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第18話 サラの将来……

「ごめんサラ、本当に謝る。ごめん」


 宿へと戻ったルアンはいきなりサラに謝った。謝った理由は二つ、一つはお腹が空いているのに食事も出来なかったこと、そしてもう一つはその原因ともなった無駄なケンカをしてしまったことだ。そのどちらもルアンが全面的に悪い訳ではなく、どちらかといえば向こうの連中から売られたケンカだった。それがわかっているサラはルアンを責めるはずもない。


「いえ、お腹は空いてますけど干し肉とかもありますし、それに――」


 それに今回ルアンが怒ったのはサラへの嘲りが原因だ、別にルアンが笑いものになった訳ではない。それなのに自分のことのように熱くなってしまったルアンを、優しいサラが責めることなど出来ない。それどころか首飾りの『傷物』発言の時と同様、自分のことを大切に思ってくれているルアンを改めて好きになってしまったのだった。


「いや、サラがそう言ってくれても無駄なケンカは駄目だよ。それも今回は最悪だ、こんな小さな村で騒ぎを起こしてしまった」


 ルアンはサラの慰めにもかかわらず、肩を落として椅子に座る。


「でも、ルアン様はやっぱりお強いです。剣なんか使わなくたって、三人もやっつけましたよ」


「ああ、いや相手は酔ってたし、真正直から俺だけを狙ってきていたし。もしもこっそりサラを人質に取られてたら……、いろいろ考えても今日のは駄目だ、全然駄目」


 両足を椅子の前の方に投げ出して頭の後ろで手を組み、薄汚い天井を見つめるルアン。


「サラ」


「はい」


「今日は悪いけど、ベッドで一人で寝てくれ。それから服は外着を来たままでな、いつでも逃げられるように」


「ええっ?」


 ランプに映し出されたルアンの顔はとても冗談を言っている表情には見えず、サラは目を大きくした。


「え、えっとどういう意味ですか」


「アイツら、もしかしたら今夜仕返しに来るかもしれない。今からここを引き払って逃げたいくらいなんだけど、それはちょっとしゃくに障るし。だから俺は椅子で寝る、寝込みに来られてもすぐに対応できるようにね」


「仕返し……ですか」


 もう一度確かめるようにサラはルアンの顔を覗き込んだ。しかしルアンの表情は変わらず、なにか思い詰めるようにしてまだ天井を睨んでいる。


「でも、ルアン様はお強いですから」


「いやサラ、俺は負けないようにはするけど、別に剣や腕で勝負をして生きてる訳じゃないんだ。本当なら今日みたいな時でも、そう本当なら……。いや、ごめん、サラがあんなことを言われてヘラヘラしてたら男が廃るよな」


 そう言って気を取り直すかのようにニコリと笑い、ルアンは椅子から立ち上がる。しかしそれも一瞬のことで、何かを思いついたように目を細めながらサラの顔を見た。


「そうか、サラの顔が……」


「え……」


 サラは自分の頬の傷のことを言われているのだと思い、右手を頬の後ろにあてた。少しでも目立たなくなるようにと、ずっとルアンはその傷に薬を塗ってくれているのだけれど。


「違う違う、傷のことじゃない。サラが美人だから色々と絡まれるんだ、田舎だと特にね。だからしばらくの間は男装でもしてもらおうかと思って」


「男装!? 男装ってあの、ルアン様みたいな格好を、私が!」


 少し期待を込めたキラキラした目をしながら、サラが自分の胸に手を当てる。


「う~ん、でもサラはなあ、男装をしたらどう見ても十二~三歳くらいの可愛い男の子にしか見えない……、いや、ごめん」


 サラが少し怒ったような表情でプクッと頬を膨らませたのを見たルアンは、途中で言葉を止めて謝ったのだった。


 △


 やがて時間は完全に夜になり、宿の周りからは話し声や物音一つさえも聞こえなくなる。今夜の月は十三夜、窓の隙間からそれを見上げたルアンは小さく息を吐き出した。


 月の光が雲の隙間からでも漏れていて良かった、そう思ったルアンが椅子に座り直す。真の闇夜ならば逃げだそうとしても逃げ出しにくいし、よしんば逃げたとしてもその先の道を間違えればとんでもないことになる。今夜なら山の稜線も街道の道もなんとか見えている、まだ運がいい。


 カチャリと腰に差した剣が音を立てた。それほど大きな音ではなかったけれど、ルアンはベッドで寝ているサラの方を確認する。サラは形のいい唇を少しだけ動かしたものの、小さくて可愛い寝息をたてている。一時間ほど前までは「私もルアン様と起きています!」などと、頑張っていたサラを無理矢理寝かせ、ルアンは椅子に座って仮眠をしながら夜を明かしていたのだった。


 「ん、ううん……」とサラがなにか寝言を言う。その寝顔は何度見ても綺麗に整っていて、時々ルアンは夜中にしばらくサラを眺めることがあった。


「やっぱり今日のはまずかったよなあ……」


 サラの寝顔を見ながらルアンは呟いた。


 自分でもルアンは分かっている、サラのことを悪く言われて怒りが湧いたのは今日だけではない。先日マリクに言われた『傷物』の件以外にも、サラに向けられる奇異な眼差しや、あからさまに差別をするような扱いに腹をたてる自分がいる。それはルアン自身がサラのことを好きだから腹が立つのだと、誰よりもルアンは分かっているのだった。しかしルアンがいくら怒ったところで、この国のジェリスの人々への迫害が無くなるわけではない。だから一々サラへの中傷に腹を立てて諍いを起こすことなど、百害あって一利くらいの利しかない、その一利とはサラの心を守ること。でも今日はその一利のために返ってサラを危険な目に遭わせている。


 「これじゃあ本末転倒じゃないか」と言ってため息をついたルアンは、椅子に深く座り直した。


 これから先この国を出て、サラは救われるのだろうか。今更ながらそんなことを思うルアンは、自分で自分の考えが嫌になる。『サラを連れ出したのは誰だ?』、そんな自問自答をするまでもなく、いまベッドで寝息を立てている少女に外の世界を見せたいと思ったのはルアン自身だ。サラに外を見せればすべてが解決するわけではない、そんなことは最初から分かっていたけれど、『じゃあどうする、お前が将来まで不幸な少女の面倒を見るのか』と誰かに問われれば、即答で答えなど出せないルアンがそこにはいた。


「サラの将来……、か」


 口に出したルアンの頬がゆがむ。サラのことは好きだけれど、将来となると漠然としすぎている。ただこの子には自由とまではいかないまでも、無意味で不幸な一生を送って欲しくはない、できれば幸せな家庭を持つことができるなら――、とそんなことをとりとめもなくルアンが想像していた時だった。


 夜の闇のなか、何者かが数人動く気配をルアンは感じたのだった。

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