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神に祭られた魔女

作者: 水白ウミウ

『願いはヒトを変え、魔女をも変える』



ボクは久方ぶりにココに戻ってきた、ヒトに神として祭られてしまった哀れな親友を訪ねて。


「ボクただいまー。沢山お土産もってきたからねー」


「今回は随分早かったな、まだ半年もたってないが」

「まぁ、相変わらず持て成す物も何も無いが……ゆっくりしていけばいい」 

  

 

 都市と呼ばれる普通のヒトの住む町から距離にして山を一つ二つ越えた場所にあるこの場所は、とある理由から『魔女神が住む谷』などと呼ばれる。無論、聖地と呼ばれるだけあってヒトが容易に訪れるには少々厳しい場所、切り立った崖、流れる急流、囲む鬱蒼とした森に守護されるように。


 この場所はこの最果て国の中でもかなり特殊な地形らしい。平坦に広がる大地の下に激流の大河、地面の裂け目を流れおり平地から川面まで優に小山が収まる深さ。東のヒトの住む町から唯一『魔女が住まう谷』の谷底へと直接陸路が続くルートが有るが、その途中には魔物住む森を通らねばならず巡礼者の行く手を阻む。


 谷底を這うように流れる激流の川上から船を使ってたどり着く方法もあるが、さも当然のように目的の最後、魔女の住む場所を囲むように人食いの水竜が水中で餌を待ち構えている。それは聖地を守護する魔物という訳ではなく激流で餌も乏しい中、巡礼に訪れ運悪く川に落ちたヒトを喰らう為に待ち構えているだけに過ぎないのだが。


 もっと最短で魔女神のもとへたどり着く方法、それは……。鬱蒼と茂る森の対岸、西の町からどこまでも続く乾燥した大地を歩き疲れ切ったなかで、激流を眼下に見ながら切り立った崖に這い付くように下り降りる方法。途中、離れた崖に飛び移るためとても橋とは言えない細い木の丸太も渡らねばならないが。天井の大地は雨風で風化し、二股に分かれた川の間で浮島のようになった最終目的地へと、ココへ訪れた先人達が苦労して橋を渡り今日もやってくる……。


 ヒト達がここを目指す目的。それは神と崇められる魔女が願いを叶えてくれると信じて。


 

「頑張るのじゃ、この崖を下った先の一つ吊り紐を渡って、最後に小さな谷を飛び越えれば、魔女神様は目の前じゃて。旅の者、ほれ頑張れ」


「そ、そんなに先が……もう手に力がァ、無理です私」


「諦めるでないぞッ!! 魔女神様は今も儂等の事を見ているでっ。これは試練じゃ、乗り越えれば必ずアンタの願いを叶えてくれるじゃッ、ほら頑張れやて!」


「アンタ、叶えたい願いがあるのじゃろッ? そのために遠いとこ、ココまで来おったのじゃろうがッ!? もう少しじゃて、がんばりんせい!」


崖沿いを辿るルートの入り口にある小さな村がある。何時の頃からか、その村の住人は願い人を魔女が住む祠へと先導する水先案内人としての生業を営んでいた。報酬こそ多少は貰おうが、足場の脆いこの崖を月に何度となく案内する彼らの命は長命とは言えない。

 そんな命の危険がると知りながら彼らは、必死の思いで願いを叶えようとする者達を今日も導く。何かに取り憑かれたような使命感を持って昨日も今日も、だが……


 轟轟と音を鳴らす濁流が足下を流れ、岩礁にぶつかり飛沫を上げる。その激流流れる水が微かに赤く染まる。

 

「ヒッ……っ、うぅふえぇーん……アアァァァ゛」


 中州のように周囲から隔離され、唯一近くの直壁から薄く撓る渡した板の橋を渡りたどり着いたときには膝から力なく泣き崩れた若女。彼女を案内していたはずの水先案内人の姿は無く、胸の前の擦り傷と泥で汚れた両手は握る力もないまま震えていた。そのまま彼女は急に意識を失い、地べたに倒れてしまった。


「足を滑らせたみたいだねェー」

 

 こんな危険な場所へ、生身のヒトが来れば今回のような事態も少なくない。だからこそその命の危険は願いを叶えるための試練だと、無事にたどり着ければきっと願いが叶うと。ここが聖地と呼ばれ崇めら理由の一つ、でも望んでこうなったのでは無い――


 

『魔女は対価で願いを叶える者』

今思えば、長老者の魔女は時々において戯言の様に呟いていた。だからどうした、当たり前のことだと軽く思っていた。

  

