3年前
それから、満は少しだけ、本当に落ち着きを取り戻していた。それを見届けてから母は、
「実際、場所が場所だけにまともな仕事ではなかったみたい。でも、給料は良くて、だからこんないいところに住めてるんだけど、仕事の内容についてはどうやら極秘らしくて、私も知らない。」と続ける。
満は、恐らく小説などでよくある核実験施設や、生物兵器施設なんだろうなとあたりをつける。
「それはそれでやばいなここ。」
こんな場所に住んでるとかバイオハザードの発端になるだろうし、被爆地にもなり得る。
「なに想像してるかは大体想像つくけど、多分それは違うかな。3年前の火災で誰も被爆したり、ゾンビになったりしてるわけでは無いし。」
そういう問題なのか、という疑問は置いておいてそれていた話を元に戻すことにした。
「で、それと姉ちゃんが何の関係があるの?」
今の話では、加菜穂と火災とが結びつかない。
「率直に言うね、その日、無人ビルの大炎上のあった日に、お父さんが、理由は私にもわからない、けど、加菜穂をその施設に連れて行った。」
ガツンと頭を何かで殴られたような衝撃が満に走る。
小説なら、恐らく中盤から終盤にかけて少しずつ種明かしされていくような内容を、何のフラグもなしに(一応今朝のフラグはあったが)、打ち明けられるとは思ってもいなかった。
もちろん、何の変哲も無いことを打ち明けられるとは思ってもいなかった。しかし、何と言うか予想を軽く超えた事実であるのは間違いなかった。
満の予想では、加菜穂の大事なものをそこで燃やしてしまったとか、自分も知らない火傷を2次被害的に負った、などであった。
どうやら、そんな生易しい出来事では無いようだ。
だが満は、そこに1つの疑問を見出す。
「でもそれって、母さんにはなにも関係ないよね。」
このはなしから察するに、父と加菜穂に蟠りが残っているのは理解できる。しかし、母と加菜穂とにはなにも関係が無いのだ。
「話にはまだ続きがあるの。」
と、母は続ける。
「あの日、施設に連れていかれたのは加菜穂だけじゃ無いの。もう1人、当時加菜穂と付き合っていた男の子がいたの。その子もお父さんは来て欲しいと言った。」
察したかしら。と母は満に目を向ける。
「つまり、父さんと姉ちゃんのいざこざの本当の理由は、その彼氏に問題があると。でも、その感じだと・・・」
「そう、あの火災で命を落としてる。公にされてない時点で、あの施設が全うじゃ無いのはお察し。でも、詳しいことは私じゃ分からない。何が原因で火がついたのか、何故お父さんや加菜穂は助かったのにその彼氏だけは命を落としたのか。何故加菜穂と彼氏は呼ばれたのか。私には分からない。でも、わかることもある。お父さんは私にすら内緒で加菜穂と彼氏を何回かそこに連れてってる。あの日は、そう、2人が嫌がるのを私が、私が無理やり、連れていかせたの。お父さんは危険がないと言ったし、仕事の迷惑になっても困ると思ったから。でも、それが、あんなことになるなんて。」
母は目に涙を溜めながら告白した。自分の罪を。こんな母は見たことがなかった。見たくなかった。誰が悪いとか、何がダメだとかそんなこと関係ないのはきっと母もわかってる。でも、そうじゃない。意識というものは無意識に溢れてくる。タイミングが悪かった。そんな言葉では表せない、罪の意識はひょっとしたら、もしかすると、そんな何気無い思いつきを全力で押し出してくる。
きっと姉もそうなのだろう。母は悪くないとわかっている。わかっているが、あの時もしかすると行かなくてよかったかもしれない場所に行かせたのは、母の言葉なのだろう。だから、無意識に意識してしまう。そして、お互い同じタイミングで今朝、溢れ出したのだ。
「1人にして欲しいのかもしれない、誰とも話したくないかもしれない。」
満は思わず呟いた。
「え。」
「でも、だとしても、話を聞かなくちゃ。姉ちゃんが、本当に1人を望んでない限り、話をしなくちゃ!」
それは、姉弟だから分かる何かだった。恐らく今行かなくてはこの関係は戻らない。何を話せばいいのか分からないし、ひょっとしたら拒まれるかもしれない。けど、探しに行く。
「姉ちゃんと話してくる。」
そう言って、満は家を飛び出した。
加菜穂がいるとしたら、いつも朝帰りしているカラオケ、もしくは駅前のファミレス。
そう目星をつけて、先に近い方、つまりはカラオケに向かうことにした。
カラオケの受付で、荒川という名前で誰か来ていないか、ということを聞いた。荒川というのは満たちの苗字である。店員は少しばかりめんどくさそうに、それでもしっかりと名前を探してくれた。
5分ほど時間が経って、店員に荒川という名前の人は来ていないと言われ、お礼を言ってカラオケを後にする。
次は駅前のファミレスに向かう。
家からカラオケとファミレスは逆方向であり、しばらく時間がかかるのだが、文句は言わない。大通りまで戻って来たときに、突然「みつるー」
と声をかけられる。
思わず声のする方を見ると、そこにいたのは春霧凛音、幼馴染であった。