第25話 銀の指輪
「――こんなことを聞いては失礼だけど、サラさんはセレスティア公爵家の関係の人なの?」
「え……?」
老婦人の質問とも疑問とも言えるような口ぶりに、サラは小さく口を開けて間の抜けた返事をした。サラにとってはセレスティア公国などという名前は、聞いたことがあるような無いような国の名前。たとえ耳にしていたことがあったとしても全くもって自分には関係が無い。そんな国の関係者かと尋ねられても、どんな返事をすればいいのかサラにはわからなかった。
「いえね、サラさん。ちょっとその首飾りを見せて欲しいのよ、私もさっきチラッと見て、アラッ? と思っただけだから」
「は、はあ……」
サラは隣のルアンを少し見てから首飾りを頭から抜き、老婦人の手に渡した。いつものようにその鎖の先に通してあるのは銀の指輪だ。
ルアンはルアンで事の成り行きに戸惑っている。その頭の中ではセレスティア公国の位置や概要を思い出しながら、それが何か自分の過去に引っかかっている微妙な感じをもどかしく感じていた。
「ねえあなた、この指輪の紋章、左でしょ? セレスティア公爵家の紋章だと思わない?」
「ああ……、確かにこの小鳥の向かい合った紋章はセレスティアで見る紋章じゃな。見たところ銀でできておるし――、おお、左じゃのう!」
老夫婦がその手の中で指輪の紋章について話し合っていた時だった、ルアンの頭の中に昔の記憶が蘇った。それはもう十年以上も前、父と商売の旅に出ていたルアンは、セレスティア公国に寄ったことがあったのだ。サラの指輪の紋章を見たときに感じた既視感は、その時に見たセレスティア公国の記憶だった。
「あっ、あああ!! 思い出した、セレスティア公国! 俺は昔に行ったことがある!」
突然椅子をガタンと鳴らし、叫ぶように大声を出したルアンを他の三人が驚いたように見あげる。
「そう、銀、銀ですよ! 大抵のところは金貨で支払いがあるのにセレスティアではそれと同額の銀貨で支払いがあった。その時俺は父親に聞いたんです、『どうしてここは銀貨でくれるの?』って。そしたら――」
「セレスティアは銀が豊富に出るんじゃ」
「そうそう、それです! 今ご主人が言ったことと同じことを親父も言いました!」
ルアンは懐かしさのあまり嬉しくなって、老紳士の手を取らんばかりに身を乗り出す。
「その時に見たんです、この紋章と同じものを。二羽の小鳥が向かい合っていて、子ども心に可愛い絵柄だなあって思ったんですよ。そうか、セレスティア公国で見たのか……」
自分の中にあったモヤモヤとした引っかかりが取れたように、ルアンは爽快な気分になった。父親と巡ったセレスティアの街を思い出して、少し遠い目で物思いに耽る。
セレスティア公国は大陸の南西、つまり今から行こうとしている方角から少し西にある。ガリエステ半島の付け根のあたりで海に面しており、漁業にくわえて温暖な気候と斜面を利用して柑橘類の栽培も盛んだ。しかし何といっても領内に銀の鉱山を有していて、セレスティアは銀の国として成り立っていた。領土は小さいものの、その領土の狭さ故に銀の産出で公国内は裕福に暮らせている面もあり、比較的高い香料や薬草が結構売れたことをルアンは記憶していた。
「それで、やっぱりお嬢さんはセレスティア公爵家にお知り合いでもいらっしゃるの?」
話が見えてきたところで、老婦人が銀の指輪の部分とサラを見比べながらもう一度同じ話を持ち出した。サラはセレスティア公国についてルアンほどにも知識がなく、銀の国だということも知らず、肩をすくめて首を横に振るしかない。
「いえ、まったく……」
「あらそう……、でもこれはセレスティア公爵家のものに違いないのよねえ。ねえあなた、あなたもそう思うでしょう?」
老婦人は首飾りをもう一度夫の方へと差し出して、自分の推測が正しいことを尋ねる。老紳士も指輪の部分を目に近づけたり、逆に離したりしながらその紋章をもう一度確認し、「間違いないのう……」と頷きながらサラの手へと返した。
「お爺さま、これは私の母の形見なのですが、偽物ということはないのでしょうか? 私の母はセレスティア公国の話などしたこともありませんよ。見たところどこにでもあるような銀の指輪ですけど」
今度はサラが指輪と老夫婦を見比べるようにして疑問を口にする。
「いやサラさん、まず偽物ということはないじゃろう。この紋章はセレスティア公爵家の紋章、下手に偽造をすればクビが飛びます、いや冗談ではなくセレスティアの法律では悪質な場合は死罪なのじゃ。なにしろ公爵家の名誉にかかわることですからのう」
「まあ、死罪……」
死罪という言葉にサラは身を硬くし、ルアンはその目を細める。
「でもご主人、自分は確かにセレスティアの中でその紋章を各所で見ましたよ。それこそ絵皿でも染め物でも」
「うむ、それは右の小鳥が枝を咥えた紋章じゃったのではないかな? それは広くセレスティアの国章として使われておる。しかしこのお嬢さんのものは左じゃ、左の小鳥が枝を咥えておる。これはセレスティア公爵家の紋章、これを偽造すれば間違いなく罪なのじゃ。しかも銀の指輪、つまりは銀の国セレスティアの象徴、これを偽造したとすれば死罪は免れないじゃろうのう」
「偽造すれば、死罪……。でも、どうしてそれがサラのお母さんに? サラ、これはお母さんのものじゃないって言ったよね。俺が見ても確かに女の人の指には大きいと思ったんだ、となれば男物。サラのお母さんは誰かに貰った、と」
ここまで口にしてルアンが話を止め、サラの顔をゆっくりと見た。ルアンの頭は一つの仮説、それも至って直感的な仮説を思いついたのであるが、それを言うべきかどうかサラの顔色をみて迷った。そのサラも実は同じ仮説を思いついていたのであるけれど、あまりにも荒唐無稽に思える話で口にすることもできない。
二人が黙ったまま見つめ合って数秒、おかしな雰囲気に風穴を開けたのはまたもや老婦人だった。
「まあまあお若い二人が見つめ合って、なんだか羨ましいですねえ、あなた」
「なっ、いえそんなんじゃないですって! ねえサラ、お母さんは誰かから貰ったんじゃないのかなあ、多分、というか、やっぱり」
「え? ええ……、そうかなって、思うところもありますけど」
また沈黙に戻りそうな雰囲気を察して、ルアンはサラが話しやすいように水を向ける。
「サラが思ってることは、俺の思ってることと同じだと思う」
「やっぱり、そうでしょうか?」
「だってさあ、サラのお母さんが大事にする男物の指輪っていったら、他にある?」
「そう……ですよね」
「じゃあ、一緒に言うよ」
「はい……」
そして、二人が息を合わせて言った人物は、案の定同じだった。




