第23話 老夫婦
一旦宿に戻り荷物を置いた二人は、『最後の晩餐』などとルアンが表現した夕食へと出かけた。
早速サラは先ほど買ったシルクの服に着替え、少し恥ずかしそうにルアンに手を引かれて歩いている。母親の形見でもある首飾りを胸に垂らし、シルクの服を身にまとっているサラは、古着屋の女店主が言っていたようにとてもよく似合っていた。
「やっぱり俺が選ぶのと全然違うな、男じゃ駄目だよ」
ルアンは隣のサラを見ながら、自嘲気味に頭の黒髪を掻く。
「こ、これは絹で出来てますし、いい服ですから誰が着たって似合います。あの……なんていうか、そう! 馬子にも衣装ってやつです!」
着慣れない服を着て恥ずかしいサラは、頬を赤くしてルアンに言い返した。
「そうか……、アデリーで買った服じゃ馬子にも衣装にならなかったか……。そうだよな、俺が勝手に選んだんだからな」
本当はそれほど落ち込んでいないにも関わらず、ルアンはわざとらしく落ち込んだように言ってサラをからかった。するとサラは、今度は顔全体を真っ赤にして背伸びをするような姿勢でルアンに反論する。
「あ、あの羊毛の服はあれはあれで気に入ってました! もう、からかわないでください、ルアン様の意地悪!」
口をツンと突き出して、プイッと明後日の方を向く赤みがかった髪を、「ごめんごめん」と笑いながらルアンが撫でる。ルアンは、本当に自分は素直じゃないなと思いながら、隣を歩くサラの小さな肩を引き寄せたのだった。
◇ ◇ ◇
ここトキナーの街もアデリーと同様に城塞都市で石畳の街並み。基本的には街の中の建物は石造りで堅牢にできている。ただし同じテルム王国ながら荷馬車で一週間以上の距離が離れているので、人の気質が多少違う。
先ほどの古着屋の女店主にみられたように、ここまで南に来るとジェリスの人々を不当に差別する空気は見られなかった。かといってこの辺りの街や村がみんなが平等な楽園かといえば当然そんなこともなく、ただジェリスの住民がほとんどいないから気にもとめない、というのがその実態なのかも知れない。
先ほど痴話ゲンカに似たような犬も喰わない言い争いをした二人は、適当な店を選んで夕食をとることにした。カランカランと鈴の音を響かせて居酒屋のような大衆酒場に入ると、中には既に十人以上の客が入っていて結構な賑わいだ。
「お客さん、お二人?」
若い、といってもルアンと同じくらいの男の店員が近寄ってきて、サラのことを気にとめるでもなくテーブルに案内する。そこは四~五人掛けくらいの丸テーブルで、まだ誰も座っていなかった。
サラとルアンが丸テーブルに着くとすぐに店の鈴の音がまた鳴る。入り口の方をサラが振り向くと次に入って来た客は老夫婦で、先ほどの店員がこの丸テーブルへと二人を案内するところだった。
長年アデリーの街で暮らしていたサラは、相席の食事に一瞬緊張をする。ここ数日ひどい扱いは受けていないとはいえ自分はジェリエラの信徒だ、もしかしたら老夫婦に相席を拒絶されるかもしれない。そんなことを考えながら向かいの席に老夫婦が座るのを見ていたサラに向かって、夫と思われる老紳士が声を掛けてきた。
「こんばんは。おやおや、可愛いお嬢さんですね。あなたがた、お若いですがご夫婦ですか?」
「えっ?」
「……え」
まさかの老紳士の挨拶に、サラもルアンも時が止まったように身体を凍らせ、その後ゆっくりとお互いの顔を見合わせた。ルアンの漆黒の瞳も、サラの鳶色の目も、うろたえたように激しく揺れている。
その仕草を見てとった老婦人が隣から声を挟む。
「ほっほっほ、あなた。失礼ですよ、まだ若い恋人同士ですねえ。ご旅行ですか?」
「え、ええ、まあそんなところです。相席、失礼します」
ルアンはなんと返事をしていいかわからずに、ぎこちなく頭を下げて老夫婦の方を見る。老夫婦はルアンの見たところで六十歳を過ぎているだろうか、ここよりも南方の訛りが入っている言葉を喋っていた。
店員にひとしきり料理と飲み物を頼んだ頃を見計らったのか、老婦人がルアンに訊ねてきた。
「お二人はどちらへ行かれるの? 特にあなたの方は異国の方ですよねえ。まあ私たちもここでは異国人ですが、ほっほっほ」
「ええ、自分はシェルムから商売で来ています」
「まあシェルム、遠いところですねえ、名前しか聞いたことがない国です。それじゃあシェルムにお帰りの途中?」
