ホーム
心界に来てしまった夜光と誠児は、女神ときな子の案内でディアラット国という巨大な王国へと向かうことになった。
そこにいるきな子の知り合いが開いている施設で働かせてもらうためだ。
ディアラット国の大きな門の前に来た夜光達。
門番らしき大柄な男に女神が許可証を見せると、すぐに門は開き、夜光達は門を通ることができた。
門をくぐると、そこには中世ヨーロッパ風の建物がずらりと並び、町行く人達もファンタジー風の衣装に身を包んでいるまさにRPGのような国であった。
女神の話によると、ここに住んでいるのは大半は人間で、異種族は国外の森や村等、自分達の領地で生活している。
そのため、異種族と人間が交流することはあまりなく、夜光達が見渡しても町の中に異種族はいない。
幸い、門からあまり離れていない所に、女神が荷台やテント等をレンタルしていた店があり、レンタル物を返却した後、夜光達はホームへと向かう。
祭りのように賑わう人通りをくぐり抜け、夜光達がたどり着いたのは、まるで城のような西洋風の巨大な建物であった。
入り口まで来ると、中から50~60代くらいの中年男性が夜光達を迎えてくれた。
きな子はすぐ様女神の肩を降り、男性のもとへ駆け寄ると「ゴウマちゃん!連れて来たで!」と親しそうに話しかける。
「お久しぶりです先生。わざわざここまでありがとうございます」
「礼なんかいらんよ。 ウチとゴウマちゃんの仲やんか」
きな子が肩に乗ると、男が夜光達に近づいて、自己紹介を始めた。
「初めまして、この【ホーム】で施設長をしているゴウマ ウィルテットです。 どうぞよろしく」
握手を求めるゴウマに、誠児は握手を交わす。
「こちらこそ初めまして。 私は、金河誠児と言います。 こちらこそよろしくお願いします・・・」
自己紹介を済ませた誠児が夜光をじっと見つめる。
女神ときな子の時は、混乱していたので、誠児が夜光の自己紹介も済ませたが、心に余裕のある今は、最低限の礼儀として自分のことは自分で名乗るのが筋と思ったからだ。
真面目な誠児の意図がすぐわかった夜光は、舌打ちをしつつ、ゴウマに自己紹介をする。
「時橋夜光だ・・・いてっ!」
不愛想な夜光の自己紹介に誠児が怒り、握手していた手を離して、夜光の頭を手刀で叩いて訂正させた。
「初めまして、時橋夜光です。 どうぞよろしくお願いします」
頭を抑えながら、慣れない敬語であいさつをする夜光の姿に、周りは苦笑い。
「夜光さん、ダメですよ? そんな愛想のないあいさつはダメですよ? まして、相手は”王様”なんですから」
夜光の態度にダメ出しをする女神であったが、その中にとんでもないワードが混じっていたのを夜光と誠児は聞き逃さなかった。
「おっおい、王様ってどういう意味だよ!」
夜光が女神に詰め寄ると、女神は首を傾げながらこう返す。
「あれ? 言ってませんでした? ゴウマさんはホームの施設長であると同時に、このディアラット国を治める王様なんですよ? あんまり舐めた態度を取っていたら、この国を追い出されるかもしれませんよ?」
「「えっ?」」
目の前の男が王様だと知り、夜光と誠児は目を見開いてしまった。
だが、王様という職業を聞きなれない彼らには、敬うような気持ちはあまり沸いて来なかった。
「女神様、よしてください。 ワシはここではあくまで施設長なのですから」
謙遜するゴウマに、きな子は「相変わらず腰が低いな~」と軽くため息をつくと、女神の肩へと移る。
「じゃあウチら、ちょっとやることあるから。 2人共、後のことはゴウマちゃんに聞いてな?」
きな子に夜光と誠児を託されたゴウマは「わかりました」とだけ答える。
夜光が「やることってなんだよ?」と尋ねるが、女神は「乙女の秘密です」としか返さない。
「それでは夜光さん、誠児さん、またお会いしましょう!」
「はな、さいならや」
