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第20話 剣と膝枕

 ヒュッと何かが夜を切り裂く音がしたかと思うと、大男の脇腹に激痛が走った。一瞬のことで何が起きたのかがわからない大男は、目の前に飛んできたルアンの黒い瞳を凝視する。


「穏便に済ませてやると、一応さっき言ってやったんだがな……」


 大の大人が歩いて数歩は掛かるこの距離をこのルアンは飛ぶようにして間を詰め、なおかつ脇腹を剣の峰で殴ったのだ。そのことに大男が気づいた瞬間、ルアンは更にもう一歩を踏み出して大男の腹を真正面から蹴飛ばした。「グエェ」と奇妙な声をあげて大男は後ろに吹っ飛ばされる。


 地面に背中をしたたかに打ち、持っていた大剣を無様に放り出す宿屋の主人。今度は彼の右手首に激痛が走る、剣を放り投げたその右手首をルアンが思い切り硬い長靴で踏みつけたのだ。ミシミシという嫌な音がしたあと、大男の悲鳴が夜の村に木霊する。


「穏便に済ませてやると言ったのが、お前には聞こえなかったらしいな」


「ぎゃああ、聞こえた! 聞こえた! ぎゃああ助けてくれえ! 俺が悪かった、助けてくれ!」


「何が悪かったかを聞かせてもらおうか?」


 月の明かりに照らされたルアンは無表情で問う。


「お、お前らを襲おうとして悪かった! 金を持ってそうだから、つい出来心で! 勘弁してくれ、手が千切れちまう」


「それだけか?」


「えっ、それだけ? いや、アイツらに部屋を教えて悪かった、寝込みを襲おうとして悪かった! この通りだ、許してくれ!」


 宿屋の主人が涙を流しながら許しを請うのを、やはりルアンは無表情で聞いている。


「そうか、何もわかっていないんだな。お前らには男でいる価値は無い」


 冷酷に宣言するとルアンは、持っていた片刃の剣の切っ先を大男の股間に向けた。その意味が男性器を串刺しにするつもりだとわかった大男が、その切っ先から逃げようと必死に体を揺する。


「た、助けてくれ、助けてくれえ、ぎゃああ」


 ついに男の右手首からゴリっと骨が砕ける音が響く。そして体の動きが止まった瞬間、ルアンの剣がグイッと真下に突き落とされる。


「ひ、ひいい……」


 剣の切っ先が大男の股間を捉える寸前、男は情けなくも白目をむいて失神し、地面に臭い液体を漏らしたのだった。


 ルアンの剣は男の股間を突くことなく、両足の間の地面に突き刺さった。臭気を放つ液体が刃を濡らす前に地面から剣を抜くルアン。ルアンには最初から男の股間を突き刺す気はなかったものの、これでサラを侮辱された悔しさの数分の一だけ気分も晴れる。


「このクソが」


 ルアンにしては珍しく、失神した男に向かって母国語で汚い言葉を吐いたその時、荷馬車の方から悲鳴が聞こえた。


「まずい、サラっ!」


 △


 荷馬車のところまで戻ったルアンが見たものは、サラを人質にした四人組のチンピラ連中だった。十三夜の月の薄明かりの中、サラは後ろから羽交い締めにされ首にはナイフが当てられていた。


「ル、ルアン様……」


 サラは月夜にも分かるほどに顔色を無くし、涙目になりながらルアンの方を見つめている。羽交い締めにしているのは『アニキ、アニキ』とリーダー格の男を呼んでいた、顔の長い男だった。


「ギャハハ、このジェリスの女、貧弱な身体の割にはいい匂いがするじゃねえか。待ってろよ、あの異国人の目の前でギャンギャン泣き叫ぶほど身体を可愛がって……、ギャアああ!」


 突然の悲鳴にサラもチンピラの他の男たちも、何事が起こったかと息を止めた。その中でただ一人、サラを羽交い締めにしていた顔の長い男が荷馬車の中を転げ回っている。


「痛え、痛え、痛えよアニキ!」


 見ると、ナイフのような短剣が寸分違わず男の右肩に刺さっていた。男が手に握っていたナイフは放り出され、サラは自由の身となる。


「ルアン様!」


「サラ、いいから動くな!」


 逃げようとしたサラは、怒声にも似たルアンの声に立ち止まった。その脇を何か矢のようなものが二本、薄暗い夜を切り裂いてビュンと飛んでいく。ルアンが身につけていたナイフに似た短剣を投げたのだ。


「グオオ!」


「ギイッ」


 立て続けにチンピラ連中の情けない悲鳴があがる。サラが後ろを振り向くと、ガザと呼ばれていた男と、もう一人の男のそれぞれの肩口と腕に短剣が刺さっていた。もがき苦しむように身をよじりながら、刺さった短剣を引き抜こうとする男二人。


