スタンプラリー開始
働きづめの夜光を労うため、マイコミメンバー達はラヴィーナという温泉街への旅行を計画した。
宿泊施設の予約が難しいラヴィーナであるが、毎年行われるタイムスタンプイベントでスタンプをコンプリートした場合のみ、予約がなくとも宿泊できる。
そのイベントに参加するため、夜光達を乗せた馬車はラヴィーナへと向かった。
--------------------------------------
「ここが……ラヴィーナか……」
馬車に揺られて数時間……道中大きな問題もなく、夜光達を乗せた馬車はラヴィーナに到着した。
温泉街ということもあり、街は温泉特有の湯気や硫黄の香りに包まれており、外から入ってきた客の温泉に入りたい欲求をくすぐる。
「お・ん・せ・ん! お・ん・せ・ん!」
馬車から降りたのも束の間、セリナとレイランとライカの3人は目の前に広がる湯の世界に心を奪われてる。
「3人共。 温泉の前にまずはスタンプラリーでしょう?」
「「「えー!!」」」
「長く温泉を堪能するためでしょ? 今は耐えなさい」
子供じみた声音で駄々をこねる3人……促したミヤとて気持ちは同じではあるものの……目の前の桃源郷のために当初の目的を見失う訳にもいかないとかつて森を守る戦士として得た耐え忍ぶ力で自らの欲求を制していた。
--------------------------------------
「ここか……」
街に設置されている案内板に従い、夜光達はスタンプラリーが開催されている会場へと足を踏み入れることができた。
会場とは言っても、受付らしき天幕にスタッフらしき人間が2人いるだけで、まばらに観光客が天幕を横切っているだけのイベント会場とは言い難い寂しい風景がそこに広がっていた。
「なんかイベント会場って割にはにぎわってないな……」
「そうですね……とりあえず、受付を済ませましょう」
物静かな風景が引っかかりながらも、夜光はセリアに促されるまま受付の女性に声を掛けた。
「あの……すいません。 スタンプラリーに参加しに来たんですけど……」
「ようこそいらっしゃいました。 参加される人数をお教え願いますか?」
「えっと……9人です」
「9人ですね……少々お待ちください」
そういうと受付女性は席を立ち……無造作に床に置かれている箱の中から1枚のカードを取り出し、それを夜光に差し出した。
「こちらがスタンプカードです」
「えっ? 1枚だけ?」
「はい。 まずはスタンプラリーのルールをご説明させていただきます」
このスタンプラリーのルールは、ラヴィーナのあちこちに設置されているスタンプ台を見つけ受付でもらったスタンプカードにスタンプを押し、4つのスタンプを押したスタンプカードを受付に提出すればクリアとなるごくありふれたルール。
ただし、スタンプカードは1組1枚だけでカードの再発行は行っていない。
そのため、カードを紛失したり破れたりすれば失格となり、その日のスタンプラリーにはもう参加できなくなる。
不正な参加を防ぐために、名前の記帳だけでなく顔写真まで取るスタンプラリーとは思えない徹底ぶりには、夜光だけでなく参加者のほとんどが目を丸くする。
また……温泉街故にかなりの広さがあり、観光客たちが行き来する街道は人の波がひどく、通るだけでもそれなりに骨が折れる。
さらにやっかいなことに、設置されているスタンプ台にいくつかダミーが仕込まれており、誤ってダミーのスタンプを押してしまったら、それも失格の対象となる。
「(スタンプラリーにしてはえらく手が混んでるな)」
「制限時間は夕刻までとなっています。
夕刻を告げるサイレンが鳴ってしまったらスタンプラリーは終了となります」
「(時間的にはだいたい5時間くらいか……)」
「お渡ししたカードにスタンプが設置されているエリアをマークしております。
もちろん詳細な場所は示しておりませんし、エリア内には多くのダミースタンプも設置されております」
「わかりました……それじゃあ行きますので……」
「ご健闘を祈ります」
夜光はひとまずスタンプカードを受け取り、
マイコミメンバー達とこれからの行動について話し合うことにした。
※※※
「……という具合で、必要なスタンプの数こそ少ないがその分ヒントは少なく、ダミーは多い。
しかもスタンプカードは1枚だけだから、必然的にカードを持っている1人は全エリアを回らないといけなくなる。
それで……どう動く?」
夜光はマイコミメンバー達に受付から伝えられたことを共有し……次なる行動についての意見を求めた。
「そうですね……やはり、手分けして各エリアを回り……スタンプを探す方が効率が良いとは思います……」
最初に意見の述べたのはスノーラだった。
彼女の提案は最もで、誰も異を唱える者はいなかった。
「わたくしもスノーラの提案には賛同するわ。
だけど問題は……スタンプを見つけた後、どうやってカードを持っている人間に伝えるかよ……」
このスタンプラリーで最もやっかいなのは、ミヤが話した通り……連絡手段である。