 魔女の使命はどうより、初めはただ他の魔女達との距離を置きたかっただけ。魔女達が住む村から出たくて、レイは親友と二人で時に箒で、時に気分を変えて歩いて世界を旅した。次は北の都市へ向かおうと、飛ぶのが下手な親友に変わって箒に二人乗りで飛んでいた。


「なぁ、アレ見てみろよ」 

 

 親友の目に偶然止まった視線の先は、崖下にある激流に囲まれた離れ小島。見つけたレイは何かに導かれる様に程なく降り立ち、小さな洞窟状になっている穴の中へと足を踏み入れた。奥を覗けば小島は水面の下、恐らく川底の岩盤の隙間が部屋と言えるほどの空間が出来ていた。

 そうしてレイはボクが説得するのも聞かずこの場所に住み着いてしまい、呆れてボクは一人で旅を続ける事になったが、結果的に新たな帰るべき故郷となっていくのだ。魔女は些細な年月なんて気にしない、どれほど時かはもう覚えてはいないが。

 

 

「もう半年も日照り続き……どうか雨を降らせて下さいませぇ……」


 その日初めて、ヒトが手を合わせて願い事を唱えているのを聞いたと少し動揺した様子でレイはボクに話した。最初はなんでこんな場所にヒトが居るのか理解できなったが、祈る様子を洞窟の奥から見守り立ち去った後、改めて周囲を調べて分かったらしい。周囲に転がる石を磨き積み上げただけの簡単な祠があること、この河に住むという『大螭』という神を祭っていると。


 ヒトの世間にも敏感なボクが態々調べてあげた。


 

「この河の中にそんな魔物はいや~しないよぉ?」


「だいたいさぁ。その『大螭』というのを信じてるヒト達なんて、この崖の上、空からから見下ろしたって100もいなぁ~いから」


「壊しちゃったら? イヤなんでしょ、ヒトと会うのだって?」


 冗談めかして話したつもりだったのに、思いのほかボクの言葉が気に障ったようでそっぽを向いたと、そう覚えている。普段から不機嫌そうだが、本当は不機嫌じゃないのを知っている自分が驚く位に。


「俺は別に他人と関わるのが嫌じゃない。ただ、面倒なだけだ」


 親友の言葉や考えが時々分からない時がある。とは言え、ボクもその事に関しては大まかに同意見だからこうして二人で此処まで来たのだ、それ以上は何も言わないことにした。


 だけれど、それはレイにとっての間違いだった。ヒトの願いを聞いた魔女の運命、いや呪いとなることに気付かなかった。




 ボクがその異変に気付いたのはそれから10回ほど出入りした頃……ヒトの年月で言えば半世紀とも経とうとしていた頃だった。


『魔女神が住む谷』と呼ばれて久しく到達への三方ルートが確立され、ボクが久々に浮浪の旅から戻ると洞窟の入り口には朱色の鳥居と、自然石では無い人工的な立派な祠と祭壇が造られていた。新鮮な果実や腐っていない肉や魚、摘みたての生き生きとした生花が供えられていた。


 そして偶然に願いを叶えるためだろうか、この祠を訪れたヒトが手を合わせて祈りを捧げていた。ボクは気配を気付かれないように上空から洞窟の上の岩場に静かに着地し隣の町まで聞き渡せる自慢の耳で、口から漏れ出る声を聞き取った。


「ああッ、魔女神様。ありがとうございます、ありがとうございましたッ!」

「おかげさまで、田畑を荒らし村娘を喰らう鬼の化け物を退治して頂き、村人一同みな感謝しております! 今日はそのお礼の品と私の命をここに捧げます」


 ボクは目の前の光景と共に言葉を失った。


 あれだけ他人と関わることを嫌っていたボクの親友が。いや、それだけではない……そもそもレイは魔女としては最弱と言えるほど、ましては攻撃魔法などは使えない。ただ一つの最強の魔法を除いて。そんな彼がヒトの願いをどうやって叶えたと?

 

  

「おいッ、おーい大丈夫か?」


「えっ……ああ何、どうかした?」

 レイはボクの顔をしたから見上げるように覗き込んでいた。一瞬、何が起きたか理解出来なかったが、夢をみていたのだと理解した。


「イヤ、どうかしてるのはお前の方だぞ? いくら何でも世界中を飛び回り過ぎて疲れて、魔力切れでも起こしたんじゃないのか?」

    

「どうせ急いでないんだろう? 数日泊まって行けばいいんじゃないか。正直食事の用意とか自慢話で、俺は気が進まないが」

 

