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Land Healer △零太郎△ レイタロウ   作者: アマメ ヒカリ
3/5

第二話 Hallelujah!!

お元気ですか?



滝の音に、鳥の声。

風が吹いて、朝の陽光が俺の真後ろから射した。



俺は背中に汗をかいていて、川水が滝になって落ちる時に舞い上がる風を受けて、冷えていたようだった。

あったかいや。陽光は早くも強烈で、5月で夏日になりそうな力強い熱を背中に感じた。

目の前には、ハレルヤ。

滝行だって?いったいこの女、何なんだ。


真っ赤な唇が、にっこりの形でステイ。

真っ赤な、短くカットされた爪。両手は白いワンピースの胸前でがっちりと組まれて、俺に黒い眼を向ける。

さっきまで碁石のようにひっそりしていた瞳は、太陽の光を吸って金粉を浮かしたみたいに光っていた。まるで、溶けた石。マグマ溜まりを覗き込んでいるような気持ちだ。



「お願いね。誰にも言わないでよ?」

ハレルヤはこう言うけど、俺は知ってるぞ。

こういう事をこういう顔で言う奴は、お願いなんてそもそもしていない。

「言ったら、どうなるんですか。」俺は怪しい女に屈しない!

「言うの?」ハレルヤは胸前からゆっくりと、組んだ両手を下ろしていった。

懇願をやめたのだろうか。次はどうするのだろう。

「言ったらの話です」俺、震えてきたよ。情けねえ。

ハレルヤはにっこりをやめて、俺を見る。真っ黒な目をした鹿と出会ってしまった気がしてきた。

「そうしたら、他を探さないと」ハレルヤは、まっすぐな睫毛(まつげ)をぱさりと伏せた。

「…そおですか」俺、ほっとしてる。ほっとしちゃってる。情けねえなあ。




「言いませんよ」太陽の光がチリチリ、首の後ろに刺さる。(あち)い…

「ほんと?」彼女の睫毛(まつげ)は伏せられたまま。

「言うったって、管理している人も知りませんし。落石なんかの自己責任っていうだけで、管理側としては安全に観光して欲しいのと、注意喚起はしたぞという表れでもあるし、別に、その…」恥ずかしくなってきた。本格的に恥ずかしいぞ。これ。

「ハレルヤさんは無事なんだから」

ハレルヤの睫毛(まつげ)の伏せたのを起こしたい。

「それで いいんじゃないですか」


ハレルヤの睫毛が、ゆっくりとあがった。

「ありがとう。レイタロウさん」

俺はもう一度、この人の美しい瞳の中の、黒を見たかったんだ。

ありがとうと言ってこちらを見る人の顔が、朝陽と俺の影とで白黒している。




鳥が鳴いて、滝が落ちる。

そろそろ…家に戻ろう…

もう既にいつも通りではなくなった朝だ。取り返したい。……何を?




「レイタロウさんは、いつもここに来るの?」

さっきまでとは何となく雰囲気が変わったハレルヤが、俺に聞いてきた。

滝で濡れた白いワンピースの裾を絞りつつ、俺を見る。見据える感じか?

水が土を叩く。鳥が、鳴くのを止めた。



「俺は、ほとんど毎日、ここに来ています」

「それは、なぜなの?」

彼女はなぜ、こんなに俺を見るのか。

「えっと、好きなんですよ。朝の空気とか。朝日が昇るときに一斉に太陽に向かって鳥が飛びますよね。ああいうのとか」


「ふむ」

ハレルヤはコクンと(うなず)いて、続きは?と目で問いかける。

黒い瞳の金の粉。


「あ、太陽が昇る前に、ブーンってなんだか地面から聞こえるでしょ。地面て言うか、もっと深い所かな」


ハレルヤのワンピース、乾くんだろうか。

髪だって、あんなに、水がポタポタ、垂れてるじゃないか。

俺は言い終わると、彼女を見ていた。それは、花を見るように無遠慮だったかもしれない。



「レイタロウさんは、ささやかなものを、拾える方なのね」

彼女はそう言って明るく笑う。

「ささやか?」

「そう。あなたはほとんどの人が、きれいだなあ、と受けとるに留まる所で立ち止まり、情報を拾えるのね。きっとね」

「情報…」俺は聞いたことがない言い回しを、口の中で復唱(ふくしょう)した。




「すべては情報だもの。この世は」

白いワンピースに陽が射した。繊維にキラリと光るものでも入っているのだろうか。

彼女は全体的に白っぽく光る。

着ている服の繊維は、ただの白い光を分光して、虹色に変えた。

俺はその様子をぼんやり、見る。


「万物は観測者の作業範囲と限界を以て受け取られるわ」

つまり、と彼女は結ぶ。

「それぞれに備わった唯一無二の固有の感覚!これによって世界を受けとる」


ハレルヤの本性が出てきたのじゃないのか。

取って喰われそうだ。

じっと、見て来る、黒い瞳。


(こえ)ぇ…



「現象と相対し、囚われることなく」

ハレルヤがこちらへ近づいて来る。

「私達は現象に意味を見出ださず」

じりじり…寄ってくる!

く、来るなよ。

俺は後ろに退く。


「現象を愛でることもない」

ハレルヤが俺の目の前に来て、額の真ん中あたりを見据えた。


「現象の不自然を(ほど)き、(しか)るべき流れへと還す」

お前、何なんだ。何者なんだ。

俺は圧倒される。何に圧倒されている? ―気配? 気?―




ねえ、と目の前の奴が言う。

「ならない?」

さっきまでの迫力が薄れて、俺はほっとした。

何か言ってたな。“ならない?”だっけ。

ならない?ならない?とは?


今の彼女は、光っていて微笑んでいて、普通だ。

髪の毛はびしょびしょだけど。あ、ワンピースもか。



「わたしはハレルヤマリエ」

さっき、聞いたなと思って、「はあ…」と相づちを打った。

「ランドヒーラーなの」


ハレルヤは、目をぱちぱち、瞬きをして、にっこり。

「一緒にやろうよ。ランドヒーラー!」



もう、とっくにいつも通りの朝ではない。

でも、挽回できると思っていたんだ。


―無理かもしれないー

ゾクゾクしながら、俺は思った。








わたしは元気です。

後少しすると、桜の季節が始まりますね。

今に足を付けて軸にしつつ、少し先の楽しみに片足を伸ばします。

なんなら片手でもOKです。

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