手分けしてスタンプを探すと言う方法は、ほかの組でも当然実行していた。
だがカードを持たない者がスタンプを見つけた場合……必然的にカードを持っている人間に場所を伝えなければならない。
スマホがあればどうということのない話だが……心界において電話といえば、公衆電話か固定電話のどちらかしかない。
故にカードを持つ人間は、電話のある場所で待機せざる負えなくなる。
しかし……何らかの理由でカードを持つ者が電話のそばを離れたりすれば……連絡が滞ってしまう。
特に多いのが仲間からスタンプ発見の連絡を受けて電話からカードを持っている人間が電話を離れてしまったことで……別の仲間からのスタンプ発見の連絡が届かないというケース。
例外的にトランシーバーという手もあるにはあるが……この世界でトランシーバーを使用する人間は国家に仕える騎士団か軍隊にでも所属していない限り、まず手に入ることはない。
要するに、情報伝達がこのスタンプラリーの難易度を爆上げしているのだ。
「まずはどうやって連絡を取り合うか……」
夜光達があれこれと考える中で、セリナがきょとんとした顔で口を開いた。
「みんな何を言っているの? そんなのマインドブレスレットで連絡を取り合えばいいじゃない」
『……』
セリナの何気ない言葉に夜光達は押し黙ってしまった。
彼らとて、そんな初歩的な手段を見落としていた訳ではない。
だが……マインドブレスレットは夜光達にしかない特殊な手段。
ほかに頑張っている者達がいる中でマインドブレスレットの仕様はフェアとは言い難い故に、あえて口にしなかったのだ……。
「セリナ様……さすがにそれは卑怯ではありませんか?」
「えっ? どうして?」
「いやどうしてって……」
「セリナの言う通りよ。 別に連絡を取っちゃいけないなんてルールはないし……あたし達がマインドブレスレットっていう便利なアイテムを持っていただけで別にズルでもなんでもないでしょ?」
セリナにライカが賛同し……そしてほかのみんながライカに賛同する。
夜光、スノーラ、ミヤ以外の全員がマインドブレスレットの使用に賛同したことで……今後の行動が決まったのだった。
「わかった……じゃあ僕がカードを持っているから、みんなは手分けしてスタンプ台を探してくれ。
見つけたらマインドブレスレットで僕に連絡する……でいいか?」
コクッ!
異論はないと全員が頷き……それぞれ各エリアへと散らばった。
彼女達の手には、レイランが記念撮影用にと持ってきていたインスタントカメラで撮影したスタンプカートの写真が握られていた。
無論それはダミーと区別をつけるため……。
マイコミメンバー達は基本的に単独行動だが……セリナだけは特性上1人にするのはモロモロ危険と判断したスノーラと同行することになった。
ナルコレプシーであるキルカも同様に単独行動が危険かと思われたが……熟睡していても覚醒時となんら変わりなく行動できる彼女の謎の特性上……ペアは不要ということになった……。
※※※
行動を始めてから1時間ほど過ぎた頃……受付の近くで待機していた夜光のマインドブレスレットがコールした。
『コウちゃん、セリアです。 目的にスタンプを見つけました』
セリアからスタンプ発見の連絡が入った……念のために夜光も画面越しにスタンプがそれが本物であることを確認した。
「よくやったなセリア。 すぐそっちへ行く!」
夜光は通信を切ると……マインドブレスレットのマップ機能を起動させ、セリアのマインドブレスレットの位置情報をマッピングした。
土地勘のない場所を口頭で説明するのは困難なため、確実でわかりやすいこの機能を使うことになっていた。
「今までなんとも思わなかったけど……こういう目的で使うとめちゃくちゃ卑怯だな」
罪悪感がぬぐい切れぬまま……夜光はセリアの待つスタンプ台へと走っていった。
セリナ「う~ん……」
キルカ「どうした? 深刻な顔をしているようだが……」
セリナ「スランプラリーって聞いてたからもっとウキウキわくわくするような冒険を期待していたんだけど……なんだか結構あっけなく進みそうだなって……」
キルカ「まあそもそもスタンプラリーがメインという訳ではないからな……多少省くのは必然だろう……」
セリナ「そうだけど……せっかく色々道具を持ってきたのに消化不良だよ!」
キルカ「道具? あぁ……馬車に積んでいたアレか?」
セリナ「うん。 懐中電灯でしょ? スコップに……コンパスに……金属探知機に……野営用のテントに……」
キルカ「とてもスタンプラリーで使用するものとは思えんな」
セリナ「そうなの? きな子様にスタンプラリーに必要な物を教えてもらって一通りそろえたんだけどなぁ……」
キルカ「(確実にただのボケだろうな……それを本気にした方も問題だが……)」
セリナ「これどうしよう……」
キルカ「温泉でも掘ってみたらどうだ? ここは温泉街だ……掘れば温泉くらい湧いてくるやもしれん」
セリナ「そっか! キルカちゃん!やってみる!」
キルカ「(冗談なのだが……ある意味羨ましい性格だ……)」




