母と娘
毎度遅くなってごめんなさい。
クキの森への復讐を見届けたミヤ。
もはや生きる理由はないと、屋上から身を投げようとするミヤ
レイランの静止も届かず、身を投げようとした時、夜光の口から出た言葉が彼女の心をわずかに掴むんどえあった。
「『犬死にしたバカな弟』とはチップのことですか?」
最愛の家族であるチップに対する侮辱の言葉に、怒りを露わにするミヤ。
しかし、夜光は平然と「ほかにそんなマヌケがいるのか?」とさらなる侮辱の言葉を浴びせる。
「一度ならず二度までも彼を侮辱するなんて・・・一体どのような立場でものを言っているの?」
怒りのまま、手すりを力強く握りしめるミヤ。
それは夜光の首を絞めて殺したいという気持ちを表現している。
「そりゃ、客観的な立場に決まってんだろ? 概要程度しか知らないが、実の姉とデキた上に、妊娠までさせた頭のおかしい野郎なんぞ、殺されたってしょうがねぇだろ?」
チップが抱いていた愛や、その死さえも否定する夜光の言葉に、ミヤは低い声でこう返す。
「それ以上彼を侮辱してみなさい・・・貴様を殺すわ」
「俺を殺す? 最愛の男を殺した奴らへの復讐を他人に任せて、自分は病院でのんびり死ぬだけの女が?」
「なんだと!?」
「復讐なんてダメだとか世間では良く聞くけど、それはあくまで当人の気持ちを尊重しない奴らの言い分だ。少なくとも、俺はやられたからやり返すっていうのは理解できないことだとは思わない・・・だがお前のように何の責任も取らず、自分の手を汚すこともしないような奴の復讐なんて到底理解できない!!」
「何を言っているの? わたくしはチップを殺した奴らへに復讐するために生きてきた。 誰の手で実行されようが復讐が達成されるなら、わたくしは満足よ!」
ミヤの投げかけた言葉に対し、夜光は嘲笑うかのように鼻で笑う。
「その程度で満足できるっていうなら、お前のチップへの気持ちは大したことはないな」
「他人の癖に勝手なことを言うな!! わたくし達は愛し合っていたわ!! それがどれだけ理解されないようなことなのかもわかっていた・・・それでも、わたくし達は2人で生きていくことを選んだ!!
でももうチップはこの世にいない。 復讐を果たしても、チップは生き返ったりしないこともわかっている・・・だからせめて、あの世でチップのそばにいたいのよ!! そんなわたくしやチップの気持ちを、これ以上侮辱しないで!!」
無意識に声を上げて叫ぶミヤ。
その声は、チップとの愛を侮辱した夜光の言葉を否定したいという、ミヤ自身の怒りであった。
「”侮辱しないで”? 一番チップを侮辱しているのは誰だよ・・・」
夜光の声音に、怒りと憐れみが含まれ始めた。
「誰にも理解されないとわかっていて、それでもチップはお前を愛することを選んだ。
実の姉が妊娠したって言う、ありえない事実に直面しても逃げずに向き合おうほど、チップはお前のことを本気で考えていたんだ・・・そんなお前が自分の命を絶つっていうのなら、それはチップに対する最大の侮辱であり、裏切りなんじゃねぇのかよ」
チップにとって、ミヤがどれほど大切な存在であるかは、夜光にはわからない。
だが、たとえこの世にいなくでも、ミヤの死を誰よりも悲しむのはチップであることはわかる。
「そんなことはないわ! 彼は今も、わたくしのことを待っていてれている!!」
「待ってはいるかもな・・・でも、チップが今のお前を受け入れることは絶対にない」
「なぜそう言い切れるの!?」
夜光は加えていたタバコを携帯灰皿にしまうと、口に含んでいた煙をゆっくりと吐く。
「お前さ・・・自分がどれだけ恵まれているのかわかっているのか?」
どことなく呆れたような口調で、夜光が聞き返すとミヤは「どういう意味?」とさらに聞き返す。
「世の中にはな・・・どれだけ生きたいと願っても、生きられない奴が大勢いるんだぜ?
