一夜明けて
光が夜を包んだホワイトナイトから一夜明け、1人の少年が目を覚ます。
その目は青く、天井を見上げていた。青い瞳以外に特徴といった特徴のない少年は、枕横に置いておいたスマホに目を通す。時間は8時30分。今日が平日なら学校に遅刻確定だろう。しかし今日は休日で、むしろ早起きした気分だ。
「まだ、目がチカチカしてる気がする。」
昨日の夜、突然目の前が輝いて視覚を奪われたのを覚えている。目を光でやられ一時的にとはいえ視界を奪われ、あまりの驚きに声も出なかった。「あれ?それからどうしたんだっけ?」
昨日の出来事をなぞっているとそこで記憶がプツリと途切れた。思い出せないというレベルではない。まるでそこに記憶が存在しないようななんともいえない違和感。
「あれ?どうしたんだっけ?」という感じよりは「いつの間に寝たのだろう」といった感覚。
当然ながら直前までスマホをいじっていたのだ。寝たということはありえなかった。
なんともいえないモヤモヤに頭を悩ませながらベッドを出ると、一度伸びをした。
ふう、と息をつくのと、スマホが震えたのはほぼ同時だった。
「明日、ヒマ?」
メッセージアプリの通知だった。
相手は凛音、春霧凛音。幼稚園からの幼馴染だ。
「ヒマヒマ、何?今度はどこ行きたいの?」
毎週のようにどこかに連れ回されているともはや相手の要求は把握できる。
すぐに
「流石だね満!ついに明日リニューアルオープンするんだよ!」
と、返事が来る。
「あーはいはい、了解。9時に駅前で」
伊達に17年間幼馴染はやってない。凛音が行きたいところは、ここから片道1時間程度のところにある水族館だろう。リニューアルオープンすると昨日の地元のテレビでちょっぴり特集されていたぐらいだ。そこしかないだろう。
パジャマのままリビングへ向かうと、何やら騒がしい。
どうやらテレビで何かやっているようだ。
まあだいたい想像はつく。昨日の夜の出来事だろう。
「おはよう、母さん」
「ああ、満。おはよう。朝ごはん作って来るから顔洗ってきなさい。」
リビングで母と一言交わす。その際チラッとテレビを見てみると。やはり、昨日の異常について色々な話がされているようだった。
あれだけの光だ。事故だってあっただろうし、気味悪いのは事実だが、実害が自分にない以上気にするだけ無意味というものだ。
そんな平和ボケした考えを頭に浮かべながら、洗面所へ向かう。軽く袖をまくって手のひらに水を貯める。パシャッと顔に水が当たると、まだどこかボーッとしていた頭も冴えてきた。
そこで初めて自分の左手の手のひらの違和感に気づいた。
手のひらいっぱいに白い魔法陣のような模様があるのだ。昨日まではなかったはずだ。偶然ついた汚れなのだろうか?満は左手をゴシゴシと水と石鹸で洗い出した。
「満?いつまで顔洗ってんの、ご飯できたよ。」と母に呼ばれたのはそれから5分後、手のひらの違和感は消えてくれなかった。
幸い痛み等の感覚は無いので一旦リビングへ向かうことにした。
「でね、昨日のアレのせいで今町中大パニックなの。あちこちで事故が起こったせいで未だに警察も処理が追いついてないみたい。」
母が作った、トーストと目玉焼きを食べながらそんな会話を聞く。
どうやら父と電話をしているようで、少しばかり声が弾んでいる。
ちなみに母はそれなりに名の通ったカメラマンだ。
最近は家にいることが多いが、つい3年前ぐらいまでは、1ヶ月家を開けることも珍しくはなかった。
父は現在海外に出張中で、こうして時たま電話で会話するのが精一杯。
家族はあともう1人
「ちーっす!ただいまー!」
そうこれがまた問題児なのだ。
「姉ちゃん!また朝帰り?」
「おうおう、満やー寂しかったかー?おー?」
満の姉、加菜穂だ。
現在地元の大学の2年であり、良くも悪くもお調子者。
朝帰りとは言ったものの、実際は友達とカラオケでも行ってたのだろう。
ただ、そこに文句を言えないのは加菜穂という人物がとてつもなくハイスペックだからである。
まず、とても頭が良い。どれくらいかと言われると、高校時代はどの教科も偏差値70は余裕で超えていた。そのくせ運動という運動は大抵こなせる。
さらには、料理洗濯といった家事全般は母顔負けのレベルである。
モテるのか、という質問に対しても誰もが首を縦に振る存在であるが、今まで一度も彼氏を作ったことはないと本人は言っている。これには理由があるようだが、満がそれについて尋ねると毎回どこか遠くを見ながら、はぐらかされて終わってしまう。
姉は、昨晩自分がしていたこと(と言ってもカラオケで、馬鹿騒ぎした程度)の話を一通り語り尽くすと、満足したように自室へ足を進めようとした。
それを珍しく母が止める。
普段は仲がいい、でも姉の朝帰りにの時に限りなんとも複雑な表情をする母。今日も話し始めの頃はそんな顔をしていて、加菜穂の話に興味がないような素振りを続けていた。
いつもなら、そこで加菜穂を止めるようなことはせずに、黙って加菜穂を見送るのだが今日は何やら呼び止めた。
そして満は、何かとても嫌な予感がしていた。
母が姉を止めるという何気ない行為のはずなのだが、なぜか心臓がびくりと跳ねた。
「少しだけ2人で話しがしたいの。満が食べ終わるまで待っててくれないかしら。満も食べ終わったら部屋に戻ってくれるとありがたいかな。」
そう言って母はキッチンへそそくさと自分の食べたものを運び始めた。
満の嫌な予感は、どうやら的中したようだが話に参加できないようであった。
仕方ないと、そう割り切り手早く朝ごはんの残りを口へ運ぶと、少しばかり不機嫌そうに自分の横に座った姉を横目に部屋へ戻ることにした。が、その行動はとあるものが目に入ったせいで中断された。
場所は姉、加菜穂のうなじよりやや下。見たものは、白い魔法陣のようなものの一部だった。