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Land Healer △零太郎△ レイタロウ   作者: アマメ ヒカリ
2/5

第一話 パーフェクトワールド

はじまりました。




ハレルヤ…ハレルヤ…



俺は、夢を見ているとわかっている。そうだ。

白い、痛い程の、白い。ここはどこだろう。





ハレルヤ…ハレルヤ…



こんな映画を見たことがある。

宇宙を走る汽車に乗って旅をするんだ。

途中の駅に停まった時に聞こえてきたあの曲は…これではなかった。




新世界…



そうだ。新世界交響曲。確か…ラルゴには詞がついていた。


“今日のわざを なしとげて

こころ かろく やすらえば“



なしとげて…充実してんな。くそ。


そろそろ夢が醒める気配。ああ…やれやれ。

「ああ…やれやれ」




自分の声が聞こえて、喉の渇きに気が付いて、寝すぎて痛む腰をさする。


白い光がまぶたの合わせ目から漏れ入ってくるのだろうか。


(つぶ)った目の前が真っ白に発光している。

光る景色は意外と冷たくて、光ならいいってもんでもないと思う。


そこまで思って、まぶたの皮膚を透過して光が射し込んでいるのだとふと気がつき、まぶたの合わせ目から入るわけないよなと笑った。


笑みの形をした口の端が下がっていくのをそのままに、目を開ける。

しょうがない。朝だからな。腰も痛えし。

目を開けたら天井がある。右に目をやると壁。左に目をやると机と出入り口のドア。

いつもの通り。パーフェクト。






時計を見ると4時半で、12時間寝てたな寝れるもんだなと感心した。

「なしとげたよな、これ」

かすれた声で呟いて、朝陽でいっぱいの部屋を見た。

昔から長男は東で育てろって言うからって、真東だからな、まぶしいぜ。

部屋を見渡して、呆れるほどの光線キラキラ空間にため息をついた。


父親は隣の部屋でまだ寝ているだろう。

起こすのは避けないとな。




制服を着る。一応着る。行きたくないというほどでは無いのだから。

あとひと月もすれば衣替えだ。今日は暖かいのを越して暑くなりそうだ。

長袖の白いシャツとズボンだけでいいだろう。



階下へ降りて、顔を洗う。

「髭、剃るか」17歳になり、毎日剃ることになった髭。子供の頃は父さんの髭剃りを見るのが楽しかった。自分が毎日剃るようになると、なんて面倒なんだと思う。

カミソリで剃るのがすっきりして好きだ。だから尚更面倒なのかもしれない。




髭を剃り終えて、すすいで、タオルで拭いて、鏡を見た。

たいしてカッコいいわけではない。

自分と同じくらいの年のアイドルたちは実際、大したもんだと思う。

自分を魅せることを知っていて、カッコよくするために工夫できる、すげーーーと思う。



「俺は、ムリだ」

顔を拭き上げ、頭の方もタオルでゴシゴシっとやって、鏡を見て、「俺、どうしたい?」と聞いてみる。



さあな。


知らねえよ。わからねえ。




玄関扉をそっと閉めて鍵をかける。

今出てきたばかりの俺の家は山に囲まれている。

山の中にあった平らな所に無理やり建てた。それが正解。


歩いて10分くらいで散歩のゴールの滝に着く。

今は4時50分。

5時には滝に着いて、いい空気を吸って、5時半には家に着いているだろう。

パーフェクト。いつもの通りさ。







夜明けの後は鳥たちは落ち着いているが、日の出の瞬間のあいつらのざわつき加減は凄いもんだと思う。

ハイになってるっていうか、衝動的になってるっていうか。

「太陽に向かって進まずにはいられないのかな」




山道に入り、少し登り坂になる。足のギアを入れた。

鳥、あいつら、ちょっと怖えよな。

セリフを当てたらどうなるかとやってみる。

“わーいわーいわーいわーいわーいわーいわーいわーいわーい…”

わーい、しか浮かばかったが、ぴったりだと思った。




登り坂が続き、陽射しも強くなって、暑くなってきた。

山道に沿って繁る竹藪(たけやぶ)の奥は、まだひんやりしていそうだ。

竹藪の奥の地面には蛇でもいるのだろうか。視線を感じた気がした。



「蛇の視線なわけ、ないよな」

そんなものを感じる訳がない。蛇がいるかもわからない。蛇が人を見るのかも知らない。

「まあ、そんな気がするってだけだよな」



水音が聞こえてきた。滝壺に水が落ちる音。

ドドドドドドドドドド!