『治らない病気に侵された』『金がなくてまともに生活ができない』と理由は色々あるが、どんなにつらく苦しいことがあっても、最後まで生きることを絶対に諦めない。
そんな連中と比べたらお前はずっと楽だよな? いつでもどこでも死ねるんだから」
ミヤは「違う!!」と夜光の言葉を否定するが、夜光は構わず続ける。
「それに、お前にはずっとそばにいてくれる人がいるじゃねぇか」
夜光はそういうと、隣にいるレイランに目線を向けた。
「お前との思い出なんて、大してないだろうに、それでもお前の身を案じてここまで来てくれたんだぜ?
自分だって、それなりにつらい経験をしているっていうのに、それでもお前のそばにいようとしているんだ。俺はそんなレイランのことを、素直にすごいと思う」
そして再び、ミヤに視線を向けてこう言う。
「ミヤ、誇っていいぜ? こんなにできた娘はそうざらにいないからな」
「・・・」
レイランは無意識に涙を一筋流す。
これまでレイランは、人に認めてもらおうと”様々な努力”をしてきた。
その努力で築いてきたものは、結局偽りのものばかりで、残ったものは何もない。
だからこそ、”レイラン自身”のことを認めてくれた夜光の言葉に対し、嬉しさと感謝がほんのりと顔を足し、その気持ちを涙が示してくれたのかもしれない。
「いい加減にしてよ・・・わたくしが恵まれているなんて・・・わたくしは、チップがいないと何もできない、無力な存在よ・・・」
先ほどとは打って変わり、ミヤは悲し気に声を震わせる。
そんなミヤの態度に、夜光はイラついた顔でこう言う。
「お前こそいい加減にしろよ? 金で絶対に手に入らない物が2つもあるのに、悲劇のヒロインみたいなセリフを散々吐きやがって・・・死ぬ暇があるなら、レイランと向き合ってろ!!」
夜光がそう言い終えると、レイランが大粒の涙をこぼしながら前に出た。
「・・・お願い・・・死ぬなんて言わないで・・・ボクはもう何も失いたくないんだ・・・。
ボク、頑張るから・・・チップの・・・お父さんの分まで頑張るから・・・だから・・・」
レイランは顔を下に背けたまま、懺悔するかのようにミヤに語り掛けながらゆっくりと近づいていき、やがてミヤの前に立つ。
「”ボクと一緒に生きてよ!! お母さん!!”」
それはレイランがミヤを母として初めて掛けた言葉であった。
「レイラン・・・」
ミヤは手すりにもたれ掛かるように、その場で崩れた。
今まで育てもせずに冷たい態度を取っていたにも関わらず、自分を母と呼んでくれる深い愛情。
母としてそばにいてほしいという、純粋な想い。
娘の強く温かな心に触れ、ミヤの目からも大粒の涙がこぼれた。
そしてレイランの存在がミヤの心に『生きたい』という感情がわずかに蘇った。
「わたくし・・・わたくしは・・・」
ミヤは上手く言葉を発することができなかったが、レイランの気持ちが通じたようだ。
それを察した夜光は、2人の元に歩み寄る。
「とりあえず話すなら場所を変えてからでいいだろ?」
夜光の提案に、ゆっくりと頷くミヤ。
そして、その場で立ち上がろうとした時であった・・・
「あっ!」
ミヤは足を滑らせてバランスを崩し、転落しそうになってしまった。
「お母さん!!」」
レイランが手を伸ばしたが届かず、そのままミヤが落ちてしまった時!!