別れの言葉を軽く言い残すと、女神ときな子は足早にその場を後にしてしまった。
残された夜光と誠児は、ゴウマに「とりあえず、ホームを案内しよう」と中に招かれた。
ゴウマに案内されるまま、ホーム内を歩いていく夜光と誠児。
ホームの中はとても広く、食堂や医務室等が完備されているだけでなく、大きなプールやグラウンドといった訓練や娯楽で使く設備まである。
いくつもの部屋があり、その中で多くの人達が、年齢性別関係なく就職のための訓練やデイケアによる交流を行っている。
訓練の内容は、文字の読み書きや就職で必要なスキルを身に着けるための訓練や、人とのコミュニケーションについて学んでいる。
この施設では、機械技師や医師、スポーツ選手と仕事のジャンルも幅広い。
デイケアでは、コミュニケーションが苦手な者達がゲームなどを通すことで、仲を深めることで、普段1人でいる者に友好と言う輪を通すことを目的としている。
その他、趣味を見つけるために料理や物作りに励むことで、仕事だけでなく、プライベートな時間を楽しむことも目的としている。
精神科医師を目指している誠児は、ここで経験したことは、今後の財産になると思い、働きたいという思いが強くなった。
夜光の方はこれといって興味はないが、異世界とはいえ生きていくためには働いてお金を稼ぐ必要がある。それに誠児がホームで働きたがっているのを感じていたので、「(やれるだけやってみるか)」と腹をくくった。
ホームを軽く回ると、ゴウマは最後に2人をグラウンドに案内した。
そこには見事な桜が咲いており、辺り一面花びらでピンク色に染まっている。
近々と大きな花見を行うため、周囲では大勢の人達が花見の準備を進めているとのこと。
「よかったら君達もお花見に参加するかい?」
「そうですね……夜光、どうする?」
誠児は夜光の意志を尊重するため問いかける。
だが夜光は応答せず、ただじっと風景画のような幻想的な桜の世界を遠い目で見ていた。
「どうした?」
夜光の視線を追いかけると、その先にはピンク色のセミロングで、白と緑が混じった少し薄手のドレスを着ているた少女が桜の木にもたれかかって読書をしていた。
「なんだ? あの子がどうかしたのか?」
「いや……別に……」
「なんだ?2人共、娘が気になるのか?」
「娘っ!?」
思わず誠児は素っ頓狂な声を出してしまった。
それは親子にしてはあまり共通点がないことに驚き、思わず漏れてしまった声だった。
無論、そんな失礼なことを増して一国の王に言うはずはない。
「娘のセリアだ。 あの子は昔から人と話をするのが苦手でね?
毎日ずっと部屋で引きこもっていることが多いんだ。
今日は半ば強引にここまで引っ張り出してきたのだが、あの通り誰とも関わろうとせん。
かといって、これ以上あの子の気持ちを無視するのも、あまり好ましくはない」
セリアの周りには護衛らしき黒服の男が、距離を置いて監視しているだけで、他には誰もいない。
どことなく寂しさを感じさせるその光景に、誠児は胸を締め付けられた。
誰とも関わらず、1人の世界に閉じこもっていた時代が、誠児自身にもあった。
それは決して幸せとは言い難いもの……少女もそうだとは限らないが、それは直接関わりを持たないとわからないもの。
「・・・あの、もしよかったら、娘さんと話をしてもいいですか?」
何か力になりたいと思った誠児は彼女に声を掛けるため、ゴウマに許可を得ることにした。
「あぁ、構わないよ。 ただ、君達だけだと、あの子も驚くだろうから、ワシも付き添う」
娘の1人になりたいという気持ちを尊重したい気持ちはあるものの、やはり人との関わりを持ってほしいと思ってしまうのが親心の罪。
誠児の前向きな気持ちを汲み、ゴウマは同行という条件付きで許可した。
「夜光、行くぞ?」
「えっ!? なんで俺まで!」
「お前が発端なんだから当たり前だろ?」
