じます」


「よし、よくやったラグゼル。銀貨をやろう」


 満足そうな声をしたマルセルムは、控え室に褒美としての銀貨を準備するように指示を出そうとした。――ところが。


「恐れ入りますがお待ちください公太子殿下。ここまでは九分九厘事実として殿下のお耳にお伝え致したく馳せ参じましたが、これより先が噂でございます。過分にしてご褒美を頂戴するのは恐悦至極に存じますが、この先の噂の部分をお耳に入れて頂きたくこのラグゼル、アデリーより早馬で――」


「ええい、早く申せ、その噂とやらを!」


 ついにマルセルムはソファーから立ち上がり、ラグゼルことマリクを一喝した。マリクは渇に打たれて平伏したように装いながらも、相手の感情を乱したことに満足をする。


「はっ! それでは殿下のお耳を汚すことをお許しください。このラグゼルがアデリーで仕入れてきた情報によりますと、死んだ踊り子の女には歳の頃なら二十歳前の娘がいたとのことでございます」


「なにい、娘が!」


「はい殿下。死んだ踊り子をよく知る近所の者に確かめたところ、その娘、髪は赤く、目の色は鳶色、体の線が細く美人であった。――とのこと」


 マリクは近所の者などとウソをつき、自分が見たサラの印象を公太子に伝える。しかも意味ありげに髪の色と瞳の色の部分をゆっくりとした調子で、確実に夫妻の耳に届くように。


 報告を終えたマリクは公太子夫妻からわざと視線を外し、また三秒を数えて正面を向いた。そこには先ほどのニタリとした人の不幸を喜ぶような顔をした男女はおらず、不安とも怒りとも言える苛立ちを隠しきれない二人がいた。


 その公太子夫妻の顔を確認したマリクは再び平伏し、次の下知を待つ姿勢をとる。胸の底から湧き上がる興奮を体から出さぬようにマリクは苦労したものの、なんとか部屋の沈黙に耐えた。


「ラグゼル……、その娘の話は本当か?」


 長い長い沈黙の後、マリクの頭の上からマルセルムの声が響いた。


「はっ! 娘の存在自体は確実であると思われます。容姿に関しましては噂ゆえ何とも申し上げにくい部分ではございます。特に美人かどうかなどとは、次期国公殿下と妃殿下の御前で申し上げるべきではないかと存じましたが、逐一ご報告申し上げるのがよろしいかと存じましてこのラグゼルめが――」


「髪の色は赤いのか?」


 マリクの長たらしい話を遮ってマルセルムの声が響く。『かかった』と内心マリクはほくそ笑む。


「目の色が鳶色とは誰が言っておったのじゃ!」


 つづいてエメイラの声がマリクに届く。


「はい、髪と色と目の色、それから体の容姿に関しましては踊り子母娘が住んでいたと申しております近所の老婆が……」


「住んでいた、じゃと? ではその娘も死んだのか!?」


 心の底から人の死を期待する公太子妃の台詞に、マリクの心はいっそう凍る。


「いえ妃殿下、母親が疫病で死んだ後に娘はいなくなった、と老婆は申しておりました。どこかに旅に出ると言っておった様子でございます、確か……南の方へと向かうとか」


 マリクは雇った物見にサラ達の行動を報告させていた。アデリーを出て一週間、今頃はここから見て東のトキナーあたりで山越えをしているところだろうと想像をしながら公太子に言う。案の定『南の方』、という方角を聞いた公太子の頬がゆがんだ。


「ではラグゼルよ。例の指輪はその娘の手元にあるのではないかと、お主は申すのじゃな」


「ははっ! 御意にございます。さすがは公太子殿下、このラグゼルめが申し上げるまえにご高察いただき有り難き幸せ」


 平伏するマリクの前で夫妻はため息とともにソファに座り直し、やがて極めて面白く無さそうな公太子の声が部屋に響いた。


「ラグゼル……、今日の噂の分は銀貨で褒美を渡す。よいか? 指輪と娘の行方、必ず見つけ出せ。いかなる手段を使っても構わん、指輪を闇に葬り去れ。それと、その娘も……」


「娘も……、でございますか? 次期国公殿下」


「くどいぞラグゼル、二度は言わぬ。報償は十二分につかわす」


「はっ! 御意にございます」


 

 △


 その長身をかがめるようにして部屋から退出したマリクは、馬車に乗るまでは無言を貫いた。しかしその心の中は興奮と、怒りと、そして期待が三つ巴に交錯した複雑な感情が渦巻いていた。


「宿へ戻ってくれ」


 言葉数少なく御者へと行き先を伝えたマリクが馬車に乗り込むと、夕暮れ迫る公太子宮の前庭をガラガラと馬車は進みだした。


「赤い髪、鳶色の目、まあ美人なことはどうでもいい。ふふっ、やはりそうか、俺は運が良い。あの娘と指輪、さて、俺が手引きをしてやらないとセレスティアには来んかな、それとも運命があの娘をセレスティアに呼ぶか……。どちらにしてもいい、俺様の復讐は、俺様の手で!」


 夕日の差し込む馬車の中マリクは右手を握りしめ、冷たい微笑みを見せたのだった。

読者の皆様、いつもお読み頂きましてありがとうございます。


ここまでで物語の半分程度まで進みました、後半もお付き合い頂ければ幸いです。


まだ20話ほどのストックはありますが、どこかで毎日更新できなくなるような気が致しますので、ブクマ等していただければ有り難いです。

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