第24話 ジェリエラの真実
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「なるほど、『外の世界を見る』ですか……。それはいいかも知れませんなあ」
老紳士はルアンの話を聞き、鷹揚に頷きながらパイプを燻らせた。隣ではサラの着ている絹の服の話から、女性二人は裁縫の話題に移って盛り上がっている。
「ええ、自分もそう思いましてこの子をアデリーから連れ出したのですが、アデリーよりも周辺の田舎の方が差別が酷かったですよ。しかしこの辺りまで来てみると、それが全然違うものですね」
「そうじゃな、この辺りは今でこそテルム王国の領土じゃが、元々は自治領じゃったからな。文化も風土も多少は違う」
「はあ、それでですか」
ルアンは老紳士の話を聞き、大きく頷いた。
老夫婦を相手にした夕食は和やかに進み、四人は食後のお茶を楽しんでいる。さすがにサラが妓館で働いていたり、それをルアンが身請けをした、などという部分は伏せたけれど、『ジェリスであるサラに外の世界を見せたいから、アデリーから連れ出した』という話を老夫婦には明かした。老夫婦はコズムという都市国家から湯治に行く途中だといい、この周辺の諸国家の歴史や文化についてはルアンやサラよりもよく知っていた。
特にジェリエラ教の信徒、つまりジェリスの歴史に至ってもサラよりも詳しい程で、いまもその話をルアンにしている途中だった。
「昔々、大陸が統一国家だった時代、ジェリエラ教は迫害などされておらんかったらしい。これは私が例の少年に助けられてから真剣に調べてみた結果なんじゃがね」
「そうですか……、それじゃあなぜ今は迫害を?」
「巷に流れる話ではテルム王国の開祖、ニルデ王を裏切って毒殺した重臣がジェリエラ教の信徒だったと言われておって、それで迫害が始まったと伝わっておる話じゃが……、まあ大方嘘じゃろうのう」
遠い目をした老紳士はそう言って、パイプの煙を小さく揺らした。
「え? そうなのですか。私はいろんな人からその話を聞いて、ジェリエラの信徒がなぜ王を裏切って、そして毒で殺めたりしたのだろうと思っておりました」
裁縫の話が一段落していたのだろうか、いつの間にか老紳士の話をサラも聞いていて、自分の聞いていた話が嘘と言われて驚いている。
「うむ、サラさん。テルム王国の開祖ニルデ王は英雄ではあったが、開祖ゆえに苦労を重ねた人物じゃった。当時は戦乱を経てテルム王国は出来たばかり、民は疲弊しており重税を掛けるわけにはいかぬ。しかし出来たばかりとはいえ国には金が掛かる、なにしろ自分が興した国じゃからな、なんとかしたいのは人情じゃ。そこで目をつけたのが……鉱山じゃった」
「鉱山、ですか? ……あっ」
サラが何かに気づいた様子で声をあげる。
「なに? サラ」
「えっと、ジェリエラの教えでは聖地が幾つかあります。その中でも最も有名な場所がアデリーの東にあるのですが、そこにはテルムでも一番大きな鉱山が……」
「そう! ティルミネ鉱山、今では産出量も随分と減ってしまったが金が出る。二百年前、ニルデ王が活躍した時期には金の採掘は最盛期だったらしいんじゃ。ところがそこはジェリエラの聖地でありジェリエラの人々の一種の自治領みたいなもんじゃった。ニルデ王としてみればその鉱山が欲しい、できれば直轄にしたい、ところがテルム王国の建国にはジェリエラの人々も一緒に戦った。もちろんジェリエラをまとめる重臣もジェリエラの人間だ、力ずくで鉱山を奪うのは信義にもとる。さて、どうする?」
老紳士は若い二人を試すように質問をする。ルアンは目を細めて考え込み、そしてサラは隣のルアンの顔を覗き込むようにして首を傾げた。
「ただでよこせ、って言っても、無理でしょうねえ。となると、何かを引き換えに鉱山を直轄地にするような取引をする。そんなところが常識的な範囲と思いますが……」
自分の考えを頭で纏め、そう言ったルアンではあるものの確信はない。目の前では老紳士がニコニコと微笑みながら、生徒の回答を聞いた先生のようにウンウンと頷いていた。
「そうじゃな、これは推測じゃが恐らく最初、王はそうしたことと思う。ところがその交渉は決裂した、なにしろ聖地じゃからな、いくら王の命令とはいえそう簡単には応じられんし、引き換えの領土があまりにも寒村ではジェリエラの人々も怒りが沸いたじゃろう。重臣とて領民の手前、おいそれとは交渉には乗れぬはずじゃ。で、ここからが歴史の闇なんじゃが歴史書ではジェリエラの重臣、サリドゥがニルデ王を自邸に招いて接待したとある、そしてそこで謀反を起こし恩知らずにも毒殺したと。しかしどう考えてもおかしいじゃろう? なぜ王が重臣の館を訪れて接待をされる必要がある? 恐らくは逆、ニルデ王の側が重臣を居館に招いたのじゃ、引き換えの領土を良い場所に変更しようとか何とか理由をつけて。そしてそこで王家は重臣を毒殺しようとした……」