「……わかったよ」
夜光も嫌々ながら同行することにした。
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「!!!」
夜光と誠児が近づいた途端、セリアは慌てて本を問じ、怯えるような目で身構えてしまった。
「心配するな。 この2人はワシのお客さんだ」
「……」
ゴウマがいることを確認したことで、多少表情が和らぐが、それでも警戒心は変わらない。
「初めまして、金河誠児と言います。 どうぞよろしく」
「……」
「夜光、お前もだ」
「……時橋夜光です。 初めまして」
まずはあいさつと自己紹介を済ませる夜光と誠児。
コミュニケーションが苦手とはいえ、あいさつを返さない訳にもいかず、
セリアは震える唇を動かす。
「わっ私は、せ……せり……セリア ウィルテットで……です。 初め……まして……」
か細い声で詰まりながらも、自己紹介をどうにか済ませたセリア。
表情はぎこちなく、目も泳いでいて挙動不審という言葉にふさわしい状態。
「えっと、急に話掛けてごめんね? もしよかったら俺達と少しお話しない?」
「わっわたし・・・」
「焦らなくていい。 ゆっくりと言いたいことを言ってください」
はたから見てばイケメンとチンピラが王女にちょっかいを掛けているようにも見えるため、周囲の注目をたびたび集めてしまっていた。
そのたびにゴウマがジェスチャーで心配ないことを伝えていた。
「俺達、幼馴染でさ。 子供の頃はよく近所の公園や川辺で遊んでいたんだ。 でも小学生くらいの時に、親の仕事の都合で、俺は引っ越したんだ。 でもつい最近、故郷にまた戻ってきて、夜光と再会したんだ。 久しぶりだったけど、夜光は何も変わっていなかったから、すぐにお互いまた仲良しになったんだ」
セリアが自分のことを話しやすい状況を告げるために、まず夜光と誠児は自分達のことを話した。
「20年以上会っていなかったから、最初は会話もぎこちなかったけど、自分達の言いたいことを出し切って、やりたいことをやりきって、今ではお互い憎まれ口まで叩くくらい打ち解けているんだ」
「・・・」
「考えて話したり行動したりするのはもちろん大切だけど、時には、人目を気にせずありのままの自分をさらけ出すことも大切なことだと俺は思う」
「・・・」
その後も誠児は夜光を交えて、セリアとの会話を試みたが、セリアは頷くか首を横に振るだけで、言葉を発することはなかった。
「申し訳ありません。 すこし疲れたので、医務室で休みます」
「あっ! すみません。 無理をさせてしまって……」
「いっいえ……」
セリアは立ち上がると同時に一礼した後、その場を足早に去って行った。
「・・・すみません。 私の身勝手で、娘さんを疲れさせてしまって・・・」
申し訳なさそうな誠児に、ゴウマは笑顔で首を振る。
「謝る必要はない。 娘のためにありがとう」
「・・・」
誠児自身、初対面でいきなり話してくれるとはあまり思っていなかったが、それでもセリアと話ができなかった上、疲れさせてしまったことに対し、申し訳ないという気持ちで一杯だった。
誠児の姿を見つつ、去って行くセリアの背中をただただじっと見つめる夜光の視線は、どこか悲し気に光っていた。
夜光「なんとも色気のねぇ登場の仕方だな」
誠児「じゃあお前はどんな登場がよかったんだ?」
夜光「そうだな・・・『ヒロインが着替え中の部屋に俺が入ってきた』とか『ヒロインが男湯と女湯を間違えて風呂場でばったり出くわす』とか『空から全裸で落ちてくる』とか、ヒロインってのはそういうハプニングの中で登場するもんだろ?」
誠児「なんで全部脱いでいる前提なんだよ! っていうか、最後の登場に限ってはハプニングというより、超常現象じゃないか!!」
夜光「誠児。 それは異世界に来ている俺達が言えることか?」
誠児「・・・確かに」