 アッという間の出来事にチンピラ連中もそしてサラも混乱しているなか、ルアンは荷台に駆け上がり身をよじる三人のチンピラ連中を蹴落としていく。刺さった短剣の傷口を押さえるのに必死の三人は、なすすべもなくルアンに蹴落とされ、地べたを這いずり回って苦悶の声をあげる。残る相手は赤ら顔のリーダー格ひとり。


 その赤ら顔の男は剣を持ったまま、固まったようにルアンを見ていた。あまりの出来事に頭の中がついて行かなかったのだ。ようやく仲間が全員倒されたのだと気づいた男が、もう一度サラを人質にすべく動いた時はすべてが遅かった。その前にルアンの剣の切っ先が、キラリと男の喉元に突きつけられたのだった。


 暗い中でも鋭利な光を放つ白刃の切っ先を目の前にして、赤ら顔の男は自らの剣を放り投げ無様にも泣くようにルアンに命乞いをした。


 △


「ルアン様……、あの、やっぱり怒っていらっしゃるのですか?」


 サラはおずおずと御者台のルアンに聞いた。月明かりの中、ガラガラと荷馬車は街道を進んでいく。襲撃を退けて村を出てから半時間ほど、ルアンは口数も少なく黙って馬の手綱をさばいていたのだった。


「ん? ああ、まあ怒ってるよ」


「すいません、私がうっかり人質になってしまって」


「え、違うよサラ。俺が怒ってるのは、自分自身にだからさ。ごめんなサラ、怖い思いをさせて」


 ルアンはそう言って後ろを振り返り、少し疲れたような笑顔を見せた。


 寝込みを襲ってきた賊の四人と宿屋の主人、合わせて五人を返り討ちにしたルアンは、その後さっさと村を引き払った。さすがにそのまま朝まで村に留まっていると、さらに大人数での仕返しが来ないとも限らなかったからだ。とはいえ夜道での移動は夜盗にも出会いかねない。そのため適当な物陰に荷馬車を停めて、夜明けまで休憩をとるつもりでルアンは荷馬車を慎重に動かしていた。


「自分自身に、腹を立てていらっしゃるのですか? ルアン様、あんなにお強かったのに?」


 サラが意外そうに言うのをみて、やはりルアンは疲れた苦笑いをして前を向き直る。


「今夜の相手は全員が油断をしていた、俺が勝った理由はただそれだけ。でも本当は……、あ、あそこがいいか、あの岩の影で停めて休憩しよう」


 街道から少し外れた岩陰の裏、周囲から見てあまり目立たない場所にルアンは荷馬車を停める。ここならば夜明けまでの数時間、危険も少なく夜を明かせるだろう。


 馬に水を飲ませ、荷台に戻ってきたルアンにサラが再び問う。


「ルアン様。本当は……って、本当はどうだったのですか?」


「ああ、本当はね、『すぐに宿を引き払うのはしゃくに障る』なんて変な驕りを持たずにさっさと村を出れば良かったんだよ。飯屋でアイツらとケンカをしたすぐ後でね。意固地になった俺が今回は負け、勝ってなんかない」


 ゴロリと荷台に横になったルアンは、サラの目を見つめながら静かにそう言った。幌の端から見える夜空には、随分と西に傾いた十三夜の月が黄色く光っている。もうあと数時間もすれば夜も明ける。


「本当にルアン様はご自分に厳しいんですね。私、いつも思うんです、ルアン様がもう少し自分に優しくされたらいいのにって」


 サラはそう言いながら寝転んだルアンの横に座り、鳶色の優しい目でルアンの顔を上から覗き込んだ。


「俺は……、十分に自分に緩いさ。サラと初めて出会った時だって、本当は金を払ってまで妓館に泊まる余裕なんてなかった。それからサラの身請けに出したお金だって、商売の金に手を付けてるの、いまのサラは知ってるじゃないか」


「あれは……、そうですね、聞いた時にはビックリしました!」


「だろ? 俺は全然自分に厳しくなんかないよ」


 自嘲気味に笑うルアンの顔を、やはりサラは優しげな表情で見つめる。


「う~ん、でもやっぱりルアン様は自分に厳しいところが多いと思いますよ。『自分は強くない』とか、『負けないようにしてるだけ』だとか言っておいて、あの短剣を投げたのだって、十分凄いです」


「そうだな、じゃあこれからもサラに凄いって言ってもらえるように、サラの身の安全はしっかり守るよ。でも争いは出来るだけ避けるからな」


 疲れたように目を閉じたルアンの頬を、サラの白い手が撫でる。


「ルアン様」


「うん?」


「少しの間、眠られたらどうですか? 私、起きてますし、膝枕もしますよ」


「膝枕……か。じゃあ、ちょっとだけ眠るから、なにか物音が聞こえたらすぐに起こすように。いい?」


「ええ、わかってますよ」


 ルアンはサラの温もりを頬に感じつつ、最後に膝枕をされたのは母親が亡くなる前だったかと淡い記憶を辿りながら、しばしの休息についたのだった。


<第三章 ――辺境の村―― 終わり>

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