ダダダダダダダダダダ!

ババババババババババ!

という音が同時に聞こえて滝の音になっている、と自分は思う。




ドドドは、滝壺に水が落ちる瞬間の音で、

ダダダは、水が落ちるときの途中の岩に、水がぶつかる音で、

バババは、水が落ち始めたときの川の終わりのあたりから聞こえる音で、


それがいっぺんに聞こえて和音のようになって、それがとても心地よかった。





水とか火とかっていうのは、どうしていつまでも見ていられるのだろうか。

飽きないというか、魅了される。

見続けていると、自分がどこに在るのか曖昧になっていくのが楽しい。


「高2にしては地味だよな…」


息があがってきて、かったるい感じになって来たころに、滝に着く。

ちょうどいいのだ。





滝が見える。

ド、ダ、バ、で滝の音を作り、自分を歓迎してくれている気持ちになった。

「そんなわけねえけど」

都合の良い思考に少し照れ臭くなって、笑いながら滝へ近付いた。



その時。



滝の奥からド、ダ、バ、以外の音が聞こえた。

音、というより

「声だ」




声は、オオオオオオオ…と低く響いて腹に届いた。

驚きながらも足は滝へ、音の方へ向かった。

なぜだかわからない。




声が近くなって更に驚いたのが、これだけの滝の音に負けない大きさの声だったということ。()き消されることなく、低音の響きが滝の奥から届く。



まっすぐに届く朝陽の光線のように、声は腹に届き、弾けて、背中から抜け出るような気がした。



一体、何だ。


そう思ったとき、声が止んだ。




俺は息を呑んだ。息は止めていたかもしれない。

滝の向こう側、カーテンみたいな滝の流れの向こう側から、人が近づいてくる。

俺は動けなかった。

驚いたからかもしれない。でも、それだけでもなさそうだった。



白いワンピース。

女?



白いワンピースを着た人影が近付き、滝の向こうからこちら側へ腕を伸ばす。



爪が、真っ赤に塗られていた。形よくカットされた爪に、真っ赤なマニュキュア。



白い腕を伸ばし、黒い長い、髪。

目を閉じた白い顔が現れて、のけぞる首。



白いワンピースの赤い爪の女。

全身をすっかり、滝の向こう側からこちら側へ移動したのは、やはり女に見えた。



目が開いて、光の射さない碁石のような黒い瞳が見えて、爪と同じ赤い唇が開いた。



「あら。見られちゃった」

細かく震えるような声だった。


「おはようございます」

俺は何を言ってるのだか。でも間違いではないよな。



女は赤い唇を、あはっと開けて、「おはよう」と返してくる。



ここで何をしていたか、誰なのか、聞きたくなる。

ふつー、逃げるだろ?こんなの。

怪しい女、滝から出てきたんだぞ?

だけど、聞きたい。

「あなたは、誰なんだ」

俺は何を言ってるのだか。でも間違いではないよな。



「ハレルヤ」と、女は言った。



え?と驚いた。夢でハレルヤを聞いたばかりだぞ?

「ハレルヤ…」と復唱して、彼女を見た。



あなたは?と相手は聞き返す。そりゃそうだ。

「俺は、タルイと言います。タルイ、レイタロウ」


ハレルヤという彼女は、ふふふと笑った。こんな不敵な微笑みを、アニメ以外で見られるもんなんだなとびっくりした。


「マリエよ?ハレルヤ マリエ。内緒にしてね?」


え?と思った。何を?と。


「ここ、滝行禁止でしょう?内緒ナイショ!」


俺は息を細く長く吐いた。やっぱり息を止めていたみたいだ。

内緒、の言葉に、俺は(うなず)く。

いや、驚き過ぎて声が出ないから、コクコクと頷くしかなかった。


「あはは!ありがと!レイタロウさん」







パーフェクトに昨日と同じだったはずの日の朝、赤と黒と白のハレルヤは舞い降りた。


いつもと違う朝が来て、この後、俺は世界と対話をする旅を始める。





銀河鉄道の夜はとても好きなお話です。

銀河鉄道の夜の話の中で、新世界交響曲が流れる駅もあるし、ハレルヤが流れる駅もあります。

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