第零話 何もかも失ったあの日
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平成二十八年四月四日七時。東京都都内某所。
歳は十二くらいだろうか。
とある少年が玄関で靴紐を結んでいた。
「ちょっと暁!これからどこに行くの!?」
「へへーん!今からともやんと遊びに行くんだ!」
「また智也君と遊びに行くの?いつも遠出ばっかしてお母さん心配なんだからね!」
「大丈夫だってばお母さんは心配しすぎなんだよ!!」
その大音量同士の会話を聞いてからか、家の奥から足音が近づいてくる。
「まぁまぁいいじゃないか母さん。この年頃なら家に籠ってるより外で遊ばせた方が何倍もいいだろうさ」
「で、でもこの子が怪我したら…」
「気持ちは分かるが今しか出来ない事を存分にさせてあげるのも親の役目じゃないか?」
少年の母親は納得はいったが半分落ち着かないと言った心情を出せず、複雑に顔をしかめていた。
とりあえずこれで遊びに行ける口実を作ってくれた父親にアイコンタクトを送る。
(ありがとな!父ちゃん!!)
(父親なら当然!楽しんでおいで)
目をパチパチさせるシュールな親子を見て、母親は心底首を傾げた。
そして、大音量の会話の被害者がもう一人。
「もうお兄ちゃんとお母さんうるさいよぉ…」
二階から眠気まなこを擦りながらトコトコ降りてくるのは少年より二歳くらい下だ。
おそらく弟だろう。
涙を溜めて起床したてのはねた髪とだらしないパジャマがとても目立った。
そして極めつけは不機嫌そうな目付き。
それを見た母親は当然申し訳ないと思ったのか、謝罪をしようとする。
「ごめんね晴之…。お母さん悪かったよねまだ寝てていいわよ」
「もういいよ起きちゃったし」
「晴之かわいそうにねぇ…お兄ちゃんが遊んだ帰りにお土産買って来てやるからな」
「元はと言えば暁のせいでしょ!!!?!!」
「うわぁぁぁあ鬼ババだ逃げろ〜!!!」
母親はとっ捕まえて説教をしようと、少年はそれから逃れつつ友達との待ち合わせ場所まで急ごうと、弟はまだ寝ぼけているのか欠伸をしながら「近所に迷惑だけはかけないでね〜」と建前を並べる。
その光景の片隅で父親は絶妙に口を挟めず、しかしその微笑ましさに口を緩めていた。
これはどこにでもある家族の日常。
少年は幼いながらも、このやり取りにどこか小さな幸せを見出していた。
「行ってきまーす!!!!!!」
素早く自転車に足をかけ、全速力で漕いでいく。
母親は追うのを諦めてため息を一つ。
「気をつけるんだよ!!!!!!」
活気に溢れた少年は街道を進んでいく。
速度を上げ朝特有の空気を吸い込みながら飛ばすそれは、早起きの優越感が作用してとても心地がよかった。
その日の正午。
東京のはずれにあるとある店。
そこではどこからともなく声が飛び交う。
「餃子とラーメン一つずつ!あっちのお客さんはライスおかわりです!」
「あいよおお餃子とラーメン一丁!!!」
「「「はーい!!!!!!!」」」
額に汗を滲ませながらも、注文を必死にキッチンに伝える小さい子が一人。
いや、二人。
「暁!お前は料理の方少し手伝え!皿出しやご飯よそるくらいならいけると思うから、おじさんに頼んでみろ!」
「おう!でも辛くなったら遠慮なく呼べよ智也!」
丁度客のラッシュで忙しく四肢を動かしていた。
何も珍しいことではない。
むしろこれが平常運転である。
その最中で、今年小学生を卒業したくらいの小さい体にできる事はもちろん限られる。
しかし、その与えられた仕事を二人でカバーし合うことでなんとか維持し続け、懸命に物事をこなす。
「ラーメンと餃子通りまーす!!!!」
昼に流す特別な汗は爽快そのものだった。
忙しい正午限定のアルバイトを終えた二人。
あんなに混んでいた店内に客は数人しかおらず、定期的に入り込んでくる風だけが唯一の常連。
すっかり寂しくなってしまったカウンターで、賄いの味噌ラーメンを前に少年二人は手を合わせる。
「「いっただっきまーす!!!!!」」
疲れきった体に染み渡る濃厚な出汁。
口に運ぶ度に歯に絡む太麺が更に手を進める。