「毒殺……?」
ルアンの表情が一瞬曇る。
そこまで喋った老紳士は喉が渇いたのか茶をすすり、若い二人を眺める。話に引き込まれていたルアンは続きを催促するように身を乗り出し、予想外の物語に驚いたサラは大きく開けた口を手で覆っていた。
二人とも話の続きがいつ語られるのかと待っていると、意外にも口を開いたのは老婦人の方だった。疑わしげな表情で自分の夫を見る。
「あなた、その話何度か聞きましたけど、本当なんですか? お二人とも信じられます?」
「何を言っとる。重臣がニルデ王を毒殺する理由よりも、王家が重臣を毒殺する方が理由付けが大きいじゃろう?」
ここまでの話を聞いて、ルアンは確かに老紳士の意見に賛同をした。ニルデ王としては建国も終わり邪魔になったジェリエラの重臣がいなくなれば、鉱山のことも手に入れやすくなるだろう。一見して跡が残らぬような毒殺の方法をとれば、王の館で重臣は急死したと発表もできる。
――しかし、しかしだ。
「それでもご主人、歴史的事実としてニルデ王は死んだのでしょう? なぜ毒殺しようとしたニルデ王が死んだのですか?」
「そうですお爺さま! 私が知っているお話ではニルデ王が毒殺されて、その臣下はニルデ王の息子である二代目の王に敵討ちをされたと聞いています。ニルデ王は死んだのですよ」
ルアンとサラが同時に同じような疑問を呈した。それに対し、またなぜか嬉しそうに老紳士はウンウンと頷いている。
「そう、お二人が言うように事実としてニルデ王は死んだ。そして重臣であるサリドゥも死んだ、ニルデ王の息子であるカルテスに敵討ちをされてな……。そして第二代の王カルテスは、サリドゥを失ったジェリエラ教の勢力を排除し念願の鉱山を直轄地にした。さらにはテルム王国の裏切り者としてジェリエラ教を迫害対象に貶め、国内の不満分子の憂さ晴らしの矛先とした。この歴史を振り返れば、一連の事件で誰が一番得をしたかが見えてくるじゃろう?」
「ご主人、まさか……、まさかご主人は」
ルアンはそれだけを言って二の句が継げない。サラに至っては鳶色の瞳を大きく開けて、信じられないというようにだた横に首を振るだけだ。
「そうなんですよ、お二人とも。この人は全部第二代の王、カルテスが裏で画策した事件だって言うんです。信じられます? 父親と重臣を一緒に葬って自分がのし上がるようなお話、ほっほっほ」
これだけ衝撃的な内容だというのに、老婦人は何回も夫から聞いて飽きもしているのだろう、この場に似つかわしくない笑い声を出していた。
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「しかし驚きました、たしかにご主人の推察は納得させられます。重臣には都合のいい取引条件を出して王家の居館へとおびき寄せ、父親であるニルデ王には重臣から話があるからと言って一緒のテーブルにつかせる。同時に二人を抹殺して重臣には裏切りの罪を着せ、そして自分は父親の仇討ちをした栄誉をもらう。さらには鉱山まで直轄地にできれば国家の財政も潤う、第二代の王がそこまで考えても不思議ではありません。その後は――」
と、ルアンはそのあとの残務処理を想像し、それが歴史上何度も繰り返されてきたことだと思い返していた。
「そう、一人の英雄が国を興せば、その後いらなくなった臣下は次の王には疎んじられる。二代目の王カルテスはテルム王国を安定させ、国力を大きく伸ばした王ではあったのじゃが、初代ニルデ王の臣下を次々と排除していった。もしかすると、カルテスに対して父殺しの疑惑を抱いた臣下を探っていたのかもしれんのう。まあいずれにしても、遠い昔のことで真相は闇の中じゃ」
ふうっ、とため息をついて老紳士は煙を吐き出し、吸っていたパイプの灰をポンポンと灰皿へとたたき落とした。
「この話、いつかジェリエラの信徒さんにお話ししようと思っておったのじゃよ。歴史は勝ったものが常に正しいとは限りませんぞ、今は苦しいジェリエラの信徒さんにも未来はありますのじゃ、ハッハッハ」
老紳士の笑い声で興味深い話は終わった。
食後のお茶も冷め、今宵の楽しい食事ももう終わりかとルアンもサラも少々寂しく思ったとき、老婦人が思わぬことをサラに話し始めた。
「ねえサラさん、私、さっきから気になってるのよ。サラさんが胸にしている首飾り、ちょっとよく見せて頂きたいの。さっきお茶をいれて頂いたときにチラッと近くで見たんだけど、その首飾りに通してある指輪の紋様、もしかしてセレスティア公国の紋様よねえ。こんなことを聞いては失礼だけど、サラさんはセレスティア公爵家の関係の人なの?」




