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第19話 襲撃

「ああ、やっぱり来たか……」


 自分の予想が外れて欲しかったルアンにしてみれば、仕返しは想定内とはいえため息も出したくなるというものだ。窓辺に寄って外の気配を窺うと、聞き間違いではなく確かに数人の足音が闇の中に聞こえた。


 ここは一階の北側の部屋、殴り込みなら窓をたたき壊して侵入することも可能だが、そんな騒ぎは起こすまい。と、ルアンは当初から仕返しにくるなら廊下側からだろうと考えていた。この宿の主人とアイツらチンピラ連中は知り合いだ、どこの部屋に泊まっているかまで知っているのだから、この部屋のカギも壊れていることも知っていて当然だろう。となると自分たちの逃げ道は逆に――。


「サラ、サラ……」


 ルアンはベッドで可愛い寝顔を見せているサラに声を掛け、身体をそっと揺すった。寝始めてから一時間と半くらい、ちょうど一番気持ちいい時間に起こされたサラは薄ぼんやりと目を開く。


「ん……、ううん……」


「サラ、ごめん。ヤツら来たみたいだから準備して」


「えっ……、えええ!」


 寝ていた頭が目覚めたのか、事情を飲み込んだサラが声をあげた。


「シッ、大きな声を上げると起きてるのがバレる。大丈夫、ヤツらが来るのは多分そこのドアからだから、俺たちは窓から逃げよう」


「は、はい」


 ルアンに言われていたとおり外着のまま寝ていたサラは、急いでベッドから出て準備を始める。とは言っても寝る前にもしものことを考えて準備をしていたので、ものの一分も掛からずに二人はその準備を終えた。


「ルアン様、準備ができました」


「よし、じゃあアイツらがここに入って来ようとしたときに逃げる。ドアの前までベッドを移動させるから下がってて」


 狭い部屋の中、サラを隅に立たせてルアンはベッドの位置をそっとずらした。ギギギ、と床を引きずる音をできるだけ立てないように注意しながら、ドアの前にベッドの一部を重ねる。


「うん、これで向こうからは開かない。あとは廊下の方から物音がし始めたら窓から逃げるぞ」


「はいルアン様」


 ルアンの声に応えたサラの声はなぜか少し楽しそうで、薄暗い部屋の中でもサラの目がキラキラしているようにルアンには見えた。それを裏付けるようにサラは小さく続ける。


「なんだかワクワクしますね」


「あのなあサラ」


 そんな会話をしていると、やはり廊下の方からギシギシと人が床板を踏んで歩く音が聞こえてくる。ルアンとサラが耳を澄ませば、微かに男の声も近づいてきた。


――「クソ、あの異国人野郎、絶対に許さねえ」


――「アニキ、あのジェリスの女、あの野郎の目の前で泣くほどヤッちまいましょう。イヒヒ」


――「いいか、部屋のカギは壊れてるからな、寝込みを襲って一気にボコボコにするぞ」


 話の内容を聞いて、サラが一転して鳶色の瞳を不安げに揺らす。


「大丈夫だよ。もういいだろう、さあ窓を開けよう」


 ルアンは赤みがかったサラの髪を軽く撫で、ゆっくりと外向きの窓を開けた。夜空には十三夜の月、山の稜線も街道へ続く道もなんとか見える。窓の下に置いた椅子に足を掛け、まずはルアンが外に飛んで地面に降り立った。次にサラ、窓枠から出てくるサラの身体をルアンが抱き止める。


 時を同じくして今まで二人がいた小汚い部屋の方から、ガタンガタンと物音がし始めた。チンピラ連中がドアを開けようとして開かなかったのだ。


――「なんだあ、開かねえぞ!」


――「かまわん、蹴れ、蹴って蹴り破れ!」


 ついにはガンガンとドアを蹴破ろうとする音が部屋から響き出す。


「サラ、行くぞ」


「はい」


 ルアンは手荷物を片手に、そしてもう一方の手でサラの手を引き駆け出した。サラの右膝はまだ完全には治りきってはいないものの、小走りで駆けるくらいは出来るようになっている。


 足元が薄明るく見えるほどの月明かりのもと、二人が向かう先は荷馬車を停めた軒の下。宿の四角い建物をグルッと時計回りに角を回り急いで逃げる。


「先にサラは荷馬車に乗って!」


 荷馬車についたルアンは、小柄なサラと荷物を放り上げるようにして荷台に載せる。次は馬だ。その馬を繋ぎ止めている紐を解くのももどかしく、ルアンは自分の剣を振るい一刀のもとに紐を断ち切った。馬も異様な雰囲気を察知したのか、ブルルブルルと嘶きだす。


「おい、頼むから騒ぐなよ、よし、ドウドウ」


 騒ぐ馬を宥めながら、なんとかルアンが荷馬車と馬を繋ぎ終えた時だった。荷馬車の前に剣を持った大男が立ち塞がったのだ。


「お前ら、逃げる気か?」


 月の薄明かりに照らされていたのは宿屋の主人。ルアンよりも上背も横幅もある偉丈夫が、剣を肩にかついでニヤついている。


「逃げるだと? 金は前金で払ってるだろう、いつ宿を出ようがこっちの勝手だ」


 ルアンはしまったと思いながらも、それを顔に出さずに言葉で返す。チラリと後の方を振り返ると、いままで二人がいた部屋の方からガサガサと家捜しをする音と、「逃げやがった!」などと叫ぶ声が微かに聞こえてくる。


「おう! こっちにいるぞー!」


 宿屋の主人が建物に向かってわざとらしく大声で叫び、またニヤニヤとした顔に戻った。


「やっぱりな、アンタら連んでたんだな」


「何がだ? 騒ぎを起こした狼藉者を捕まえるのは当然だろう」


「騒ぎを起こしたのはアイツらの方だが?」


 顎をしゃくって後ろを示したルアンを、宿屋の主人は鼻で嗤う。


「ふふっ、後で取り調べりゃあすぐに分かる。特にジェリスの女は身体の隅々まで泣き叫ぶほどに調べてやる」


 ベロリと舌なめずりをしながら荷台を眺める大男。その表情はこのあと女をいたぶることしか考えていない、暴力的でサディスティックな笑みをたたえている。


 それを見たルアンは、手が震えるほどの怒りを抑えられなかった。何もしていないサラがなぜこんな男に脅されなければならないのか。荷台で大男の言葉を聞いているサラは今どれほどの恐怖を感じているのか。卑怯にも寝込みを襲っておいて「騒ぎを起こした」とは、どの口が言っているのか。考えれば考えるほどにルアンの我慢の限界は近づいていく。


「おい、今なら穏便に済ませてやる、そこをどけ」


 ルアンが怒りをこらえ、敢えて静かに言うのを宿屋の主人はまた鼻で嗤う。


「フンッ、お前こそ命乞いをしたらどうだ、そのジェリスの薄汚え女と一緒にな」


 その言葉を耳にした瞬間、ルアンは腰の剣を鞘から抜き放っていた。

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