「そうですね……、いろいろあって、ちょっと二人で」
言いにくそうにルアンが言葉を繋ぎながらサラの方を見ると、サラは少し戸惑ったように目を伏せている。
「そちらのお嬢さんは、ジェリエラの信徒さんかな?」
今度は老紳士が口を開いた。目を伏せていたサラは、さらに戸惑いながらテーブルの上に置いていた右手をスッと下ろす。
「ああ、いやいや失礼、気にせんでもらいたい。私どもはコズムから来ておりましてな、特にジェリエラの信徒さんを差別するつもりはない。それどころかジェリエラの信徒さんには昔に助けられましてな」
「助け、られたのですか? 昔に」
サラの疑問に、老紳士が鷹揚にうなずく。
「そう、昔アデリーの街に行ったときに商売の証文の入った大事なカバンを無くしましてなあ。もう出てこないと思っておりましたら、みすぼらしい姿をした少年が私が泊まっていた宿まで届けてくれました。普通だったらカバンごとネコババするか、中の金貨を抜き取るかをするでしょう? ところがその少年は貧乏そうな姿をしているのにちゃんと中身はそのままで届けてくれた」
遠い昔を思い出すように、老紳士は目を閉じてゆっくりと話をする。サラはそれを聞きながら、少しだけ満足そうに右手の三日月のような刺青をなぞった。
「お爺さま、その少年がジェリエラの?」
サラの疑問に答えたのは老婦人の方だった。老婦人は隣に座る夫の肩を触りながら嬉しそうに話をする。
「ええ、この主人が言うにはその少年にも、お嬢さんのような三日月の刺青が入っていたそうですよ、それで分かったって。ほっほっほ。ねえあなた」
「うん、そう。宿屋の主人は胡散臭そうな目でその少年を見ておったが、その少年は『よかったね』と言い残してすぐに帰ろうとしたんじゃ、嬉しそうにしながら」
――だから、この老紳士はお礼に銀貨を差し出そうとしたところ、少年は首を横に振って断ったという。『すべては神様の好意だから』と言って。
「まあ私はそれでもどうにも気が収まらなくてねえ、宿屋の主人が不満そうな目をする前で、その子の手に銀貨を握らせました。温かい手じゃった、その手にはお嬢さんと同じ印がありました。綺麗な目で何度も私にお礼を言って……、本当にお礼を言わなくちゃいけないのは私の方でしたのにねえ」
「そうですか。ジェリエラの教えは全ては神のお導き、そして他人を想って、自分に正しく生きることですから。カバンを無くして誰かが困っていると、その子も思ったんでしょうね」
サラは穏やかな表情でそう言い、老夫婦の方を向いて微笑んだ。老夫婦は老夫婦で顔を見合わせてニコリと笑い、そしてさらに話を続ける。
「それでねお嬢さん、私は恥じましたよ。テルム王国の中心の方へ行くと必ずジェリエラ教徒の人たちが迫害を受けていたでしょう? ですから私自身もそれまで何だか色眼鏡で彼らを見ていたんですよ、ところがねえ、親切な少年に出会って目から鱗が落ちました。ジェリエラの信徒のなかにも悪い人はいるでしょう、けれど良い人も必ずいる。それは我々も同じです、良い人か悪い人か、色眼鏡で見ることなく相手を見極めなければなりませんなあ」
「ええ、まったくですねご主人。自分も商売人ですから相手の宗教や人種や、あとは家系だとか、そういうものを信じて商売をすることは出来るだけ避けています。相手がどれだけ信頼できるか、それは最終的には自分の見極めですから」
我が意を得たりとばかりに商売の話をするルアンに、思わずサラは吹き出してしまった。なぜならその信頼した相手から支払いの半分を偽金貨で掴まされていた話を、初めて会ったあの日にルアンから聞いていたことを思い出したのだ。
「フッ、フフフ」
「なに、サラ? 俺、なにか可笑しいこと言った?」
偽金貨のことをサラに喋ったのを忘れているのか、ルアンは不思議そうな顔で隣を覗き込む。
「ルアン様、フフッ、偽の金貨、たくさん頂いたんでしょう? 信頼したお客様から」
「え? ええ! 俺言ったっけ、いつ?」
「仰いました、最初の日に!」
「あああ……。そういえばご主人、自分はまだ未熟ですからそんなこともありました」
偽金貨の話で四人が笑いの渦に包まれた頃、テーブルの料理も運び込まれ、四人で楽しく食べる夕食が始まったのだった。




