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第14話 指輪の価値

「わかりましたマリクさん、金貨十枚で買いましょう」


 長いにらみ合いにも似た沈黙の結果、ルアンは金貨十枚で首飾りを買い取ることを告げた。


「なっ……、ルアン様!!」


「ヒュー、お前さん、ルアンっていったな。若いのに見込みがあるぜ、俺様が保証してやる」


 ルアンが首飾りを金貨十枚で買うといった瞬間、マリクは口笛を吹いて切れ長の目をグッと細めた。


「ルアン様、そんな馬鹿なことを!」


「いや、これは俺が買ったんだ。サラは気にしなくていい」


「そんな……」


 懐の巾着袋から金貨十枚を取り出すルアンを見つめながら、サラは信じられないという様子で首を振る。その目の前で金貨十枚はマリクの手に握られ、代わりに首飾りが入っていた空の木箱が丸テーブルの上を滑っていく。


「よし、以上で取引は終わりだ。ほら嬢ちゃんも優しい恋人のもとに帰りな。じゃあな、ごちそうさん。料理も酒も美味かったぜルアン」


 マリクはニヤリと笑ってあごひげを触り、ゆっくりと椅子から立ち上がった。ルアンは椅子に座ったまま無言でマリクを見送る。と、その時マリクが振り返りルアンに尋ねた。


「ああ、それからルアンと嬢ちゃん。アンタら旅に出るって言ってたな、どこに向かうんだ?」


「それも話すのも金貨十枚のうちですか?」


「ハハ……、まあそう言うなよ。そうだな、俺様なら南へ向かうね。シェルムへも一番近いし、この国でも南に行くほどジェリスへの差別も緩い、嬢ちゃんにもいいことがあると思うぜ。それと嬢ちゃん、さっきから思ってたんだがアンタ、ジェリスにしては綺麗な言葉遣いをするねえ、それも母親の影響か? ハッハッハ」


 そんな奇妙な言葉を残して、マリクは人力荷車を引いて去って行ったのだった。


 △


「ルアン様! 金貨十枚なんてやっぱり悔しいじゃないですか!」


「ああサラ、悔しいのは分かるけど、鶏肉が冷めるよ」


「だって、金貨十枚もあったらルアン様の仕入れも……」


「いやそれもいいから、ほら、蒸し鶏美味しいぞ」


 怪しげな商人に金貨十枚を支払って首飾りを取り戻した二人は、宿に帰って夕ご飯を食べていた。その中でもやはり話題に出てくるのは首飾りのこと。数刻立った今でもサラの悔しさは収まらないらしく、夕食を食べながらも憤懣やるかたなしといった態度である。


「ルアン様、私にはどうしてもあの男が許せません! 金貨二枚とか三枚ならいざ知らず、十枚も要求するなんて! ホントになんて強欲なっ!」


 ルアンに勧められた鶏肉を一切れ食べ終えてなお、サラはマリクに対する不満を口にした。そんなサラの不満をルアンは十分にわかっている、けれどルアンにはルアンの考えがあった。


「うん、そうだな。でもそこなんだよサラ、よく考えてみな。どう高く見積もっても金貨一枚にしかならないような首飾りをね、俺たちの足元をみてふっかけてやろうと思ったら金貨二枚とか三枚とかが限度なんだよ、まともな神経なら。でもアイツは金貨十枚を要求した。あの場面で金貨十枚を出せ、って聞いて普通はどう思う?」


「そんなの買いません! 母の遺品だとしても絶対に。だから私は、帰りましょうってあの時すぐに言ったんです」


 席を立って「ルアン様、帰りましょう!」と言ったときのサラの表情を思い出して、ルアンは思わず苦笑してしまう。


「そうなんだよ、金貨十枚っていう値付けは結局『お前らには売らないよ』って言ってるのと同じなんだ。もしも金貨三枚で売ったとしても元値から三倍だよ、それで十分売れる可能性が高いのにどうして金貨十枚を要求したのか、それが今回の問題だな。たぶん根拠もなしに金貨十枚をふっかけたんじゃないと思う」


 ルアンはそこまでを話し終えて、鶏肉を美味い美味いと頬張る。


「ねえルアン様。もしかしてルアン様は本気で……、この首飾りに金貨十枚分の価値があるんじゃないかと、そんなことを?」


 先ほどまでの勢いはどこへ行ったのやら、サラは急におとなしくなって、自分の首にぶらさがっている首飾りを手で触り出す。


「うん、でもまだよくわからない。ただ俺の推測を言うとね、やっぱりその首飾り単体では金貨一枚の値打ちもないんじゃないかと思うんだ。でもその首飾りとサラがセットになると、もしかしたら……」


 ルアンはそう言いながら夕方のことを思い返してみる。マリクがどうして荷車から首飾りを出す前にサラの母や父のことを聞いたのか、そのことと首飾りはどう関係しているのか。なにしろ今日出会ったマリクという男は裏の流通経路にも関係している人物だ、自分たちの知らないことを絶対に知っていると思った方がいい、――ということは。


 と、そこまで考えこんでいたルアンの耳に、サラの声が響く。


「ルアン様、あの、ひとつ首飾りのこと以外でお礼を言い忘れていました……。今日、本当に、その……」


「え?」


 我に返ったルアンの目の前で、サラは顔を赤らめていた。


「えっと、あの男に、『傷物』とかって言われたときに、ルアン様、本気で怒ってくれてましたよね。私、嬉しかったです。でもあんな顔をしたルアン様を初めて見て、ほんのちょっとだけ怖かったりしたかな……」


「ああ、あれか。あれは俺もちょっと本気で腹が立った。サラのことを『傷物』なんて誰にも呼ばせたくはないね、絶対に」


「ルアン様、あのとき酔ったあの下品な男と喧嘩になっていたら、勝ってました?」


「わからない。でもマリクはすぐに謝ってたし、多分マリクはサラが思ってるほど悪い男じゃないと思う。口と性格が悪くて、マリクっていう名前自体も偽名かもしれなくて、それから裏の世界を知ってるところを除けば、ね」


「それって、ほとんど悪い奴じゃないですか!」


 口を尖らせて文句を言うサラの表情を可愛いと思いながら、ルアンはマリクの真意についてもっと深く考える必要があると感じ始めていた。



 △


 同じ頃、マリクを名乗る巻き帽子の男は、もうすっかり暗くなったアデリーの酒場で一人酒を飲みながら、酔ったひげ面に笑みを浮かべていた。


「クククッ、捜し人が向こうから来るとはなあ。飛んで火に入る夏の虫、いや違うな、瓢箪から駒か。まあそんな言葉遊びはどうでもいい。しかしアイツ金貨十枚出しやがったよ、ルアンか……、若いくせに見込みがある。あの二人、指輪の価値に気がついたかな? いやまさかな。しかし買い戻したアイツらは運がいいのか悪いのか、こいつは面白くなってきやがったな。この先あの二人がどうするか、見物だな、フフフフッ。指輪の持ち主の後継者は可憐な少女か……、ククク」


 ブツブツと独り言を言い、笑いながら酒を飲む巻き帽子の男を、他の酒場の客たちは気味が悪そうに見つめている。そこへやって来たのは、いかにも目つきの鋭い小柄な男。口を真一文字に結んで、音も立てずにマリクに近寄る。


「旦那様。二人の宿、見つけました」


「おう、ご苦労。あとは言った通りに」


「ハッ」


 頭を下げまたもや音も立てずに去って行く小男をマリクは満足そうに眺め、酒の入ったグラスをグイッとあおったのだった。


<第二章 ――サラの首飾り―― 終わり>

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