 レイは洞窟の奥を指さして合図するがボクは首を横に二度振る。目の前の親友はいつもの他人嫌い、面倒草がりのいつもの親友であって安心した。大丈夫、このボクの渾身の魔法でもうあの頃のキミはもういない、自分に言い聞かせた。

 

 

「ああ、それで彼女の願いを叶えてやるの~ねぇ、レイ?」


「お前な。そんなこと、彼女自身が分かってるだろう」

 そう言う表情は少し虚ろで悲しげだが、それはキミが病むことではないのだ。


「でもさぁ~昔は何が何でも。幾ら最強の不死の力を持つ魔女だからって、徹也で大地を探し回ったり、体をバラバラに割かれて燃やされても棒きれで魔物を殴ったり。ああ、確か毒草と薬草を自分の体で試したこともあったよねぇ~?」


「ん……そんなことあったか?」

 きょとんとした顔のレイにボクは再び安堵する。鎌を掛けておいて、もし当時の事を覚えていたらと思うとゾッとしていた。なんて恐れ怯えた表情は出さずに――。 



「でも、そうだな。花を供える位はしてやるさ。どうせ骨も残らず魔物の餌になってるだろうが。遺跡の入り口にな」

「花なら沢山あるし彼女にも渡せるぐらいには……ってなんだセンその目は、言いたいならハッキリ言えよ」


「いやぁ~骸に向けて花を供えるなって……ヒトぽいなって」

 と言おうとして口を動かしたところで、ボクはレイに背を向けて笑って誤魔化す。その時、洞窟の奥、地面の岩の隙間から神秘的に青白く輝くモノを見つけた。

 

「そうだね……彼女に持っていく花はそこの蒼い花にしなよ? きっと彼女に似合うし、喜ぶと思うよ、きっとね?」


「そうか……? でも、その花は余り香りがよくなくて――」

「いや、外の世界、ヒトの好みを知るお前が言うのだからきっとそなんだろう。持って行くことにするさ」


「そうそう、親友の意見は素直に聞くべきさぁ~」


 ボクはそう言いながら、レイと同じように洞窟の入り口に立てかけておいた自分の箒を掴み跨がり、小さな声で『浮かべ』と魔方陣を発し魔術を具現化する。天井の岩にギリギリぶつからない程度に浮かび上がり、ボクは後方で腕組みをして見送る親友に両手を振って別れの挨拶をする。


 荷物でも運ぶかのように少々雑に。意識の無い巡礼女性をく箒の後方に乗せ、落ちないように自分の背中に寄りかからせる。レイの頼みじゃ無ければこんな事しないのだが。 


「幾ら魔女だってなァ、飛ぶときは前をよく見ろ、片手は必ず箒を持て!」


「あのさ、キミだって人の事を気にかけるの、程ほどにしなよ? 神様業のこと~~」


「よくもまぁ、詠唱もせずに睡眠魔法なんて器用なことするな。ふん……今度来たときはご馳走でも用意しとくから、目を覚まさない間に早く連れて行けよ」


 ボクが訪問し滞在して、散々好き勝手して帰る頃に見せる親友のいつもの疲れ切った様子の表情。レイには悪いけどその表情をみると何故かボクは落ち着く、まさか本人は思ってなもみないだろうけど。



 無事に飛び立つのを見守るレイの姿はあっという間に小さく、崖に隠れて見えなくなった。でもボクは構わず洞窟の方向を見つめる。


「ヒトはいつかこの神様が不老不死を叶えてくれる神様だと気付く日はくるのだろうか……いや、不老不死になりたいヤツがこんな危険な所へくる分けは無い」


 レイが叶えてくれる魔法は、自分自信と願う者を不老不死にする魔法だけ。全ての魔法魔術をその力の為だけに奪われた、哀れだけど最強の魔女。ヒトが不老不死を願えさえすればレイならきっと叶えてくれる。でも、もしその願いを叶えてしまったらきっとまた、いやあの時以上に。



 でもおかしいなぁ、旅した中でそう思っているヒトは五万と居たのに。何故だか神様を前にしてそう願う者は意外と少ないのはどうしてだろか、ボクはいつも思っているのだが。

  

「ふっ、あははっは。でも、もしそうだとしても。その時は、ボクのアラユル魔法で願い人を激流へとたたき落とそう」


「だって過去も未来でも、親友はボク一人で十分だからね?」

 

 また世界旅路の道中、ボクはふと思い出して再びこの場所を訪れる。ヒトに神として祭られ、時にヒトの欲望に飲み込まれてしまう哀れな魔女で親友の困った顔を見る為、ボクがいないとダメな親友の為。


 魔女神を助けるために、魔女の住まうこの谷底の洞窟へ。

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