味噌スープの旨みを存分に吸い切った麺の喉越しというのは、とても、
「「うんめええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
ここまで全て声はハモっている。
「いやぁ、お前さんらありがとな!今月から中学生で忙しいだろうに手伝わせちまって」
「大丈夫だって!そもそもやりたいって言ったの俺らなんだし!!」
「やべぇ。ばかうめぇ」
「はははは!!!そうかそうか!!!!!そう言ってくれるとおじさんも作ったかいがあるってもんよ!!!!!」
少年達が求めていた物の一つが『無料』という魔法の言葉を纏った賄いのラーメン。
両者とも大のラーメン好き。
それに育ち盛りが掛け合わされば、食欲は無限大というものだろう。
しかし、一番求めていたのはそこでは無い。
「暁!智也!二人とも良く働いてくれた!!ほれ、そのぶんの給料だ!」
「うわぁぁぁああああ!!!!ほんとにいいのおじさん!?ほんとのほんとにいいんだね!!?これ後で返してって言っても絶対に返さないかんね!!?」
「そもそもお前らのためにあげてんだから誰も取らねっつの」
代金は千円。
一時間働いたにしては中々貰えている方である。
達成感に満ち溢れながら受け取る金銭というものが嬉しくて仕方ないのか、少年二人は両手で伸ばしながらずっと眺めていた。
そもそも、ここでのアルバイトはこれが初めてでは無い。
いつも少年達が可愛がってもらっているおじさん達の仕事場に人手が足りないらしい、と言うのを、母親同士の会話で小耳に挟んだのがきっかけだった。
それから遊びに行くと嘘をついては、ここで忙しい正午からの一時間に限りアルバイトをすることになった。
ここで少年は一つおじさんに確認をとる。
「そういえばおじさん。オレのお母さんにバイトしてるって言ってないよね?」
「ああ、暁と智也の言う通り言ってないぞ。本当ならこうして世話んなってる訳だから声の一つもかけたいのが本音だが、小学生を雇ってるって言うのも、言いづらいってのも本音だ…」
「今度バイトに来た時になら言ってもいいから、それまで待ってねおじさん!」
びしっ!っと親指を立てたが、何がいいのか全く分からないおじさんはただ苦笑いすることしか出来なかった。
賄い料理も綺麗に平らげ、ここでの役目が終わった少年達は自転車に腰をかける。
「ありがとねおじさん!また来るね!!」
「おうよ!また必要な時よろしくなボウズ共!!」
世話になっているおじさんはいつまでも手を振る。
逆に少年たちもおじさんが見えなくなるまで、大声を出しながら手を振り続けた。
午後三時頃。
太陽も肌寒いと感じるのか、そろそろ日が隠れ始める時間帯。
その中では満足した面持ちで二輪車を走らせていた。
「暁!今バイト始めてどれくらい貯まったよ!?」
「うーん…、大体五千円ちょい!!智也は!??!」
「俺は少しだけ使ったから四千円ぐらいだな!!!」
風を切る音が会話を遮り、必要以上で大きく話せなければ互いの声は届かない。
あえて聞こえないフリをして見せたり。
その度にゲラゲラと笑っていた。
そこでふと、根本的な話を少年が持ち出す。
「そういえば、暁ってそんな貯めて何買うんだ?」
「いやな?今までおじさんに黙っててもらったのには理由があるんだ…!」
「どゆことだ?」
「実はさ!貯金して写真立てを買うんだ!サプライズで買うからさ、バレたら意味ないだろ??」
「…写真立て?それなら、そこらへんのものでいいじゃんか」
わざわざ買う必要が無い。そう思う少年の一人はとても不思議そうに眉をひそめる。
しかしもう一人はとても嬉しそうに、これまでに無い輝きで瞳を包んでいた。
「……家族全員で撮った特別な写真があるんだ。それをオレの金で買った写真立てに入れる。日頃のお礼みたいなもんだよ」
「………へ〜ぇぇ…。変なの」
納得できないのか、首を傾げながら話を右から左へと流した。
そんな話が盛り上がる最中、少年がブレーキをかける。
前には住宅街の道が左、真ん中、右と広がっているだけ。
ある少年は右へ、ある少年は真ん中へと体の向きを変える。
「じゃあな暁!俺こっちを右側だからさ!!」
