第22話 絹の服
太陽が西の山影に沈むまであと一時間といった頃に、ルアンとサラを乗せた荷馬車は関所の街トキナーに着いた。ここまでがサラが生まれ育ったテルム王国の領土で、この先はマルティエ王国を経てプレステル大公国やコズムなどの小国や都市国家、さらには大寺院の自治領などが海に面して広がっている。
もともとこの大陸の全土、つまりここテルム王国も北方にあるイルタシアも東のリステルもそして今から向かう南の諸国も、昔々は一つの広大な統一国家だった。その名残りが大陸公用語であり、各地を結ぶ街道であり、さらには共通の度量衡の単位などであった。統一国家はその後幾多の内乱や戦争を経て民族や宗教、または単純な地理的要因で別れて諸国家に分散していく。おおまかに今の形に落ち着いたのが約二百年前。それ以来まれに小さな紛争はあるものの、大陸諸国は比較的平和な時代を過ごしている。
◇ ◇ ◇
二人がトキナーの街に着いたとき、関所はもう既に閉まっていた。今日中に通行税を支払うことを断念したルアンは、荷馬車を預け、宿を決めてからサラの服を買うために古着屋へと向かう。このトキナーの街はテルム王国と山向こうのマルティエ王国の交通の要衝であり、この地方の主要都市。アデリーよりは小ぶりなものの、しっかりと城壁にも囲まれていた。
もうすぐ夕闇が迫ってくる街角には市民や行商、そしてルアン達のような旅人がせわしなく行き来している。適当な古着屋を見つけて入った二人は、サラに似合う涼しげな古着を探した。
「サラ、これは駄目か?」
と、ルアンが持ち出したのは麻でできた半袖のワンピース。確かに袖丈はサラに合ってはいたけれど、どう見ても少し大きめの子ども用の服。奥の方ではそれを見ていた古着屋の女店主が、指をさしてゲラゲラと笑っている。
「どうせ私……、身体、小さいですから」
そう言って不満そうにプクッと頬を膨らませたサラを見ても、まだルアンにはその理由がよく分かっていない。それどころか、「嫌か? サラに似合うと思うけどなあ……」などと火に油を注ぐ言葉を呟いて首を傾げる。
「お兄さん、ちょっと異国のお兄さん! アンタ、そりゃあ大きめの子ども用の服だよ。可愛い彼女が怒るのも無理ないってさ、男の人はこれだからねえ」
見るに見かねた女店主が、奥の方から笑いながら声を掛けた。
「えっ、そうなの?」
奥の方を振り返って服を指さしたルアンが、つぎに恐る恐るサラの方へと視線を移す。サラは少しだけ恨めしそうな上目遣いで、ルアンをチラ見していた。
「えっと、おばさん。この子に似合う涼しそうな古着を二~三着選んでよ、本当に男じゃ駄目だね、こういうのって、ハハハ。アデリーで選んだときは、ちょっと大きいかなと思いながら今の服を選んだんだけど、ハハハ。サラ、好きなの買っていいからな」
古今東西立場が悪くなると饒舌になるのは誰にでもあるようで、ルアンは持っている子ども用の服を隠すように背後に回し、引きつった笑顔でサラの近くから離れていった。
ルアンに言われて奥の方から出てきた女店主はサラの身体をザッと眺め、「赤毛で華奢なお嬢ちゃんに似合う服は~」などと鼻歌交じりで店の中を探し始めた。当然サラの手にはジェリスの証しである三日月に似た刺青が入っている。しかし女店主はそんなものが目に入らないのか、それとも気にも止めないのか、とにかく上機嫌でサラの相手をする。
「これなんかお嬢ちゃんに似合うと思うけどねえ、涼やかで」
女店主が手に持ってきたのは、なるほどクリーム色で涼やかな感じの服だった。上下が繋がっているのは普通だけれど、滑らかな光沢や縫製の目の細かさが上等に見える。それを手渡されたサラは、服を手に持った瞬間に息をのんだ。
「えっ、これ絹ですよ! 絹製なんて私、そんな高いものを!」
「あらお嬢ちゃん、彼氏は『好きなの買っていい』って言ってるんだから、いいじゃない。さっきの失礼な話からしたらこれくらい買って貰って当然なんだから!」
「か、彼氏だなんて……。そ、それに、絹の服なんて普段着ませんし」
「彼氏は二~三着買っていいって言ってるんだからさあ、普段着の麻か木綿の服は別に買えばいいのよ。これ絶対にお嬢ちゃんに似合うから!」
「え、でも、でも、私……、あの、ルアン様」
シルクの服を「似合う似合う」と押しつけられ、泳ぐような視線でサラはルアンの方を見た。そこへ女店主の追撃が加わる。
「ねえ男前の異国のお兄さん、こんな美人で可愛い彼女に『いくら似合ってても、絹は高いから駄目だ』なんて無粋なこと言わないわよねえ」
「ハ、ハハ……、言わないよそんなこと。おばさん、いやお姐さん、えっと、できるだけ負けてね、麻か木綿の服も合わせて……」
「はいよ! 任しときな。お嬢ちゃん、これも似合うと思うよ~」
「えっと、ルアン様……」
「はいはいこっちこっち、お嬢ちゃんのルアン様は買っていいって言ってるんだから、買って貰わなきゃ損だよ」
引きつった顔のサラは、同じく引きつった笑顔のルアンの目の前から連れ去られ、古着屋の女店主によって、着せ替え人形のように次から次へと古着を合わせられたのだった。
◇ ◇ ◇
「ルアン様、すいません」
古着屋を出たサラは、三着の古着を抱えていた。もちろん高い絹の服も合わせて、三着ともどれもサラによく似合った服だった。
「ああ、いいよ。俺みたいな男が選ぶよりずっといいよ」
「あの、これ大事に着ますから」
「いいって、気にしなくても古着だし。それよりサラ、ここまで来てよかったな、あんなに丁寧に接客されてさ。まあ、おばさんの押しも強かったけどな」
「ええ、あんな風におだてられたのも初めてでした」
サラはそう言うとニコリと笑い、「ホントによかった」と服の入った包みを抱え直す。
「サラ、明日からはもう別の国だし、今晩はこの国最後の晩餐っていうことで、ちょっと豪華にいこうか?」
何だかんだ言ってもここはテルム王国の一番端の街、明日山越えをするとマルティエ王国へと入る。気候が変われば出来る作物も、そして料理も味付けも変わってくる。サラが慣れ親しんだこの国の料理もつぎにいつ食べられるかわかならい。そんなことを思ったルアンは『最後の晩餐』などと言って、少し贅沢に夕食を楽しむつもりでサラを誘う。
「いいんですかルアン様、服を三つも買ったのに」
「いいよ、だって気分がいいじゃないか。三~四日前の夜に比べたら天国だよ」
「本当ですね、『仕返しに来るかも知れない』って、寝ずの番をしてたんですものね」
と、二人は笑いながら街を歩き、宿に荷物を置いた後で夕食に出かけたのだった。