「くっ!!」
夜光がすばやく手すりを乗り越え、そのまま飛び降り、落ちていくミヤの手を掴み、とっさに窓のふちに手を引っかけた。
「うっ・・・手が・・・」
そのままミヤを引き上げたいが、ふちがすべすべしているため、上手く力を入れることができない。
「お母さん!!」
パニックになったレイランが慌てて夜光が捕まっている窓へと向かう。
「手を・・・わたくしの手を離して! このままでは2人共・・・」
夜光に自分を見捨てるように伝えるミヤであったが・・・
「話しかけるな!! 気が散る!!」
夜光は決してミヤの手を離そうとはしなかった。
「くっくそ・・・」
窓に引っかけている手が離れそうになった時!!
突如窓が開き、そこから笑騎が現れ、夜光の手を掴んだ。
「夜光!! その子の手を離すんやないで!?」
そう言うと、笑騎はゆっくりと2人を引き上げていった。
夜光ほどではないが、笑騎は見かけによらず力がある。
笑騎の手によって引き上げられた夜光とミヤ。
そこへレイランが「お母さん!!」と部屋の中に飛び込んできた。
「レイラン!!」
「お母さん!! 無事でよかった」
2人は抱き合い、共に生きていることを喜び合う。
「ごめんなさい、レイラン・・・ありがとう」
感謝と懺悔の言葉と共に、再び涙を流すミヤ。
「夜光。 大丈夫やったか?」
笑騎が夜光の身を案じると、夜光は「あぁ、一応礼は言う」と素直じゃないお礼を述べる。
「ええよ、お礼なんか・・・それより」
次の瞬間、笑騎は鬼の形相で夜光の襟元を掴んだ。
「お前だけは俺の手で殺さんと気が済まんのじゃ! この外道!!」
すると今度は、夜光が笑騎の襟元を掴む。
「人に言える立場か!? クソ以下のろくでなしが!!」
「・・・」
「・・・」
先ほどまでの感動的な空気はどこに?と言わんばかりに、泣いていたレイランとミヤが、複雑な顔で夜光と笑騎を見つめる。
「お前、昼間に手を出したナースが既婚者やって知ってて、俺の部屋教えたやろ!? さっきナースとその旦那が俺の部屋に来たで!?」
笑騎が言っているのは、昼間に健康診断後に更衣室でキスしていたナースのこと。
実はこっそりと、「今夜家に来て」とささやいて、笑騎のアパートの部屋を教えたのだ。
「へ~・・・で?」
「で? ちゃうわ!! 旦那が俺のこと浮気相手やて間違えて、銃持って追いかけてきたんやぞ!?」
笑騎によると、ナースの浮気癖には旦那も薄々気づいていたらしく、妻の後を付けて、浮気相手をとっちめるつもりだったようだ。
だが、頭に血が上っている旦那には、笑騎が浮気相手にしか見えず、隠し持っていた銃で、笑騎を撃ち殺そうとしたようだ。
「危うく、撃ち殺される所やったんやで!? どうしてくれるんや!?」
「良く言うぜ!! お前こそ女神の乳ごときのために、マイコミのバカ共に俺を売りやがっただろ!?」
以前、笑騎は女神の胸を触れるというマイコミの甘い誘惑により、夜光の浮気を暴露したことがある。
その結果、夜光はマイコミたちに、笑騎は逆鱗に触れた女神に、それぞれ半殺しにされた。
「一緒にするな!! お前のはご褒美やろ!! こっちは普通に修羅場や!!」
「女関連の修羅場なんて、日常茶飯事だろうが!!」
「そのセリフそっくりそのまま返したるわ!!」
「ふっ2人共、友達でしょ? 喧嘩は・・・」
見かねたレイランが止めようとするものの・・・
「「友達!? こいつはただのクズだ(や)!!」」
それからしばらく、夜光と笑騎の口論は続くのであった・・・
誠児「急にシリアスになってり、コメディになったり、忙しい話だな・・・」
キルカ「今に始まったことではあるまい」
誠児「まあそうなんだけどね。 それにしても、随分濃い1日だな。この章が始まって結構経つけど、まだ1日の話なんだよね?」
キルカ「そう聞いている」
誠児「どこまで続くのやら・・・」