「おうよ!!また明日な!!!!!!!」
それぞれの道を漕ぎ始める。
日没が迫り、薄暗いコンクリートをただ行く。
長時間動かしているせいで、足はパンパンに重くなっている。
汗もシャツが肌とくっつくほどかいている。
しかし、その少年はとても笑顔だった。
智也という友達と遊べて、腹一杯好きな物を食べて、めいいっぱい好きな人達にお金を使う。
今しか出来ない事を全力でするのは、なんて気持ちがいいんだろうか。
「最ッッッッッッッッッッッッッッ高ぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
両手を空へ伸ばし、勢いよく空を見上げる。
夜になりかけているせいか、薄い星達が時間になるまで準備運動をしているのが見えた。
雲が透き通り、橙色が埋め尽くす。
その時、少年は見た。
「あ!流れ星だ!!!!!!!!!あー、えっと!えーっっっ………と!!!」
当然時間は待ってくれず、願い事を込める事は出来なかった。
その事に悲嘆さえしたが、すぐにそれを拭い去る。
「まぁ、いっか!!!!」
そうすると少年の自宅が見えた。
朝っぱらにはあんなに騒がしかったのが、まるで嘘のように静まり返っている。
少年は、不思議とこの感覚は嫌いではない。
急いで家の脇に駐輪を済ませ、玄関に向かって一直線に走っていく。
きっと驚くだろう。
いつも口の悪い子供からプレゼントだ。
晴之は多分、智也と同じ反応するだろうなぁ。
お父さんはパーティだうたげだなんだと騒ぐのが手に取るようにわかる。
特にお母さんはボロボロ泣くに違いない。
…ひひっ。
鼻下をこすりながら、自宅のドアノブに手をかけた時だった。
「あれ……、なんの音だ??」
どこからともなく音がする。
生まれてきて十二年。それなりに経験は積んだと自負していたが、この音は一度も聞いたことがない。
音の鳴るほうへと首を回す。
もちろん、近所さんの家が見えるばかりでその正体は全く掴めない。
しかし、音は着々と近づいてくる。
(………なんだこれ?)
少年は必死に考える。
確かにこれは聞いたことなど無い。
けれど、これに近いものなら心当たりがある。
今よりさらに小さい時、テレビの特撮でよく聞いた…ような気がする。
これは、まるで…………、
(……………………………………爆発音?)
これを最後に、少年の意識は黒く消し飛んだ。
………………………!!!!
……!!……………、………………………………!!!
!!……………………!!??!!!
……ゆっくりと、…微かに、だけど、音が聞こえる。
何か………、ガラガラって………聞こえ、る。
白い服、を……着た……人、達が……なんか………急い、でる……?
「急………!!!あそこ……いた人達で助かってる…………この子……………!!!なにをし……助ける…………!!!」
「しか……!!内蔵の…………いくつか……………機能……てい…………し!!!どうなさ……おつもり……!!?」
「…仕方………い!!!!!」
何を……………そんな、に………ひっし………な、…………の?
まぶ、た………………がまた…………お、もく……………。
平成二十八年四月四日十七時四十六分三十九秒。
突如、東京都全区域で謎の大爆発が発生。
死傷者は約千五百万人に及ぶ大災害事故が、平凡な街並み目掛けて直撃した。
これらの事を知ったのは、一週間生死を彷徨い、目を覚ました後だった。
白い天井を見つめながら、淡々と思う。
なぜこうも無常なのだろう。
なぜこうも善良な人々の命が一瞬で消えねばならないのだろう。
…なぜこうも、
『神様……、オレは何か悪いことしましたか?』
祈りは届かないのだろう。
この気持ちは…なんていうんだろう。
この形容しがたい無限に煮え立つ感情を、誰に、どこに、ぶつければいいのだろうか。
漆黒に塗り潰された憎悪を薪に、黒炎は猛る。
体が言うことを聞かないのが、何よりも憎くて憎くて。
無力な自分にも、非力で平凡で弱小で雑魚な自分にも、これを引き起こしたド畜生共に。
唸る感情を、複雑に混ぜ合わせながら呪怨を。
この瞬間、暁は世界を呪った。